「メディア事業において、 メールアドレス 収集は重要だ」:アトランティックCEO ニコラス・トンプソン氏

DIGIDAY

アトランティック(The Atlantic)が有料会員向け記事の配信を開始したのは2年半前。CEOのニック・トンプソン氏によれば、同社はいまも消費者のオンライン行動について「学習中」で、登録ウォールのテスト等を通じてオーディエンスの購読意向を含む情報を収集しているという。トランプ政権以降のトラフィックと購読料収入の低迷も手伝って、情報収集の必要性に対する危機感はこれまでになく高まっているようだ。

アトランティックはこの春、自社サイトの閲覧トラフィックの約50%を対象に有料記事施策の効果を確認するテストを実施中だ。

広報担当者によると、サブスクリプションの強化で5000万ドル(約62億5000万円)規模の収益確保を目指すという(達成の時期は具体的には示されなかった)。一連のテストの主な目的は、ユーザーに抵抗感を抱かせずに購読解約を防ぐ、または遅らせる方法を見いだすことで、これは「解約を望むユーザーには解約をしやすくする」というこれまでの同社の方針とは一線を画すものだと、トンプソンCEOは述べている。

アトランティックのサイトでは、トラフィックが減少傾向にあるなか、ニュースサイクルの目まぐるしい変化が定期購読の解約率を低く抑えるのにひと役かっているようだ。たとえば、ロシアのウクライナ侵攻関連のトピックは、購読者基盤の安定に寄与している。2021年3月から2022年3月までの1年は、新型コロナウイルス感染者がいったん減少に転じ、その後デルタ株とオミクロン株により再び感染が拡大した。また、ウクライナ紛争がニュースサイトを賑わせた。

デジタルメディア分析のコムスコア(Comscore)の調べではこの間、アトランティックのサイトへのユニーク訪問者数は2400万人から2100万人へと12%減少した。アトランティックによれば、2021年末時点の購読者数は紙・電子媒体合計で83万3000人(うち50万人が電子版会員)であり、これは米DIGIDAYが2021年8月の記事で報じた数字とほぼ変わらない(現在の購読者数は開示されず)。

アトランティックをはじめとするパブリッシャーはいま、新たなビジネスチャンスを獲得すべく、自社運営のなかでもニュース以外のコンテンツ中心のサイトへ会員を誘導し、再契約を促している。興味や行動をコンテキスト化したデータを収集して、オーディエンス像を浮き彫りにしようとしているのだ。

トンプソン氏はDIGIDAYの取材に応え、購読の契約更新・解約に2年間で築いたユーザー基盤が果たす役割や、サブスクリプションの知見の蓄積とファーストパーティデータ収集の重要性について語った。以下はインタビューの抜粋となる。読みやすさと長さを考慮し、若干の編集を加えてある。

――御社ではサブスクリプションに関し、3月から4月にかけて数多くのテストやトライアルを行ったと聞いた。テストでは、対象コホートのセグメント化はどうしていたのか?

当社サイトの購読者コホートの種類はさまざまだ。購読者は世界情勢に応じて変動する場合があり、たとえばロシアのウクライナ侵攻開始時には登録が増えた。我々は各種コホートを分析し、パターンを見いだそうとしている。

また、新型コロナウイルスに関心が高い大集団のコホートや、2020年米大統領選における不安感のピークに購読を申し込んだ人々のコホート、2021年1月6日の議会議事堂襲撃事件を機に購読するようになった人々のコホートがある。

――コホート間で明らかに異なる特徴はあるか? たとえばアトランティックのサイトとの関わり方や、契約継続率などの傾向は?

購読者コホートは行動面ではみな同じ傾向にあるが、例外がひとつある。その例外とは、当社が有料会員限定コンテンツ配信を開始したときに登録した購読者で、ほかのコホートに比べロイヤルティが高い。理由は簡単だ。彼らの多くはアトランティック誌を、おそらく20年間継続して購読してきた人たちで、有料会員向けのコンテンツ配信への期待から登録したと思われる。だから解約率が一番低いのだろう。

心配だったのは、2020年の大統領選が佳境に入ったころに有料会員になった人々のコホートだ。ロイヤルティが比較的低く、政治的な関心や、トランプ候補に対する興味が動機となって購読しはじめた人たちだから、サイトでトランプ氏関連の報道が減って以前と同じような扱いに戻れば解約するだろうと予想していた。ところが、ありがたいことに解約は増えず、契約の更新率は以前と変わらなかった。

――有料購読商品の解約率はいま、平均でどの程度か?

解約率は私自身、定期的に確認しているが、これが25ある測定指標中もっとも安定している。意外だが、変動がきわめて少なく、契約継続率が75%で、解約率が平均25%というデータが出ている。

ただし、状況はもう少し複雑で、解約率の計算方法をいじった関係で、サブスクリプションギフトの解約率などは実情を反映していないかもしれない。ある時点でデータ項目をかなり変更したため数字が少し変動したが、過去のデータに必要な修正を加えたあとは安定した。

当社が登録ウォールに関する実験的施策を始めてから2年半になる。契約更新の時期を迎える2年分相当の購読者は、毎月のように解約の可能性がある。解約率の上昇を食い止めるには新規登録者を増やさなければならない。1年単位の契約のため初年度は解約がないから、購読者数は拡大する一方だ。

2年目になると、1年目に契約した購読者に解約する権利が発生し、3年目には、2年分の購読者が解約の権利を持つ。購読事業は、深く掘り下げれば掘り下げるほど計数管理が複雑になる。

――御社のファーストパーティデータ戦略において、購読事業はどんな役割を果たしているか?

当社のファーストパーティデータ戦略にはライブイベント、広告、購読事業、データサイエンスといった分野が含まれる。我々はユーザー向け各種アンケートを送付して、分野の垣根を越えて使えるファーストパーティデータの収集に努めているが、できるかぎりプライバシーに配慮しながら、ユーザーのプロフィールと行動のデータを収集・計測している。

アンケートの質問には詳細な位置情報や人種に関する項目はなく、どんな記事をクリックしたか、何本の記事を閲覧したか、といった質問が中心になっている。いままでのところ、アンケート回答結果のデータ、開封率、回答者数は予想を上回っており、実に嬉しい驚きだ。

――つまり御社は、購読者のメールアドレスや住所を利用して自社のファーストパーティデータを充実させる意向はない、ということか?

購読事業のプロセスにおいては、メールアドレス収集は重要だ。我々は記事全文の閲覧にメールアドレス登録を必要とする登録ウォールの設定をテスト中で、結果に応じて、登録ウォールを今後の戦略として追求すべきか否かを決めるつもりだ。ニュースレター購読申込みとプロモーション施策も重視しているが、登録ユーザーの氏名を、広告配信目的でほかのデータと相互参照したりはしない。

それは購読事業関連の業務プロセスとは別の作業になる。我々が目指しているのは、コンテンツの種類別のユーザーの行動を把握・分析し、結果として得られた知見を、たとえばニュースレターによるプロモーション施策などに活かすことだ。

当社では、メールアドレスをクレジットカード情報と相互参照して広告配信に利用することはしない。その代わり、自社サイトの文化記事を閲覧したユーザーについて、ニュースレター購読申込みの傾向を調べ、今後の文化記事内のニュースレター配信登録セクションを増やすかどうかの判断材料にする。

我々は引き続き、多くのテストやトライアルをおこなっていく。前に述べた登録ウォールのほか、さまざまな測定指標を取り上げて試している。期間限定の無料お試しキャンペーンもテスト中だが、測定結果のデータが集まりはじめている。こうした実験的施策は幅広い読者層にメリットがあるはずだから、今後も続けていくつもりだ。

――アンケートの対象はどんな人々か? アンケートの回答結果を、フォーカスグループインタビューのような手法で収集したデータとして、広告主に販売する可能性はあるか?

アンケートは、アトランティック誌の購読経験があり、なおかつ調査協力をオプトアウトしていない人々のほか、ニュースレター配信登録者や当社主催のイベント参加者で、調査協力に同意した人々に送付される。当然ながら、ユーザー全員にオプトアウトの機会を提供している。オプトアウトしていない各コホートに属する人々に対しては2、3週間に1度、アンケートを依頼している。オプトインした読者には毎年かならずアンケートを送付することが我々の目標だ。

当社のアンケートでは、市場動向調査やエデルマン・トラストバロメーターレポート(Edelman Trust Barometer)で扱う、「政府を信用していますか?」といったたぐいの質問はしない。我々が問いかけるのは、たとえば「お仕事は何ですか?」であり、回答にもとづいて広告主が訴求したいオーディエンスのセグメントを作成する。

広告主が当社のサイトに広告を掲載したがるのは、質のいい読者を抱えるアトランティックというブランドがあるからだ。テストにより、エンゲージメントの高い購読者、つまり有望な見込み顧客を当社が抱えていると証明できれば、広告主と当社の双方にとっての価値が生まれる。

――購読事業に関するこれまでのテストを通じて得られたもっとも有益な知見は?

我々は、ユーザーのエンゲージメント維持を促すメールの送信に最適なタイミングについて研究してきた。アトランティックの有料会員で長いあいだ記事を閲覧していない人は、契約更新の通知を受け取っても、購読を継続する確率は低いかもしれない。

ただし、継続手続き案内の送付が契約失効の1日前では遅すぎる。契約失効の80日前、30日前に通知を送る必要がある。休眠状態の有料会員の再活性化を促すにはいつが「最適な瞬間」なのか、見きわめる努力をしているが、我々としてはまだ結論が出ていない。

[原文:Media Briefing: A Q&A with The Atlantic’s Nicholas Thompson

Tim Peterson and Kayleigh Barber(翻訳:SI Japan、編集:分島翔平)

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