第9回は、週休3日&複業必須&完全リモートワークの会社を起業し、働き方改革の支援を行う株式会社クロスリバー代表取締役CEOの越川慎司氏が登場。日本マイクロソフト元業務執行役員で、米国では某オンライン会議サービスのアジア事業立ち上げメンバーとして携わった経験もある。
氏の豊富なデータから導き出された分析結果をもとに行うコンサルティングは評判が高く、支援した団体は5年で800を超える。そして出版不況の中で18冊の本を執筆し、累計64万部というヒットを出している著者でもある。「AI分析でわかったトップ5%社員の習慣」「AI分析でわかったトップ5%リーダーの習慣」「超会議術」などは、どれも再現性のある行動実験の結果をもとにしているのが特徴だ。
ウェブで無料の情報が氾濫する中、買ってでも得たいナレッジをどのように得てきたのか、ヒットの秘訣も含めてうかがってみた。週休3日を取りながらも、本の執筆まで行う時間術にも注目してほしい。
働き方改革を支援するコンサルティング軍団週休3日&複業必須&完全リモートワークで自ら働き方改革を実践中
――まずは、クロスリバーではどのようなサービスを展開されているのか教えてください。
[越川氏]2017年に設立したクロスリバーは、働き方改革を支援するコンサルティング軍団で、39人のスタッフがいます。最大の特徴は、私たち自身も働き方改革をしており、完全リモートワークで、全員が「週休3日」、週30時間までしか働けない点です。
また、複業必須なので僧侶や医者など多様な職種の人が、多様な場所で働いています。東京、名古屋といった日本以外に、バンコクやパリ、シアトル、ニューヨークなどに在住するメンバーもいて、時差を超えて共同作業ができる体制を作りました。
ちなみに「クロスリバー」という社名は、私の名前である「こしかわ」のルー語です(笑)。ルー大柴の親戚なので……。
――社名にそんな由来があったとは! 私も前職で御社のコンサルティングを受けたのですが、どれぐらいの企業を支援しているのでしょうか?
[越川氏]官公庁なども含めて815団体の支援を行い、大企業が4割、中小企業が6割です。従業員数でいうと累計17万3000人の働き方を支援させていただきました。
――以前お聞きしたときよりも増えていますね。どうやって支援する団体を増やしていったのですか?
[越川氏]実は昨年ぐらいからは、顧客数はあまり変わっておらず、顧客満足度を上げることに注力しています。
815団体のうち、起業してから100団体ぐらいまでは前職の日本マイクロソフトのつながりです。その後の200団体は、「無料で働き方改革の人事制度や評価制度のコンサルティングをするので、代わりに取り組みについてヒアリングをさせてほしい」というお願いをして増やしました。
結果的に300団体の働き方改革のデータを取得でき、それを分析して、「こうすると働き方改革が成功しやすい」という知見を得られたのが大きかったです。例えば、「人事部だけでなく経営企画部が絡んだほうが成功確率が1.4倍になる」「執行役員と課長が最も抵抗勢力になりやすい」といったことが分かりました。その後は、蓄積した知見と顧客のデータをもとにAI分析などを行いながらコンサルティングを行っています。
300団体以降に関しては、累計64万部ほど売れている書籍を読んだ方からお問合せいただき、コンサルティングやオンライン講演、講座などにつながっています。
起業したのは、全世界の会社を「週休3日」にしたいから
――最近は、大手企業が実験的に週休3日を導入してニュースなどで話題になることがありますが、越川さんが週休3日にこだわっている理由は何なのでしょうか?
[越川氏]私は仕事大好き人間で、過去に仕事のしすぎで鬱病を経験しています。そのときに、働く時間に上限を設けて、短時間で成果を残すという働き方をしないと、長く働き続けられないということを痛感しました。それで週休3日でも売り上げが下がらないモデルを作りたい、「全世界の会社を週休3日にしたい」と考えて起業しました。
週休3日であれば、子育てや介護など家族のケアもできますし、売り上げが維持できれば給料も下がらないので、会社も社員も社会も全員ハッピーですよね。売り上げが下がらなければ、投資家に説明する必要もありません。
そこで必要になってくるのが無駄を減らすこと。17万人に行った調査では、勤務時間の43%を社内会議に、18%を資料作成に、11%をメールやチャットに費やしていることが分かりました。この中には無駄がありそうですよね。この無駄を減らして、新たに生み出された時間を従業員のスキルアップに当てることで事業利益を伸ばします。
――無駄を減らすというところからの働き方改革の推進というわけですね。具体的にどんなことをされているのでしょうか?
[越川氏]無駄な作業をやめて生み出された時間で、稼ぎ方改革と学び方改革を行っています。稼ぎ方改革というのは、新規事業の開発です。新規事業は純増純利益なので、稼ぎ方改革になります。勤務時間の43%を費やしている社内会議は、絶対にダイエットができます。ここで生み出された時間を事業開発に投じれば「事業生産性」が高まるわけです。
会議が長くなってしまうのは、意思決定プロセスが曖昧だから。現場に裁量権(決定権)を渡している会社は、会議が少なくなる傾向があります。一方で意思決定権と実行者が離れれば離れるほど、会議のための会議が発生するなど、会議時間が増えてしまいますね。だから意思決定プロセスを見直すということをやっています。
若者の74%が「残業したい」と回答、そこで生まれた「学び方改革」
――働き方改革の中でも会議がポイントなのですね。学び方改革というのは研修の話になりますか?
[越川氏]はい。働き方改革について匿名で調査を行ったところ、20代、30代は「むしろ残業をしたい」と回答した人が74%もいました。驚きますよね。ちなみに男女比率だと男性が若干多く、業種による偏りはありません。
そして理由として最も多かったのが「スキルアップしたい」でした。例えば、30歳で一人前のエンジニアになるために学び、社内で評価され、社会でも評価されるようなスキルを磨きたいと思っているのに、会社からは早く帰らされてしまい、これが不満だと言うのです。
この不満をどうしたら解消できるか検討した結果、生まれたのが「学び方改革」です。会社が受けてほしい研修と、社員が受けたい研修を混ぜて、その中から年間で5つ自分で選んで受講してくださいという形式。この学び方改革を推進したところ、なんと離職率が3分の1以下になったという企業も出てきています。会社の仕組みの中で、しっかりと一人前の社会人になりたいと考えている20代、30代が増えているのを見ると、「日本も捨てたもんじゃない。未来があるな」と思います。
ちなみに彼らが目指しているのは「自己成長」と「自己選択権」だということが、複数のアンケート結果から分かっています。自己成長は昔から一緒ですが、一つのスキルを掘り下げて専門家になるよりも、専門分野を複数持ちたいというニーズが増えているのが最近の特徴です。おそらく副業や転職を視野に入れたものでしょう。一つに絞られてしまうと、汎用性が薄くなりリスクが高まってしまうので、軸足を増やしたいという傾向かと思います。
「自己選択権」というのは、最近になって出てきました。これまでだと会社の人事部や上司が決めたことに従うというのが主流でしたが、今はセキュリティ分野からシステム開発に、流通業から製造業になど自分のやりたい仕事に、自分の意志で移りたいというニーズが高まっています。この「自己選択権」を得るためには、どうしたらいいかというのを皆さんよく考えられています。その一つがスキルアップであり、もう一つが社内での評価を高めること。これらを皆さんがすごく意識するようになっています。
――入社式の日に新入社員から辞職の相談があった……みたいな話も聞く一方で、仕事について深く考えている人たちもいるのですね。
[越川氏]今も入社3年以内に仕事を辞める新卒社員は3分の1以上いますし、そのあたりは昔と変わらないです。
ただ、コロナ禍でリモートワークなどを経験して、働く人の6割が仕事について改めて考えたという結果が出ています。「出社すること=仕事」ではないというのを再認識し、仕事をすることでいかに価値を発揮できるか、これが働くことの意義だと理解したのです。そうすると、「自分は3年後、5年後に大丈夫なのか?」「今は何をすべきなのか?」と考えるようになったというわけです。
また、定年まで働いて終わりということではなく、70代になっても社会に関わっている可能性を薄々考える中で、目先のことだけでなく、先を見る人が増えている印象を持っています。そうした長期視点の中で、自分が社会で通用するのか考えて、今の自分を振り返るようになったのがコロナ禍で大きく変わった点だと思います。
アポも取らずに渡米、オンライン会議サービスのアジア事業立ち上げメンバーに
――続いて、越川さんのキャリアについてお聞きできればと思います。越川さんは通信会社で働かれた後に、アメリカに行かれています。これはどういった経緯からだったのでしょうか。
[越川氏]私が海外でのチャレンジをしたのは2000年代前半のITバブル真っ盛りのときです。テクノロジーの基礎研究や応用技術が集まるのがシリコンバレーで、さまざまな国籍の人たちが、何でも受け入れてくれるという空気感の中で突拍子もないアイデアを言い合ったり、実現の可能性なんて考えずにアイデアを出したりしていました。これが予想以上にすごい世界で虜になり、行って駄目なら戻ればいいという感じで挑戦していました。
当時、ITサービスをサブスク型で提供していたアメリカのとある会社に将来性を感じ、実は内定はおろか、アポも取らず、英語もしゃべれない中、渡米しました。毎日、受付に行って想いを伝え続けたところ、ちょうどアジアでの立ち上げを準備しており、そのメンバーの1人として参加できることになりました。当時はそこまで大きな市場ではなかったものの、市場シェア1位を取れたのは大きな経験になりました。充実感もありましたし、この経験が今の成功にもつながっていると思います。
ただ、この世界で生きていきたいと思っていたときに声を掛けてくれたのがマイクロソフトでした。ここでは最先端技術に触れ、グローバルビジネスの難しさを知ることになります。働きすぎて十二指腸潰瘍になるなど、ボロボロの生活でしたし、失敗も多かったですが、30代でこの経験ができたのは大きかったです。その後は日本マイクロソフト業務執行役員となり、PowerPointやExcelなどの事業責任者をやりました。
――英語はハードルにはならなかったのでしょうか。
[越川氏]海外挑戦に英語ができるかどうかは関係ありません。当時の私のレベルはというと……。役員がペンを探していたので貸そうと思い、「I have a pen.」と言おうとしたら、「I am a pen.」と言ってしまい、1年間ぐらいあだ名は「ペン」でした(笑)。
英語がしゃべれなくても何とかなります! 英語は道具ですから、海外チャレンジをしてから英語を学ぶのでもいいぐらいです。
週休3日の想いを広く伝えるために本の執筆へ
――そろそろ書籍の話に。本を出すきっかけは何だったのでしょう?
[越川氏]私は「週休3日を全世界の会社に広げたい」という想いで講演や講座、コンサルを行っているのですが、その声が届くエリアはすごく限定的です。また、私の週休3日の想いを3時間も聞いてくれる人はまずいないわけです。でも、書籍なら3時間半から4時間掛けて私の想いを読んでもらえます。だから自分の想いを伝えてくれる一番の媒体が本だと思って書いています。
――今は、ウェブで無料の情報が氾濫しています。そことの差別化はどのようにしてきたのでしょうか。
[越川氏]デジタル化されているものは、検索対象になり、誰でもノウハウは知られてしまうので、残念ながらそこは差別化できません。私の場合は、2万時間掛けて行った調査実験であったり、それを用いた分析データがあるので、そこは希少性が高いのではないかと考えています。他の人が同じ調査データを得たいと思ったら、その読者は2万時間を費やさないといけないわけですから、それが1500円払えば3時間で入手できるという意味では、時間の価値は理解していただいているのではないかと思います。
累計64万部を売る中で見つけたヒットの法則は「変化」と「再現性」
――それが実際の売り上げに反映されているのでしょうね。出版不況の中で18冊64万部というヒットを連発できるコツはあるのでしょうか。
[越川氏]ビジネス書の売り上げでいうと2020年、2021年に出版した本の売り上げが伸びていて、特に紙の本が伸びています。コロナ禍ということもあり、本を読む人が増えたのでしょう。そうした追い風もあって販売部数を伸ばせたのだと思います。正直、何が売れるのかは分かりません。実はヒットした「トップ5%」シリーズは、一度、別の出版社で断られたものでもあります。
ヒットの法則があるとすれば、「変化」と「再現性」だと思います。本を買う人が欲しいのは知識ではなく「変化」です。苦労していることやできないことが、本を読むことでできるようになる、本を読んだら料理ができる、残業がなくなるといったことですよね。だからそういった本を書き、それが伝わるタイトルにするのがポイントです。さらに言うと、その変化の数字をタイトルに入れられると、より売れやすいです。売れている本は、ほぼタイトルに数字が入っています。
「再現性」というのは、「私だからできる方法」というのは全く意味がなく、新入社員1年目でも成果が出る、誰でもできるものでないと本を手に取ってもらえません。私の本は、私がやったのではなく、クライアント815団体、17万人がやったらこういう成果が出たという行動実験の結果を入れていて、この再現性というのがおそらく読者にとって受け入れられているのだと思います。
――なるほどです。本の内容以外にも売れるポイントってありますか?
一つあるとしたら、書籍の7割が街の書店で売れるので、Twitterなどでプロモーションするときは「お近くの書店で手に取ってください」と伝えることです。書店の店員さんはTwitterなどを見てくれているので、そういった方々の応援がしたいのです。
――ちなみに1冊書くのにどれぐらいの時間が掛かるのでしょうか?
[越川氏]ビジネス書は8万字ぐらいで、私の場合は5日ほどで書けます。最新作は実質2.5日で執筆しました。一からコンテンツを作るというよりも、コンサルティングや講演、講座での内容をICレコーダーで録音、AIで文字起こしを行い、オンラインアシスタントが誤字脱字を修正するかたちで、6万文字ほど執筆します。それに図版や目次を入れれば完成です。
ただ、ネタ作りには圧倒的に時間を掛けています。先月も調査に何百時間も掛けましたし、新たなコンサルメニューの開発は3カ月から半年も掛かります。クオリティを落とすと、講演や講座の顧客満足度が下がるので、こちらをしっかりと詰めて満足度を上げることで、文字起こしを主体にした執筆でも満足度が下がらないという感じかと思います。
私も週休3日を維持しながら本を書かないといけないので、いかにAIやテクノロジーなど利用できるものを上手に活用するかが結構ポイントです。
――効率化を極めてますね。ちなみに、新しい書籍が直近で出る予定はありますか?
[越川氏]はい。5月27日に「トップ5%」シリーズの続編として、「AI分析でわかった トップ5%社員の時間術」という書籍が出ます。どうやったら残業沼から抜け出せるか、クライアント各社の人事評価トップ5%が実践する最短距離の仕事術を紹介しています。この時短テクニックを一般社員2万2000人に試してもらったら再現率は89%でした。ご興味を持っていただいた方はお読みいただけると嬉しいです。
対談後記(武田氏)
越川さんと初めてお会いしたのは、前職の働き方改革の教育プログラムでした。私もこれまで多くの研修を受けていましたが、その中でも非常に異色かつインパクトのある内容で大きな驚きを持ったことを覚えています。また、これまでの8回の連載で対談させていただいた方々とは異なり、越川さんとは今回のような長時間の話をすることは無かったのですが、どうしても私がもっと突っ込んだお話を伺いたくて、懇意とは言いにくい関係ながら、今回の対談の打診をさせていただきご快諾いただきました。
たくさんのお話をさせていただきましたが、強く心に残ったのは書籍を執筆する際に重要視することが「再現性」と「変化」の2点だという部分です。全ての読者が再現できるという「再現性」、そして求められる「変化」という部分と合わせて、書籍を購入する人が現状を打破して変化を望んだ際に、「自分でもこうやればできる!」という具体的な解決策の提示という部分でした。
また、越川さんはほとんどの著書をこの2年間で書かれており、それはコロナ禍と言われる期間とも一致します。そして、越川さんが独自に集計している統計によると、社会人10年ぐらいまでの20代~30代前半の若手の74%が「残業がしたい」とアンケートに答えているそうです。それらの若手は「自己選択権」と「自己成長」を求めて、残業も厭わずに仕事をしていきたいと考えていること。そして、それは現代の日本で65~70歳にならんとする就労期間を見据えた長期展望によるものだということでした。さらに、コロナ禍でできた考える時間で各人が考えた結果という側面もあるようです。
私が持った「なぜ出版不況の中で書籍が売れるのか?」の答えはこれでした。このような人たちに越川さんは、「誰でも再現できる変化の方法」というナレッジを提供していたのです。今、書籍が売れるという、異常と思える状況には、やはり理由がありました。売れないものが売れるのには、理由がきっちりある。今回の越川さんとの対談でそれを学ばせていただきました。