宇宙開発のSF感と泥くささ。
10月5日、4人の宇宙飛行士を乗せたSpace Xのクルードラゴン「Endurance」が、ファルコン9ロケットでケネディ宇宙センターから打ち上げられました。打ち上げは成功。乗組員である、NASAのニコール・オーナプー・マン宇宙飛行士とジョシュ・カサダ宇宙飛行士、Roscosmosのアンナ・キキナ宇宙飛行士、そして日本からはJAXAの若田光一宇宙飛行士が、現在国際宇宙ステーションでそれぞれのミッションにあたっています。一見スムーズに見えた打ち上げですが、実はその裏で髪の毛たった1本でちょっとした問題が発生していたのを知っていますか?
問題が発覚したのは、4人全員がクルードラゴンに乗り込み、宇宙船のハッチもしめられ、いよいよ打ち上げを待つのみとなった時。打ち上げスタッフの1人があるものを発見しました。ハッチの金具にピロっとくっついていた1本の髪の毛。発見時、打ち上げまでのカウントダウンは90分を切っており、一刻の猶予もありませんでした。打ち上げスタッフは、Enduranceのハッチを開け髪の毛を撤去。さらに、開閉エリアのクリーニングと点検を行ない、再びハッチをしめました。髪の毛問題による再度の点検が終了するのにかかった時間はほんの数分。幸いなことに、打ち上げに影響はでませんでした。
ここで素人なら思ってしまいますよね。宇宙に行く巨大な宇宙船に髪の毛1本くらい挟まってても大丈夫っしょ? って。しかし、宇宙関係者にとっては、Space Xの髪の毛1本作業は常識レベルの当然のこと。髪の毛1本、それは航空専門用語のFODに当たります。宇宙船にあるべきはずではないものがあるということは、それがコックピットだろうと、エンジン内部だろうと、ハッチの金具であろうと、機体や関連機器に損傷を与え、システムや飛行に影響がでる可能性があるからです。
ロケットや宇宙船の打ち上げでは、髪の毛1本だって見落とせない
本来ここにあるはずないものが紛れ込んでいるというのは、どの業界にも起こること。ただ、航空業界の場合、ボーイング社によれば、この“あるはずないもの”のせいで年間40億ドル(約5860億円)ほどの影響がでるそうです。
ケネディ宇宙センターでは、フライト機器の損傷や関係者の怪我など影響を最小限に抑え、国の資産を保護していく目的のもと、NASAがFODプログラムを運営しています。
米Gizmodoが、ジョンソン宇宙センターの宇宙船管理担当者のTom Simon氏に電話取材したところ、こう語ってくれました。「職についた初日から、FODについては厳しくトレーニングを受けます。髪の毛、ほこり、鉛筆やペーパークリップなど、ちょっとしたものに見えますが、少しずつ歪みが生じていくのです。どんなに小さなものでも真摯に対応するよう、日頃からシステムを作っています」
クルードラゴンのNASAエンジニアであるJohn Posey氏も「FODはシステムに組み込まれています。トレーニングではトップリスクとして扱っています。ロケットや宇宙船を墜落させる可能性がありますからね」と取材に答えてくれました。Simon氏もPosey氏も、今回の打ち上げで髪の毛除去作業を行なったのは当然だと言います。特にハッチ周りだったため、どんなに小さなものでも挟まって欲しくないとのこと。
Space XのFOD関連ポリシーの詳細はさすがに教えてくれなかったものの、打ち上げ直前で時間が限られている場合は、FOD発見の可能性もタイムラインに考慮すべきこと、FODの被害によっては、すぐに裁縫や裁断などの修復作業がはいることもあるということ、作業はクリーンルーム内で必要なことだけを行なうこと、などいろいろな話を教えてくれました。スペースシャトル時代、Posey氏は、技術者と何千時間もかけてリスクがないか確認したという経験も語ってくれました。
中でもおもしろかったのは、髪の毛や糸くずだけでなく、シューズカバーが落ちていることもあるという話。作業中に、何かの弾みでスタッフの足からぽろりすることもあるんですって。もちろんFODとして撤去されます。
クリーンルームに入る前に不必要なものはロッカーに預け、「バニースーツ」と呼ばれるヘアーネット付フードのある全身スーツを着こみます。ヒゲも専用ネットで覆い、足元にも専用カバーを装着します。床には粘着パッドがあり、落下した「不純物」をキャッチ。クリーンルームのドアはもちろんダブルドアで、途中でエアー洗浄がはいります。
あらゆる努力をしても、FODゼロにはならないという考えでミッションにあたるそうですが、近年、レントゲンやCTスキャン、カメラの力によって、バーチャル点検が可能になり、FOD探索技術は向上しているそうです。
髪の毛1本のリスクも許さない。それが宇宙なんですね。