米連邦最高裁は6月末、人工妊娠中絶権を憲法上の権利と認めた1973年の「ロー対ウェイド」判例を覆した。この判決により人工妊娠中絶を認めるか否かは各州の権限にゆだねられることになった。多くの企業が対応を模索するなか、オンラインデートアプリを運営するOKキューピッド(OKCupid)はすでに、中絶の権利をめぐる主張を取り入れたマーケティング戦略を展開している。
マッチ・グループ(Match Group)が所有する出会い系プラットフォームのOKキューピッドは6月30日、米国内ユーザー向けのアプリ内通知で、全米家族計画連盟(Planned Parenthood Federation of America、以下PPFA)への寄付を呼びかけた。また7月13日には、PPFAが主催する「抗議行動の日」への支持を示すため、アプリを数時間停止し「バーチャル・ストライキ」を実施する予定だ。現在、ユーザーの参加を募っている。最高裁判決の数日後から、OKキューピッドはカンザス州在住ユーザーのデバイスに表示される広告枠をすべて寄付し、そこにPPFAからのメッセージを掲載する取り組みを始めた。8月初旬に同州でおこなわれる住民投票の結果しだいで、人工妊娠中絶を合法とする現行の州法が改正される可能性があるためだ。
OKキューピッドの最高マーケティング責任者、メリッサ・ホーブリー氏によれば、同社は中絶が違法化される可能性のある26州を対象に広告枠の寄付を検討しており、合計で「数十万ドル(数千万円)から数百万ドル(数億円)相当の」広告を無料で掲載する見込みだ。ただ、この取り組みへの反動がないわけではない。なかにはアプリに低評価をつけるユーザーや、荒らし目的のメールやコメントを送信するユーザーもいる。ホーブリー氏は、批判は気にならないと述べ、OKキューピッドは万人向けのアプリではない、とつけ加えた。
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「我々が将来への道を開くことができれば、たとえその過程で批判を受けてもかまわない」とホーブリー氏はいう。
OKキューピッドはこのたび、アプリ内のアンケート機能を使って中絶関連のトピックに関するユーザーの意見を集めた。アンケートの結果、回答者のうち、自身の性認識に男女の枠組みをあてはめない、いわゆるノンバイナリーの人々の94%、女性の75%、男性の62%が、中絶が違法とされる州に引っ越すつもりはないと答えた。また、Z世代のユーザーの場合、中絶が違法とされる州から引っ越す意思があると回答した人がX世代より73%多く、ミレニアル世代より12%多いことが判明した。
「そういった現実とも向き合わなくてはならない」
ここ3週間で、ホーブリー氏が話を聞いた複数社の幹部は、中絶問題について「より根拠のある主張をするため」、関連のデータと事例を収集中で、OKキューピッドが「Don’t Ban Equality(平等を禁止するな)」の声明への賛同署名を呼びかけている理由を知りたがる者もいたという(注:Don’t Ban Equalityは生殖に関する権利の制限に反対する数百社の企業連合)。ホーブリー氏は、「なんらかの運動に社名を出して参加することは、企業にとって『(変革の)第一歩』だ」と説明する。
「ただし、参加には絶妙なバランスが必要だ。こうした権利に関する主張を自社の事業拡大のために利用するのは望ましくない」とホーブリー氏は指摘する。「一方、デートアプリに登録した独身女性が、中絶の権利を認めない人を除外して相手を選ぶこともあるだろう。オンラインで出会って恋人になり、妊娠する可能性もあるのだから、アプリの運営会社としてはそういった現実とも向き合わなくてはならない」。
OKキューピッドがPPFAとの提携を始めたのは2017年、デートアプリ上でPPFA支持を表明するためのプロフィールバッジを作成したときのことだ。これは同社が、プロフィール画面にそのバッジを表示したユーザー1人につき1ドル(約130円)をPPFAに寄付するもので、2017年の寄付額は合計5万ドル(約650万円)にのぼった。2021年、テキサス州議会で中絶規制を強化した法案が可決されたことを受けて、OKキューピッドは中絶権擁護を表明する新たなプロフィールバッジ「I’M PRO-CHOICE」を導入し、バッジの利用者1人につき1ドル、合計5万ドルをふたたびPPFAに寄付した。
怒りをいかに原動力に変えるか
また、OKキューピッドはアプリ以外の媒体を通じたマーケティング施策として、ニューヨーク市地下鉄内の広告で中絶権擁護を訴えている。ちなみに同社は、テキサス州オースティンで開催されたサウス・バイ・サウスウエスト・カンファレンス&フェスティバル2022の期間中にも中絶権を擁護する屋外広告を打とうとしたが、スペースに空きがあるビルボードの所有者の許可が下りなかったという。
企業のなかには、OKキューピッドのプラットフォームが商品販売の一助となっているにもかわらず、中絶権をめぐる同社の活動を支持しない方針をとるところもある。そんな自社の対応にいらだちや怒りを覚えているマーケターもいると、ホーブリー氏は指摘する。問題は、その怒りをどうやって行動の原動力に変えるかだという。
「この件をマーケターの視点から見ると興味深い」とホーブリー氏はいう。「長年、商品販売に貢献してきたのに、突然背を向けられた格好だ。しかし、女性が子宮外妊娠と診断され、まだ妊娠6週目なのに人工妊娠中絶が許されなかったらどうなるか。なんの処置もしないまま家へ帰って、死ねとでもというのか? 女性の権利を守るために立ち上がるべきだ」。
TikTokは「主張」に最適なプラットフォーム
女性の権利について啓蒙する手段として、TikTokも効果的だとホーブリー氏は評価する。TikTok上で閲覧できる(OKキューピッドと無関係の)コンテンツのなかには、全米各地で活動する妊娠中絶クリニックの擁護者に焦点をあてた動画や、中絶権関連の抗議デモに潜入した警察官を見破るコツを伝授する投稿などがある。そういったコンテンツはOKキューピッドが制作したものではないが、一部のインフルエンサーは、同社による中絶権擁護の取り組みに関する動画を、無報酬でTikTokに投稿している。
ホーブリー氏の言葉を借りれば、TikTokは何かを主張したい人々のためのプラットフォームであり、「ああいうインフルエンサーたちは、中絶の権利やノンバイナリー、トランスジェンダーなどに関する主義主張の発信において、強力なマーケターとして機能している」という。
もうひとつ、中絶権関連のコンテンツで最近TikTokユーザーの注目を集めているのが、国際人権NGOによるキャンペーンだ。アムネスティ・インターナショナル(Amnesty International)が6月24日に発表した『The Land Of The Unfree』と題する新作映画には「女性の権利に寄せる哀歌」の意味合いがこめられ、アメリカ合衆国国歌をバックに重苦しく不気味な雰囲気が漂っている。
二コリーナ・ナップ監督作品のこの映画の最後には、「You’re not free when you can’t decide your own future」(自分の未来を自分で決められないなら、あなたは自由ではない)というメッセージで締めくくられる。TikTokではリリース後2日間で数百万回再生され、1000人を超えるユーザーがリアクション動画を投稿した。
「米国の企業はヨーロッパの企業に比べ、創造性を活かした選択より、恐れにもとづく選択に安心感を抱く傾向がある」とナップ氏はいう。「中絶の権利を守ることはこの国の課題であり、女性の課題だ。米国のブランド各社は、この課題解決に取り組む必要がある。問題はどのブランドがその勇気を示すかだ」。
[原文:‘If we can pave the way’: How OKCupid is using its app and its ads to fight for abortion rights]
Marty Swant(翻訳:SI Japan、編集:黒田千聖)