11月末、対戦型格闘ゲームシリーズ「大乱闘スマッシュブラザーズ(以下、スマブラ)」の非公式大会として知られる「スマッシュワールドツアー(SWT)」決勝大会の中止が発表された。
運営側の主張によると、12月11日に予定されていたこの賞金総額25万ドルのeスポーツ大会は、ゲーム開発元の任天堂から受けた法的脅威により、中止を余儀なくされたという。
このニュースにスマブラのオンラインコミュニティは大騒ぎとなった。スマブラのトッププレイヤーたちがSWTと競合する任天堂公認のパンダカップをボイコットすると宣言したことで、SWTが延期に追い込まれたという。ルドウィグ・アーグレン、Cr1TiKaL(クリティカル)ことチャールズ・ホワイトら、著名なユーチューバーが任天堂の介入を批判する動画を作成し、数百万もの再生回数を獲得した。スマブラのゲームコミュニティでは、任天堂に対する感情がかつてないほど悪くなっている。
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任天堂はコメントの要請に直ちには応じなかった。
SWTをめぐる騒動は任天堂独特の競技型ゲームに対する懐疑的な態度を浮き彫りにした。アクティビジョンブリザード(Activision Blizzard)やライアットゲームズ(Riot Games)ら、ほかのゲームパブリッシャーは自社のタイトルを扱うeスポーツリーグの結成やマーケティングに何百万ドルという資金をつぎ込んでいるが、任天堂は自社で競技大会を開催したことも、草の根のスマブライベントに賞金を出したこともない。
任天堂がスマブラの競技シーンに積極的に反対することもあった。たとえば、2013年のエヴォリューションチャンピオンシップシリーズ(EVO)では、競技種目のひとつであったスマブラのストリーミング配信を、当初、任天堂は認めなかった。しかし、ゲームコミュニティの強い反発を受けて、同社はこの決定を覆した。
スマブラの競技化を嫌う気持ちがあるにせよ、任天堂もいずれは潜在的な収入源としてeスポーツを受け入れざるを得ないだろう。同社にはかつて、自社のIPを映画化しないという方針を段階的に変えていった経緯もある。その反面、スマブラの競技シーンは任天堂とは無関係に独自の大会を開催し、企業との提携を単独で交渉してきた歴史がある。ゲームビジネスの冷たい現実と草の根コミュニティの情熱が衝突すると、いったい何がおこるのか。その答えの一端が、このたびのSWTの中止に示されたといえる。
匿名を条件に業界の内幕を赤裸々に語ってもらうDIGIDAYの「告白」シリーズ。今回は「大乱闘スマッシュブラザーズ」の大会運営者にインタビュー取材をおこない、任天堂の介入(あるいは介入の欠如)が活気あふれるスマブラの競技シーンの成長を阻害しかねない状況について語ってもらった。
なお、インタビューの内容は紙面の制約と読みやすさを考慮して編集・要約されている。
◆ ◆ ◆
- ――スマブラの競技シーンに対する任天堂の介入についてまとめると?
- ――このような経緯を踏まえて、SWTの中止には驚いたか?
- ――任天堂はSWTの運営に対して、安全と安心の観点からライセンスの申請を却下すると伝えたという。任天堂がそう感じてもやむを得ない正当な理由があったのか?
- ――任天堂は競技大会でスマブラの改造版が使われることに関しても懸念を表明している。ライセンスを取得したパンダカップの公式イベントでも、UCFのようなMODを使用することがあるのでは?
- ――SWTとパンダカップは、いずれもスマブラを主流のeスポーツのレベルに引き揚げようとする試みだった。これはスマブラの競技シーンが必要とすること、あるいは望むことなのか?
- ――任天堂のサポート不足はスマブラの競技シーンの発展にどう影響しているか?
- ――スマブラのコミュニティはいまも「スマブラDX」と、最新作のNintendo Switchタイトルである「スマブラSPECIAL」に分かれている。任天堂のサポート不足が分断の原因なのか?
- ――開発元のサポートなしに、スマブラのeスポーツシーンは今後どう拡大していくのだろうか?
――スマブラの競技シーンに対する任天堂の介入についてまとめると?
任天堂はビッグハウスオンラインを中止に追い込んだ。メジャーリーグゲーミング(Major League Gaming:MLG)による「スマブラX(編注:14年前に発売されたWii版タイトル)」のストリーミング配信を禁止した。EVOでの「スマブラDX(編注:21年前に発売されたゲームキューブ版のタイトル)」の配信をやめさせようとした。
さらに、任天堂は競技シーンでのUCF(コントローラの問題を解決するための修正コード)の使用を禁止した。そのため、任天堂の怒りを買わないようにステルス版のUCFを使わざるを得ない。
――このような経緯を踏まえて、SWTの中止には驚いたか?
中止のニュースには心底驚いた。決勝大会に至る(サーキット大会の)イベントはすべて予定通りに開催されていたし、表面的には何の問題もないように見えた。
――任天堂はSWTの運営に対して、安全と安心の観点からライセンスの申請を却下すると伝えたという。任天堂がそう感じてもやむを得ない正当な理由があったのか?
実際のところその通りだ。(スマブラ大会のひとつ)ダブルダウンで、ステージを歩くトッププレイヤーが血を吐いているというのに会場スタッフが何もしないとか、あるいは問題行動を起こして大会への参加が禁止されたYouTuberのテクニカルズ(Technicals)が大会会場にこっそり出入りしている、といった事実を知ったとき、まともなブランドは黙っているだろうか。
こうした事実を、厳格な安全ガイドラインの観点から、任天堂が「OK、問題なし」とするかと言われれば、そんなわけがない。これが、任天堂がライセンスの付与を拒否した理由のひとつだ。
――任天堂は競技大会でスマブラの改造版が使われることに関しても懸念を表明している。ライセンスを取得したパンダカップの公式イベントでも、UCFのようなMODを使用することがあるのでは?
ある。一方で我々は任天堂の怒りを買わないために、文字通りやれることはすべてやってもいた。ストリーミング配信に登場するすべての人に、ネットでの対戦について話すな、ゲームの改造について話すなと念を押した。任天堂ブランドのものがストリーミング配信の画面に映らないように徹底させもした。
たとえば、コメンテーターにピカチュウやマリオのコスチュームを着せるなど、問題になりそうな計画や案はすべて却下した。
――SWTとパンダカップは、いずれもスマブラを主流のeスポーツのレベルに引き揚げようとする試みだった。これはスマブラの競技シーンが必要とすること、あるいは望むことなのか?
トッププレイヤーにしろコメンテーターにしろ、あるいは運営サイドの人間にしろ、誰もが「もっと金があれば」と思っているだろう。過去に開催されたすばらしい大会の多くが赤字運営だ。トップテンプレイヤーでもなければ、スマブラで稼げる金など最低賃金にも満たない。そういうことだから、公式のeスポーツとして開発元のサポートや資金がほしいかと問われれば、声を大にしてイエスと答える。
では、もっと金が必要かと問われれば、その答えはノーだ。大会がひとつも開かれなかったコロナ禍のロックダウン中も、我々は生き延びた。「スマブラDX」はゴキブリのようだとよくいわれる。完全に排除することなどできない。その通りだと思う。草の根かそれ以下の存在としてその辺の汚い穴とか、薄汚れたアパートの壁の隙間に戻っていくだけだ。開発元のサポートも必要ない。
――任天堂のサポート不足はスマブラの競技シーンの発展にどう影響しているか?
ほかの会社、カプコン(Capcom)を例に挙げる。ストリートファイターの開発元で、競技もサポートしている。そのため、ストリートファイター4が発売されると、誰もがストリートファイター4に移行した。同様に、ストリートファイター5が発売されると、皆こぞってストリートファイター5に移行した。
――スマブラのコミュニティはいまも「スマブラDX」と、最新作のNintendo Switchタイトルである「スマブラSPECIAL」に分かれている。任天堂のサポート不足が分断の原因なのか?
その通りだ。任天堂が「スマブラX」でMLGをサポートし、「スマブラSPECIAL」に向けて投資を続けていれば、現在あるような献身的で盛況な「DX」シーンはなかったかもしれない。
――開発元のサポートなしに、スマブラのeスポーツシーンは今後どう拡大していくのだろうか?
スマブラの理想的な未来は独立して活動するインフルエンサーたちにあると思う。実際の企業ではなく、ルドウィグのようなユーチューバーやインフルエンサーがもっと出てきて、我々のシーンを支えてくれればよいと願っている。
Alexander Lee(翻訳:英じゅんこ、編集:分島翔平)