交通事故などのトラブルに備えて自動車に設置するドライブレコーダー。タクシーやバス、トラックといった運輸業界で使われる法人ドラレコは機能の進化が著しく、いまは「第3世代」と呼ばれています。
ただ単に映像を記録するだけの非通信型だった第1世代から、通信機能を搭載した第2世代へ。そして現在の第3世代では、通信機能で送信されたデータをもとに、AIが事故につながる可能性のある危険な運転を自動的に検知し、乗務員の運転改善につなげることができるようになりました。
タクシーアプリ「GO」を運営するMobility Technologiesが提供する第3世代ドラレコ「DRIVE CHART」は、カメラの映像だけではなく、リアルな地図情報やGPS、加速度センサーなどの車載情報を組み合わせることで、事故につながる運転を99%の精度で検知できることが特徴です。
DRIVE CHARTのサービス提供開始から約3年。導入した企業の中には、事故削減において顕著な効果を実現する例も出てきています。今回は、第3世代ドラレコを活用してどのように事故を削減しているのか、前編、後編にわけてそのノウハウを紹介します。
第3世代ドラレコを活用して事故削減をはかるタクシー業界
ドラレコを導入している例として、タクシー業界があります。ほぼ全てのタクシーがドラレコをつけており、多くの場合がドラレコ装着の目的として、事故が起きた場合やあおり運転を受けた場合、乗務員が乗客から暴力を受けた場合といった不測の事態に備えてエビデンスを確保する、という意味合いがあります。
その一方、第3世代のドラレコは「通信+AI」という特徴があります。通信機能でデータがサーバーに送られるため、第1世代のようにカメラに付随したSDカードをわざわざPCに挿入してチェックする手間がかかりません。
また、送られてきたデータをもとに、AIが事故につながる運転の発生した位置情報とカメラ映像などを自動的にピックアップします。その結果、運転手本人が気づいていない危険な運転を把握できます。それによって、単なる精神論ではなく、具体的なデータにもとづいた安全運転の強化、事故を未然に防ぐ対策が可能になるのです。
しかし、タクシー乗務員はいわば職人の世界であり、自分の運転に誇りを持っている人も多い傾向があります。ドラレコが記録したエビデンスがあるからといって、運転改善のための指導に耳を傾けてくれるとは限りません。
各タクシー会社では、むやみにデータをつきつけて指導するのではなく、乗務員自身の気づきを尊重したり、安全運転管理者と乗務員の話し合いを地道に実践したりすることで、事故の削減につなげていこうとさまざまな工夫をしています。
乗務員全員で安全運転の「基準値」を遵守–帝都自動車交通のケース
第3世代ドラレコを導入しているタクシー会社の中で、特に顕著な効果を実現したのが、1938年創業の帝都自動車交通です。
帝都自動車交通
同社グループは700台以上のタクシーを保有していますが、ある営業所では、危険な運転を1年間で約75%削減することに成功し、それに伴い、事故も約64%削減したといいます。
第3世代ドラレコを導入する前は、社内の担当者がドラレコのSDカードに記録された映像を人力で分析していました。しかしチェックすべき映像の量が膨大で、担当者の負担が重かったため、業務の効率化が求められていました。
その点、第3世代ドラレコは、AIが危険な運転を自動的にピックアップしてくれるため、導入によって担当者の負担は大きく減りました。
次に問題となったのは、AIが検知した事故につながる運転をどのようにして乗務員本人に伝え、運転の改善につなげていくかです。帝都自動車交通では、ドラレコを通じて蓄積したデータをもとに、乗務員の「リスク運転率」と「動画閲覧率」に着目しました。明らかに危険な運転があった場合に限って、乗務員を個別に呼んで、ドラレコの映像を見せながら指導することにしたのです。
それ以外はできるだけ乗務員の自主性に任せるようにしました。具体的には、乗務員が自身で第3世代ドラレコの映像やスコアを確認できるように、営業所にタブレットを置いて、自由に見てもらうようにしました。
乗務員が自身のリスクに気づいて、運転を改善していった結果、「事故や事故につながる運転の削減という形で、どんどん効果が表れるようになった」ということです。現在では乗務員の動画閲覧率は76%と高い水準を記録しています。
同時に事故につながる運転をしていない乗務員、すなわち模範的な乗務員を評価することで、そのモチベーションを高めていく工夫をしています。また、AIの精度が99%とはいえ完全ではないので、誤判定だと思う場合は乗務員が申告できるように配慮しています。
このように帝都自動車交通では、乗務員の「運転のプロ」としてのプライドも尊重しながら、AIドラレコを活用して危険な運転や事故の削減を実現しています。
乗務員への「手紙」を通して運転改善–飛鳥交通のケース
一方、乗務員への「手紙」という独特の指導方法で事故を削減したのが、1949年創業の飛鳥交通です。
保有しているタクシーの台数は2000台以上。その約半分にあたる1000台以上に第3世代ドラレコを導入した結果、最も顕著な効果が確認できた営業所では、危険な運転の一つである「一時不停止」が2年間で約93%減りました。
読者のなかにも日常的に運転をする方であれば感覚があるかもしれませんが、タクシー業界は1つの営業所が営業可能なエリアが限定されているため、そのエリアでの運転歴が長いベテランほど「この時間帯はあの交差点は人通りがない」などの経験則から道路標識に対する意識が薄くなりやすい傾向にあります。しかし、繁華街や住宅街の狭い道路では、一時停止をしっかりしないと、交差点で歩行者や自転車などが急に進入してきた場合に接触事故につながるケースが多くあります。
飛鳥交通では、一時不停止の項目を中心に事故につながる運転の基準値を設定し、その基準値に達した乗務員に運転改善の指導をすることにしました。ただ、基準値に達したらすぐ乗務員を呼び出して指導するのではなく、まず「手紙」を渡すようにしました。
具体的には、AIが一時不停止を検知した場合、その旨を伝える手紙を乗務員証のケースに入れて、乗務員に渡します。そして60日間に3回、手紙を渡すことになったら、乗務員を個別に呼んで、一時不停止の映像を見せながら指導するという方法をとりました。
つまり、まず乗務員に自ら運転を改善する機会を与えることで、乗務員の自主性を尊重しているのです。このような取り組みによって、乗務員同士で一時不停止について話し合う機会も生まれたということです。
その結果、第3世代ドラレコを導入する前と比べ、一時不停止の件数は15分の1にまで減少しました。飛鳥交通の担当者は「ドラレコによって乗務員さんを監視するというのではなく、乗務員さんを守るツールとして活用しています」と語っています。
今回紹介した帝都自動車交通と飛鳥交通のケースから、第3世代ドラレコの高度な機能を有効に活用するためには、乗務員の自主性を尊重しながら、安全運転管理者と乗務員がうまくコミュニケーションをとっていくことが重要であることがわかります。
川上 裕幸
Mobility Technologies 執行役員 スマートドライビング事業部 事業部長
2003年より外資系半導体メーカーのエンジニアとしてキャリアをスタートし、2007年には携帯電話メーカーで携帯電話の開発に従事。
2011年より株式会社ディー・エヌ・エーへ入社し、ゲームプラットフォームのシステム部長などを歴任。
2017年よりスマートドライビング事業を立ち上げ、2020年4月よりMoTにスマートドライビング事業部 事業部長として転籍。2021年10月より現任。