アップル恒例、9月のスペシャルイベントは3年ぶりに本社でのリアル開催となった。実のところリアルといっても内容はハイブリッドだ。会場は100%の人数を入れていたが、プレゼンテーションは超短時間に圧縮した中身の濃い事前録画のビデオで、それをスティーブ・ジョブズシアターのスクリーンで観るというのは、なかなかシュールな体験である。
しかしリアル開催の良さがないかといえば、実はそうでもなかった。やはり実際に製品に関わる人々と向き合いながら、新製品を挟んで議論していると、意外な事実が見えてくるからだ。そこにはハンズオンコーナーで、新製品の体験をするというだけではなく、人と人とのコミュニケーションが生み出す気づきがある。
と余分な話をし始めたが、今回、発表された新しいiPhone、Apple Watch、AirPods。それぞれすでに製品については十分な情報を持っている読者がほとんどだろう。ここでは現地取材の中で、特になるほどと感じ入ったことを中心に個人的に感じたことも含めて書き進めていきたい。
iPhone 14 Proに宿るアップルのモノづくり魂
iPhone 14、iPhone 14 Proに関しては多くの情報が行き交っている段階。今後はカメラの画質などに注目が移っていくだろうが、一方で”またカメラ?”という人もいるかもしれない。もちろん、カメラ性能が上がったことや、その背景にある技術についても伝えたいことはあるが、個人的に”え?”と意外性を持って受け止めたのが、ダイナミックアイランドに関連したアップルの作り込みだ。
ダイナミックアイランドは、簡単にいえば決してゼロにはできないフロントカメラの切り欠き部(ノッチ)を、どうせ無くすことができないなら、その周囲に黒バックの表示エリアを作り、新しいインタラクティブなインターフェイスとして活用しようというものだ。
実際に使ってみるとアニメーションの滑らかさ、小さな面積にもかかわらず情報が見やすいことなど、なかなか体験としては上質なのだが、これを実現するために実にアップルらしい複合的なアプローチをとっている。
まず、この機能を実現するために新しいSoCのA16 BionicにDisplay Engineという回路を組み込んでいる。この回路は必ずしもダイナミックアイランドだけで使うわけではないかもしれないが、組み込んだ理由であることは間違いない。
ダイナミックアイランドに対応するアプリは、通知のための情報をバッファに書き込んでおき、またアイランドをタッチして現れる操作用のポップアップウィンドウの情報を書いておけば、あとはDisplay Engineが適切なアニメーション、見やすい縮小表示のアンチエイリアシングでノッチ周辺にユーザーとのインタラクティブな表示をオーバーレイ(重ね合わせ)表示してくれる。
当然、アプリ側にも対応が必要だが、ダイナミックアイランドと連動するAPIは多岐に渡っており、適切なデータさえセットしユーザーインターフェイス設計をしておけば、あとはOSとiPhone自身がうまくこなしてくれるというわけだ。
音楽のジャケット表示や再生コントロール、録音状態、ライドシェアサービスの到着までの時間、デリバリーサービスが届くまでの時間表示など、さまざまな「今知りたいこと」を表示し、そこに対して行いたいアクションへと最短距離でアクセスできる。 実に上手なユーザーインターフェイスだが、そこに半導体設計からディスプレイ、フロントカメラ周りの設計、それにOS、アプリ開発キットに至るまで擦り合わせて実現してるところに凄みを感じる。 こんな小さな部分に、ここまでこだわるのか??と。
単一の機能にとどまらない端末全体の機能設計
ところがこれで話は終わらない。
iPhone 14 Proでは1600nitsピークのHDR表示と屋外での2000nits表示の明るい新しいディスプレイが採用されているが、同時にA16 Bionicに搭載されるディスプレイコントローラが毎秒一回更新可能な機能を提供し、Apple Watchのような常時点灯モードを実現している。
勘のいい人は、なるほどこれがiOS 16のロック画面デザイン変更に繋がるのかと腑に落ちるだろう。常時表示にまつわるさまざまな工夫もされているが、実はこれもダイナミックアイランドと関連している。
ロック画面の新しいレイアウトでは、Apple Watchと同じようなコンプリケーションを並べて好みの追加情報を表示できるが、これは一列しか並べることができず、画面の半分から下には”余白”がある。
ベータ版ではここに疑問を感じていたのだが、実はダイナミックアイランドをタップして表示されるポップアップがこの空白のエリアに表示され、ロックを外さなくとも操作できたり、経過情報を表示したりできるようになっている。
こうなってくると、長らく不満の声が上がっていたノッチの大きさ(それはTrue Depthカメラの機能とも関連しているのだが)に対し、ダイナミックアイランドというアイディアを導入するタイミングで常時点灯モードを導入し、OSや開発キットを含めた環境を同時並行的に整えたとも考えられる。
これは一例でしかないのだが、パンチングホール付きのOLEDパネルを使う、あるいは常時点灯モードが可能な低リフレッシュレートのディスプレイ技術を使う、ソニーが開発した4800万画素CMOSセンサーを採用するといったことは、部品メーカーからの調達ができれば、どんなメーカーでもできることだ。
しかし、カメラの機能も含め、それを実際の機能の使いやすさなどに繋げるため、さまざまな要素に渡って擦り合わせ連動させる。ライバルはこのメーカーと戦わなければならないのだから、なかなか大変だ。
7年連続ナンバーワンのApple Watchが狙う次のステージ
Series 8となったApple Watchは、常時点灯モード時の明るさが向上した新しいディスプレイ、睡眠時に皮膚温センサーが検出する温度を継続的に記録することで、利用者のコア(体幹)温度を推測し、それによる体調管理(特に女性の月経周期など)を行う機能など、ユーザーの健康を守る機能に注力したアップデートが導入された。
iPhone 14と14 Proにもある自動車事故検出機能にも対応しており、また子供やお年寄りの見守りにも使いやすいアフォーダブルなApple Watch SEの第2世代モデルなど、今回も盛りだくさんの発表だった。
それぞれに良いところはあるが、7年連続で(しかもかなり圧倒的に)ナンバーワンのスマートウォッチであり続けてきたApple Watchだけに「無難に選ぶならApple Watchの最新版。価格重視なら最新の SE」という、ある種のマンネリになってきていることも否めない。
是非はともかく”ウォッチ”はファッションの一部。だからこそ、Apple Watchの第1世代ではゴールドケースの高級モデルを用意したり、その後もセラミックケースモデルを用意するなど、ウォッチとしての主張を続けてきたのだと思う。
しかしApple Watchがここまで広がり、若い子からビジネスパースンまで幅広く使われるようになると、もはやファッションとしての価値を主張できる製品ではなくなってきた。いや、エルメス版やナイキ版はそれを主張しているのかもしれないが、それはアップルではなくコラボしているブランドのイメージが牽引している価値に他ならない。
Apple Watch Ultraという”エクストリームな”領域に踏み込み、機能や性能だけではなく、バンドも含めて用途にフォーカスした製品を出してきたのは、アップルがウォッチメーカーとしてのブランド構築に関して本気を出してきたことを感じさせる。
Apple Watch Ultraは、ほとんどの人にとって”必要ではない”ものだろう。実のところ普通のApple Watchでいいのだ。しかし本物のアスリートが求める要素を満たすモノづくりをすることで、それをファッションとして受け入れる層、実際に喜んで活用する層、実際には使わず普通のApple Watchに興味を持つ層、さまざまな層に響き、ウォッチブランドとしてのアップルを高めるものになっている。
AirPods MAXで蒔いた種を回収する第2世代AirPods Pro
最後に、おそらく最も多くの読者が手に入れるのではないかと思われる第2世代AirPods Proについて話をしておきたい。
アップルは故スティーブ・ジョブズ氏がオーディオにこだわるタイプだったこともあってか、オーディオ製品に関しては付属の有線イヤホンも含めて、酷くて使い物にならないような製品は出してこなかった。しかし一方で素晴らしい音質の製品があるかといえば、そこはDNAには組み込まれていなかったのか、いわゆる無難な製品しかなかったのが現実だった。つまり悪くない音だけど、決して素晴らしいわけではないとうのがアップルの音だった。
そのイメージを覆したのはヘッドフォンのAirPods MAXだった。
それまで、”高音質”と胸を張って言えるアップル製品はなかったから、この製品に高い評価を与えた時、いやこれはすごくいいんじゃない?と褒めた時には、多くのアンチアップルファン(?)に批判されたものだ。
しかし、振り返ってみてもワイヤレスのノイズキャンセリング機能付きヘッドフォンとして、AirPods MAXは素晴らしい音質と機能、操作性や使い勝手、装着感を実現していた。この後からアップルは”コンピュテーショナルオーディオ”という言葉を使い始めているのだが、この製品のあと、アップルが作るオーディオ製品への視線は変化したと思う。例えばHomePod miniはサイズも小さく、決して超高音質を狙った製品ではないが、部屋の中を心地よい音で満たしてくれる。
価格なりの品位に加え、音の質を製品の使われる場面に応じて合わせこむ製品企画と、それを実現する力があることを証明し、新しいオーディオ体験を提供するブランドとして認知された。
第2世代AirPods Proは、流石にそこまでの音質ではないが、AirPods MAXで蒔いた種、伏線を見事に回収し、大多数のユーザーが満足できるオーディオ体験を提供する製品に仕上がっていた。
中でも感心したのはトランスペアレンシーモードだ。周囲の音をマイクで拾った上で聴かせてくれるので、イヤホンをしていても状況を把握しやすいが、他社製品が単に周りの音が聞こえるだけ、といったものなのに対して、非装着時の体験に近い形で外音を取り込み再生してくれる。そしてこの優れたトランスペアレンシーモードと連動する形で、周囲の騒音が80dBを超えるとノイズキャンセリングが自動的に効いて、周囲の音を遮断することなく適度に(80dB相当に)ノイズを下げてくれる。
音質についての評価は落ち着いて使う時まで控えたいが、アップル製品と繋いだ場合のシームレスな連動も含め、トータルの体験演出を高いレベルで実現し、不満のない音質を実現しているという点で他者に追従しにくい価値を創造している。
高品質な製品をアフォーダブルに
さて、こうして新製品を振り返ってみると、アップルは特定の領域にこだわったライフスタイルを持つ、また自分自身が使う道具にこだわり、その質に関して自信を持って評価できる価値観を持つ人とたちに向け、Pro、Ultra、あるいはMAXといったサブブランドをつけ、突き詰めたモノづくりを行うことでブランドの方向を定める戦略のようだ。
以前からそうだった、とも言えるが、その方向はかなり明確になってきたとは言えるだろう。
そしてそうした”突き詰めた製品”のエッセンスを、アフォーダブルな製品にも落とし込んでいくことで、多くのユーザーを惹きつける製品やエコシステムを構築している。だからこそ多くのシェアを獲得し、高い収益を得ているわけだが、その収益が”新しい突き詰めた製品”、あるいは衛星通信を使ったSOS発信や自動車事故の自動検出といった、人的にも資金的にも余裕がなければ実現できない機能へとつなげ、それがブランドを強化することに繋がっている。
そうした意味で、アップルの本質的な強さを感じたのが2022年秋のスペシャルイベントだった。