位置情報データスタートアップを訴えた FTC の意図とは?:「アドテク業界への警告と監視の強化だ」

DIGIDAY

米連邦取引委員会(FTC)がアドテクの海を泳ぐ小さなスタートアップに法廷闘争を仕掛けた。法律、プライバシーの専門家の一部は、FTCは新しいアプローチで大きな成果を得ようとしているのではないかと考えている。

FTCはデジタルマーケティングデータブローカーのコチャバ(Kochava)を相手取った訴訟で、アイダホ州に本社を置くコチャバが、何億ものデバイスから収集した消費者の機密情報である位置情報データを企業に販売したと主張している。

FTCの訴状には、生殖医療クリニック、礼拝所、ホームレスシェルター、ドメスティックバイオレンス(DV)シェルター、依存症回復センターなど、慎重に扱うべき場所で収集されたデータは人々を「汚名、差別、身体的暴力、精神的苦痛など」の危険にさらす可能性があると書かれている。

広告主の欲求に一石を投じる

8月29日にアイダホ州の連邦裁判所に提訴されて以来、アドテク関係者は、コチャバは位置情報を追跡するデータブローカーのひとつにすぎないのに、なぜ名指しされたのかと疑問を抱いている。FTCはアドテク分野のはるかに大きな企業を訴え、過度の負担を強いられることなく、コチャバを見せしめにしたいのだろうと推測する関係者もいる。コチャバのような小規模企業に対する訴訟は、より広範なデータブローカー業界への警告だと見る専門家がいる一方で、FTCの訴訟は法的に困難で、高いハードルにぶつかると予想する専門家もいる。結果はどうあれ、今回の法廷闘争は、位置データの未来と位置データに対する広告主の欲求に一石を投じるものだ。

FTCはオンライン広告業界のさまざまな側面を調査しており、2014年の報告書では、データブローカーの透明性と説明責任を高めるよう求めているが、従来はインターネット、通信などの大手企業に重点を置いてきた。データプライバシーに関連するFTCの取り締まりで最も有名な例は、英国企業ケンブリッジ・アナリティカ(Cambridge Analytica)によるユーザーデータの収集を調査した後、2019年にFacebookと画期的な和解に達した一件だ(コチャバの訴訟の件でFTCに取材を申し込んだが、FTCは拒否した)。

独自調査を行っているザック・エドワーズ氏は「最も重要なのは、サプライチェーンの下流に向かっていることだ」と話す。「もはやケンブリッジ・アナリティカだけの問題ではない。1インチ(約2.5センチ)ではなく1フィート(30センチ)の深さに達しようとしている」

FTCは9月第2週、「商業的監視」を規制する新規則をつくるための情報収集プロセスの一環として、第1回目の公聴会を開催する。また、FTCの権限を拡大する米国データプライバシー保護法(ADPPA)の提案を受け、米連邦議会は新たな連邦規則を検討している。

法律事務所ローブ&ローブ(Loeb & Loeb)でプライバシー、セキュリティー、データイノベーション部門の代表を務めるジェシカ・リー氏は、FTCがコチャバをターゲットにした理由について、「ひとつは同社の規模だが、彼らの役割も関係している」と話す。「今回の争点は利用可能なデータフィードだが、本当に変化をもたらしたいのであれば、サプライチェーンにいる企業を狙うのが理にかなっているかもしれない。そして、コチャバはサプライチェーンにいる」

異質な訴訟と珍しい反訴

FTCの元職員たちはDIGIDAYの取材に対し、FTCはインターネット、通信などの巨大企業を相手取り、データプライバシー規制を目指してきた方法とは異なるアプローチをとっていると口をそろえる。Facebookとケンブリッジ・アナリティカが関係した2019年の訴訟では基本姿勢として、被告の欺瞞を証明しようとしたが、今回の訴訟では、ユーザーデータに関する「不公正」な行為に焦点を当てている。今回の訴訟は法的により有効だと評価する弁護士もいるが、FTCはコチャバの行為が消費者にどのような損害を与えるかを証明しなければならないという指摘もある。

FTCがプライバシーを巡って企業を訴えた例はほかにもあり、2021年には生理周期追跡アプリのフロー(Flo)、広告プラットフォームのオープンX(OpenX)と和解している。

このように、FTCはプライバシー関連の訴訟で和解を続けているにもかかわらず、コチャバは先手を打ち、反撃することを選んだ。コチャバは8月、FTCを相手取って訴訟を起こしている。FTCがコチャバを不当に脅し、コチャバの事業を誤認しているという内容だ。

コチャバ・コレクティブ(Kochava Collective)のゼネラルマネージャーを務めるブライアン・コックス氏は声明のなかで、FTCの訴訟は「FTCがコチャバのデータマーケットプレイス事業をはじめとするデータ事業について、根本的に誤解しているという残念な現実を示している」と述べている。コックス氏によれば、コチャバは最近、慎重に扱うべき場所からの位置情報データをブロックする新しい方法を発表したという。FTCが望む和解は「明確な条件も解決策もなく、問題を動く標的に再定義してしまった」。

データをどのように規制すべきなのか

コチャバはさまざまなサードパーティベンダーから正確な位置情報データを購入しており、そのデータを主に2つの方法で使用している。1つ目は、ブランドが客足をもとに広告パフォーマンスを測定する支援。2つ目は、他のアドテク企業が位置情報に基づくターゲティングデータを提供できるよう、必要なデータを販売することだ。コチャバは提携するデータブローカーを厳選していると述べているが、FTCはデータが匿名化されておらず、消費者が端末などの個人情報によって特定されるリスクがあると主張している。たとえ位置の追跡を規制する新しい法律がまだ存在しなくても、和解は潜在的な影響力を持ち、将来、同様の違反行為があれば、FTCによる取り締まりの道が開かれると法律の専門家は口をそろえる。

コックス氏がDIGIDAYに送ってきたメールには、「消費者のデータプライバシーを改善するための真の進歩は、華々しいプレスリリースや根拠のない訴訟では達成されない」と書かれている。「FTCが立法プロセスを回避し、データプライバシーを巡る誤った情報を永続させているのは残念なことだ」

メディア管理企業イービクイティー(Ebiquity)の最高製品責任者ルーベン・シュラーズ氏は、FTCはある意味、機密データの使用に関する「飛行禁止区域」をつくろうとしていると話す。コチャバは最大手ではないものの、FTCが法的な勝利を収めれば、データプライバシー規則の見直しを始める前に、「いくらかの成果」を示すことができるとシュラーズ氏は考えている。

ペンシルベニア大学のメディアシステム産業教授で、長年にわたってプライバシーの研究を続けるジョセフ・トゥロー氏によれば、今回の訴訟は位置追跡業界に光を当てるきっかけになり、企業が追跡を認められるべきものについて、広範な議論が「巻き起こる」可能性があるという。ただし、FTCが企業にどのような変化を求めているか、政府が慎重に扱うべきテーマ以外のデータをどのように規制すべきかについては、今回の訴訟では十分に触れられていないとトゥロー氏は指摘する。

「本当の問題は、これが社会的に受け入れられるかどうかだ」とトゥロー氏は話す。「そして、FTCはそこに向き合わなければならないと思う」。

苦しい戦い

DIGIDAYの取材に応じた元FTC職員のなかには、FTCが法廷で勝利できるかどうかを疑問に感じている人もいる。FTCの弁護士としてプライバシーを担当した経歴を持ち、現在はグレイマシューズ・ロー・アンド・ポリシー(GrayMatters Law and Policy)のCEOを務めるメーガン・グレイ氏は、これまでの実績を根拠に、FTCは敗訴すると予想している。

「この訴訟がどのように理解されるかというと、慎重に扱うべき場所にフィルターをかけず、許容される目的を顧客に明示することなく、位置情報データを販売したとして、FTCがデータブローカーを訴えた。これまでにない訴訟だ」とグレイ氏は話す。「プライバシーの観点からすれば、この訴訟は最先端にあり、企業は純粋に『知らなかった』と言うことができる」

グレイ氏はFTCの訴訟に弱点を見いだしているが、FTCを相手取って訴訟を起こすことは「ほとんど無意味」だと考えている。多くの場合、罰金は少額で、条件も「特に厳しいもの」にはならないためだ。

コチャバの訴訟がどうなるかはさておき、正確な位置情報データを販売または共有する企業は今後、同様の訴訟に直面する可能性があるという指摘もある。一方、米最高裁判所がロー対ウェイド事件の判決を覆して以来、中絶関連データを巡る懸念が浮上しており、FTCやジョー・バイデン政権のさまざまな部署でデータプライバシーの優先度が高まっている。

10年近くにわたってFTCの弁護士を務め、プライバシーとアイデンティティ保護を担当していたアリソン・レフラック氏によれば、FTCの訴状のなかで、コチャバは今回の争点となっているデータに関連する場所のブラックリストを作成すべきだったと指摘している。現在、ピクサレート(Pixalate)のシニアバイスプレジデントとして公益、広告プライバシーを担当するレフラック氏は、最近の行動を見る限り、FTCは「商業的監視」業界を追求することへの関心を高めていると考えている。

「もし私がアドテク業界のデータブローカーだったら、このブラックリストの勧告に従うだろう」とレフラック氏は述べている。

[原文:As the FTC begins its lawsuit against Kochava, some see the ‘warning sign’ to ad-tech while others see an uphill battle

Marty Swant(翻訳:米井香織/ガリレオ、編集:分島翔平)

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