TikTokで活動する18歳のコンテンツクリエイター、スカイ・ボウイ氏は、2022年前半に同アプリにアカウントを開設した。そして、ヨガやファッションの他、さまざまなライフスタイルコンテンツの投稿を続けたところ、早くも同年末には8万2000人以上のフォロワーを獲得するまでに急成長した。
だが数カ月前から、米政府の機器における(もしくは、米国全土における)TikTokの利用を禁じる法的規制の恐れが高まるなか、ボウイは多くのクリエイターと同じく、同アプリの今後を不安視している。彼女たちは皆、フォロワーを増やすために、そしてTikTok限定のブランド契約を手にするために、時間やお金といった資源を大量に投資してきたからだ。
「TikTokは先駆者だし、同じスペースの他アプリ勢にとっての開拓者でもある」とボウイ氏は話す。「TikTokにコンテンツを自ら作って投稿して、もしくは私たちのような人を通じてそうして、収益を得ている企業はたくさんあるし、だからこそ、TikTokはいまや、私たちの社会において、社会的にも、経済的にも大きな部分を占めている。いまそれを取り上げるのは、時代を後戻りするのと変わらない。私たちのインターネットを、少なくともインターネットのこのフォーマットを、コロナ禍前に戻すようなものだ」。
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禁止を検討中
米政府所有の機器およびコンピュータネットワークにおけるTikTokの利用を職員に禁じる法制定に向けた動きは、この数カ月、勢いを増している。2023年1月には、ニュージャージーとオハイオの両州も他の12州と同じく、州政府が所有および管理する機器でのTikTokの利用を禁じることを決めた。
TikTokの全面禁止に繋がりかねない米政府のこの動きは、これが初めてではない。前回のそれはトランプ政権時代に起き、マーケター勢を不安にさせたのだが、実現には至らなかった。
ただこのように、TikTokの成長抑制に対して米立法当局が高い関心を示していてもなお、2022年、多数のフォロワーをすでに獲得しているクリエイターおよびインフルエンサーと並んで同アプリを利用した小企業のユーザー数は、急増した。そうした企業勢がTikTokに参入したのは、同アプリが依然、とりわけZ世代の間で人気を高め続けているからであり、その事実が同アプリを、若年層の注目を集めたいブランド勢にとって、なおいっそう魅力的な存在にしている。
一方、TikTokについては依然、データプライバシーに関する疑問が残るのも事実だ――そしてまさにその点を、米立法当局は問題視している。たとえば、中国に拠点を置くTikTokの親会社バイトダンス(ByteDance)は、同アプリを利用して、特定の米市民の位置をモニターしている。さらに、さまざまな方法でユーザーデータが収集されており、ハードドライブのスキャニングやデバイス位置情報の毎時間の取得、カレンダーへのアクセス、コンタクトリストの収集もそれに含まれると、ワイアード(Wired)は報じている。もっとも、位置やプライベートメッセージなど、ユーザー情報をどこまで外国政府が入手できるのかは、定かでない。
クリエイター勢は懸念を表明
ただそれでもなお、クリエイターや彼らと仕事をする者たちは、同アプリのオーディエンスを今後も増やしていきたいと考えている。たとえば、ボウイ氏がTikTokアカウントを作ったのは、自身のヨガ愛を、自分でも驚いたことに獲得できたオーディエンスと共有したかったからなのだが、そのアカウントは間もなく、彼女のライフスタイルの諸々を広く共有するものへと成長した。「ちょっとした楽しい遊び、という程度の気持ちで始めたものだったんだけど、そういう動画作りの裏にあるクリエイティブな過程が、面白くてたまらなくなった」と、氏は話す。
不安に苛まれているのは、ボウイ氏だけではない。他の多くのクリエイターやエージェンシー幹部らも同じく、生じうる混乱を懸念している。デジタルマーケティングエージェンシー、アムラ・アンド・エルマ(Amra and Elma)の共同CEO、エルマ・ベガノヴィッチ氏もそのひとりだ。氏はいくつかのソーシャルチャネルに計200万人のフォロワーを有しており、TikTokの禁止は明らかな間違いだと、断言する。
「もしも政府がTikTokを完全に排除したら、当然、ブランド勢はクリエイターやインフルエンサーという、Z世代が大半を占める人々と仕事ができなくなるし、ターゲットグループであるその世代へのリーチが容易にはできなくなる」と、ベガノヴィッチ氏は指摘する。氏のコンテンツも主にライフスタイルにフォーカスしている。
「TikTokに対する介入にしろ、禁止にしろ、そうした行為はすべて、同プラットフォームで生活の糧をすべて、あるいは一部得ている数千人ものクリエイターに間違いなく影響することになる」と、マーケティングエージェンシー、インフルエンシャル(Influential)のCEOライアン・ディタート氏は指摘する。氏はさらに、TikTokを利用する多くの小企業はコロナ禍中に創業し、同プラットフォームで自身のブランドを育てたのだと、言い添える。「さらには、間接的にさまざまなテクノロジー企業やエージェンシーも悪影響を受けることになる。彼らはTikTokで続行中のクリエイターキャンペーンに予算の50%もの大金を投じているからだ」。
微調整で妥協点が見つかる?
一部の業界関係者は、バイトダンスが米政府と相談しながら現在の慣行を微調整し、禁止の危機を回避するのではないかと、期待している。
インフルエンサーのレニー・エステラやNetflixの人気コンテンツ「ザ・ジレンマ:もうガマンできない?!(Too Hot to Handle)」のクロエ・ベイチといったTikTokスターたちを扱うタレント事務所、タレント・マネジメント・カンパニー(Talent Management Company)のCEOジェフ・ダンカン氏は、バイトダンスには現在の状況を調整し、ある程度の規制を受け入れる必要があると断言する。
「安心していい、もしも米国で禁止されるようなことになれば、それをきっかけにしてドミノ倒しが起きるのは間違いないし、110億ドル(約1兆4300億円)規模の大企業が、そんな全面禁止を甘んじて受け入れることは、絶対にないと思う」。
TikTokの禁止はしかし、同アプリを毎日利用する小規模ブランドやコンテンツクリエイターには、多大な影響を与えうる。たとえば、D2C生理ケアブランドのヴィヴ(Viv)、スキンケアブランドのトゥルーリー(Truly)、クッキーブランドのクランブル・クッキーズ(Crumbl Cookies)、アボカド由来の調理用オイルやドレッシングなどに特化したブランドのチョーズンフーズ(Chosen Foods)は、同プラットフォームでコンテンツを制作するだけでなく、その結果として、そこに独自のオーガニックなコミュニティを構築してもいる。2022年を通じて、マーケター勢はZ世代に向けた広告によりいっそうフォーカスするべくTikTokに目を向けており、その理由は、Z世代がインスタグラムやFacebookよりもTikTokにより多くの時間を割いていることにある。
万が一に備えて、TikTokの先を見据える
TikTokが何かしらの制限を受ける可能性を踏まえ、マーケターおよびエージェンシー幹部らは、クリエイター勢にはTikTokに依存し過ぎないよう気をつける必要があると、口を揃えて言う。
「我々のクリエイターたちにはしばらく前から、万が一TikTokが禁止された場合に備えて、リスクを回避するために先手を打ち、他のプラットフォームにもコミュニティを確立するようにと、伝えている」と、コンテンツクリエイターマーケットプレイスFanfix(ファンフィックス)の創業者で共同CEOのハリー・ゲステトナー氏は話す。「あの法案は超党派の支持を得ているが、間違いなくZ世代には極めて不評だろうし、政治家たちの人気/評価が、若い有権者の間で一気に下がるのは、必至だと思う」。
もっとも、クリエイター勢はブランド契約を他のアプリに持ってはいけるが、コンテンツのフォーマットは変えざるをえないだろうし、TikTokのそれと比べて視聴数が減れば、手にできる報酬も減ることになると、ゲステナー氏は指摘する。「とはいえ、TikTokのアルゴリズムは、広告の嗅ぎ分けや販促目的の投稿へのリーチの制限に非常に長けており、だからこそ、そうした販促コンテンツの場合、エンゲージメント率がYouTubeショート(YouTube Shorts)やインスタグラムのリール(Reels)でのほうが上がる可能性はある」と、氏は言い添える。
ダンカン氏は一方、自身の会社タレントマネジメントカンパニーはブランド勢が望む所なら、どこへでも行くと話す。「ブランド勢は注目を必要としているし、だから大衆が行く所なら、それがどこであっても、ブランドは付いていくはずだ」。
TikTokクリエイターなら誰でも、良いコンテンツを制作するためなら、ロケーション撮影の手配から、衣装やヘアスタイル、メイクといった諸々、プロの映像作家の雇用に至るまで何でもするし、何千という膨大な時間も費やせると、ベガノヴィッチ氏は話す。だからこそ、もしも完全禁止になれば、金銭的にも、オーディエンス構築にこれまで費やしてきた時間という点でも、クリエイターにとっては多大な損失になると、氏は指摘する。
「同じコミュニティを他で作ることはほぼ不可能」
ボウイ氏とベガノヴィッチ氏はともに、TikTokが禁止の憂き目に遭えば、自分たちのフォロワーコミュニティは消滅するだろうし、同じコミュニティを他で作ることはほぼ不可能だろうと話す。
ベガノヴィッチ氏によれば、他のTikTokクリエイターおよびインフルエンサーに話を聞いたところ、皆も同じく不安を抱いているという。「たった一日で、エンドースメントから、広告主との限定コレクション契約、その他さまざまな特典に至るまで、自分の生計手段の望みをすべて、誰かにかき消されてしまいかねない、と考えると、本当に恐ろしくてたまらない」とベガノヴィッチ氏。「それは、クリエイターとして考えうる最悪の悪夢の現実化にほかならない」。
[原文:Creators face their ‘worst nightmare’ with possible TikTok ban]
Julian Cannon(翻訳:SI Japan、編集:分島翔平)