eスポーツの頂点に立つ、LoLグローバル責任者の素顔:「真の実力者であり、eスポーツの開拓者」

DIGIDAY

現代のeスポーツ産業が産声をあげたとき、ナズ・アレタハ氏はその場に居合わせた。2012年にライアットゲームズ(Riot Games)に入社して以降、同社と大手ブランドとの事業提携を次々と成立させ、「リーグ・オブ・レジェンド(League of Legends:以下LoL)」を世界的な人気ゲームタイトルに押し上げた。現在、アレタハ氏はLoLeスポーツのグローバル責任者として、勢いに乗る競技ゲームの世界の頂点に立っている。

アレタハ氏の仕事は、LoLのエコシステムを構成する多くの部署や関係者を管理統括し、LoLというブランドのテーマ的な統一性や一貫性を維持するとともに、長期的な成功に向けての体制作りを進めることだ。もちろん、eスポーツ業界に働く力学や勢力に通じていることも必要になる。さらに、アレタハ氏は動画配信サービスのパラマウントプラス(Paramount+)で近日公開されるライアット・ゲームズの新シリーズでエグゼクティブプロデューサーを務めている。着々と進むeスポーツ界とエンターテインメント界の融合という、eスポーツが次に迎える大変革の先頭に立つにはうってつけのポジションだ。

イランからの移民であるアレタハ氏は、カリフォルニア州ニューポートビーチで生まれ育った。同氏が将来進むべき道について、両親はいくつか具体的な期待を持っていたようだ。「子どもの頃、ペルシャ人の両親からは、いつも『医者か弁護士かエンジニアになれ』といわれていた」と同氏は振り返る。「両親にとって、この3つが理想のキャリアだった」。

一方、アレタハ氏がビデオゲームへの情熱と価値に目覚めのも家庭でのことだった。年上のいとこたちが任天堂の家庭用ゲーム機(Nintendo Entertainment System)で遊ぶ傍らで、自分の順番が回ってくるのをじっと待っているような子どもだったという。

結局、アレタハ氏は南カリフォルニア大学に進学し、ビジネスと企業金融を専攻した。それでも、大好きなゲームを忘れることは決してなかった。授業の合間を見つけては、学生寮に友人たちを訪ね、中古のファミコンでゲームに興じた。学友たちのあいだでは、ゲーマーとしての評判が瞬く間に広まった。

2006年に大学を卒業すると、ソニー・ピクチャーズ・エンターテインメント(Sony Pictures Entertainment)で金融アナリストの職を得た。しかし、すぐに金融の仕事は自分には不向きだと気づき、ゲームデベロッパーであるアクティビジョン・ブリザード(Activision Blizzard)のアナリストに転職した。その後の4年間、アクティビジョンのリテールマーケティング部門でキャリアを積んだアレタハ氏は、元同僚で当時ライアット・ゲームズのマーケティング責任者を務めていたクリス・イノック氏から転職を打診され、興味を引かれた。

ライアットへの転職

引き抜きは容易ではなかった。2012年当時、ライアットゲームズの従業員は500人程度で、アクティビジョンよりもはるかに小規模だった。現在はインプロバブル(Improbable)というソフトウェア企業でグローバルパブリッシングの統括責任者を務めるイノック氏は、「誰も知らない無名の新興企業だった」と振り返る。

それでも、イノック氏は、アレタハ氏こそ「完璧な適任者」と信じ、引き抜きの作戦を立てた。リテールマーケティングに精通し、ビデオゲームの世界に造詣が深く、独自の人間関係を構築できる人材がどうしても必要だったのだ。

「希少な人材を探していることは自覚していた」とイノック氏は話す。「当時のライアットは無名のスタートアップだ。20年以上の経験を持ち、何百万ドルという大金を稼ぎ出し、その働きに見合う報酬を得ている人材を引き抜くことなどできるわけがない。無理な要求だと分かっていた。ナズが電話を取ってくれたことは、非常に幸運だったと思う」。

アレタハ氏がライアットにもたらした新機軸はリテールマーケティングの経験だけではない。当時、同氏は企業で高い地位を占める数少ない有色人種の女性のひとりだった。現在でも、大手のゲーム開発会社やeスポーツ団体のフロントオフィスや経営幹部職は圧倒的に白人男性が多い。近年、ライアットアクティビジョンのような企業で女性が苦境に立たされるなか、アレタハ氏は、ゲーム業界で働く社会的少数派のロールモデルとしてますます注目を浴びるようになっている。

「ライアットは今後も積極的にアレタハ氏をパネルディスカッションに登壇させ、インタビュー取材を受けさせるだろう。同氏にとっては追加的な仕事だ」。ライアットのバイスプレジデントで、eスポーツの運営責任者でもあるウェイレン・ロウゼル氏はそう語る。ロウゼル氏はアレタハ氏の10年来の同僚だ。「彼女にとって、それは機会であると同時に、背負わざるをえない重荷でもある」。

「サモナーズリフト」への参戦

アレタハ氏はB2B決済のシニアマネジャーとしてライアットに入社すると、LoLのギフトカードを全米の店頭に並べるなど、すぐに頭角を現した。この施策により、クレジットカードを持たないゲーマー(つまりは子どもや若者)も、ゲーム内通貨を購入できるようになった。「ゲーム内通貨の販売は主要な収益源であり、これは間違いなくアレタハ氏の手柄だ」とロウゼル氏は述べている。

アレタハ氏はライアットの面接を受けるまで、LoLをプレイしたことがなかった。それどころか、MOBA(マルチプレイヤーオンラインバトルアリーナ)というジャンルがあることすら知らなかった。しかし、一度ダウンロードするや、アレタハ氏は夢中になった。「ライアットの従業員は誰でもプレイしている。午後6時になると、誰もがチームを組む」とアレタハ氏は話す。「ホールを歩けば、聞こえてくるのはマウスをクリックするカチカチという音だけだ。そして誰もがこのカチカチに参加したがった」。

「ライアット・ランブルズ」というLoLの社内トーナメントを開催し、優勝者に特製のロゴ入りジャケットを進呈するようになると、アレタハ氏の競争心は一気に高まった。同氏は「ハンズ・アンド・ブロンズ」というチームを結成し、所属する部門で勝利を収めた。戦利品のジャケットは今も同氏の宝物だ。

LoLへの情熱が強まるにつれて、その周辺に生まれつつあったeスポーツ関連の事業機会にも関心が向くようになった。たとえば、アレタハ氏がライアットで担当したB2B事業には、戦略的なパートナーシップの開拓があった。そのひとつがアメリカンエキスプレス(American Express)との提携カードの発行で、2013年にロサンゼルスのクリプトドットコム・アリーナ(当時はステイプルズセンター)で開催されたLoL世界大会で初公開した。

「私にとって、あれが初めて携わるeスポーツ関連の仕事だった。ステイプルズセンターで開催された、あの世界大会だ」と、アレタハ氏は振り返る。「私のホームアリーナであり、子どもの頃にはレイカーズの試合を見に行った。あの世界大会を見た瞬間、『すごい、これはフルタイムでやらなきゃね』と思った」。その年の世界大会が終了してから2週間後、アレタハ氏はライアットのeスポーツ部門に異動し、グローバルパートナーシップと事業開発の責任者に収まっていた。

産声を上げたばかりの産業

ライアットのeスポーツ事業提携部門に配属されたばかりのころ、「アクティビジョンでは50人で担当した仕事を、彼女は一手に引き受けていた」とイノック氏は話す。当時、アクティビジョン・ブリザードのような大手のゲーム開発企業では、ウォルマート(Walmart)やベストバイ(Bet Buy)などの大口顧客には専属の事業提携チームを配置し、さらには営業部門とリテールマーケティング部門にも特定のチームを設けていた。ライアットでは、アレタハ氏はこれらの役割をすべて担い、さらに多くの仕事をこなしていた。

「彼女は非常に多くの仕事を抱えていた」と、イノック氏はいまさらながらに認めている。ライアットでは、現在も集権的な事業開発チームを維持しているが、その一方で、eスポーツなどの事業部門別に小規模なチームを設置し、地域別のスペシャリストも配置している。

他社との事業提携に関しては、アレタハ氏は目先の利益よりも長期的な成長を優先した。契約するスポンサー企業には、ライアットのゲーマー層と相性が良く、その成長に貢献できるブランドを厳選してきた。グローバルな大企業と契約できれば、それは一種の権威付けともなる。「最初の契約を成功させれば、ほかのブランドも後に続くはず」。当時の考え方について、アレタハ氏はそう振り返った。

アレタハ氏のチームは2年に及ぶ交渉を経て、マスターカード(MasterCard)との契約を成立させた(金銭的な条件は非公開)。早速、メルセデスベンツ(Mercedes Benz)、ルイヴィトン(Louis Vuitton)、ステートファーム(State Farm)らが後に続き、ライアットの新たなブランドパートナーに名を連ねた。

アレタハ氏はライアットのeスポーツ事業に関連して多くの企業提携を成功に導いた。この成功は、LoLをマーケティングコストという位置づけから脱却させ、本格的な事業化を達成するのに必要不可欠だった。そしてこの勝利を背景に、アレタハ氏は次に手がける仕事でも、ライバルたちから頭ひとつ抜け出る存在となった。

「希有な才能の持ち主」

2021年10月、アレタハ氏はLoLeスポーツのグローバル責任者に就任した。ちなみに、ライアットのeスポーツ担当バイスプレジデントを務めるジョン・ニーダム氏は、2020年初頭に同社eスポーツ事業のグローバル責任者に昇進するまで同職に就いていた。ライアットで十分な影響力を蓄えたアレタハ氏が、この重職を担うのにもっとも適任であることは、もはや誰の目にも明らかだった。

新しい役職に就いたアレタハ氏の仕事はある種のつなぎ役だ。LoLに対する深い知識を存分に活かして、この競技を構成する地域リーグとの連携を推進することが期待されている。たとえば、北米のLoL・チャンピオンシップシリーズや中国のLoL・プロリーグなど、サブリーグのリーダーたちと日常的に情報交換をおこない、各地域リーグのオリジナルコンテンツやブランドパートナーシップがライアット全体のビジョンに合致するよう調整することもそのひとつだ。

さらに、LoLのeスポーツとしての発展を支援するには、eスポーツ事業に携わるほかの関係者にも、長期的な視点で企業提携や各種の構想を進めてもらう必要がある。

「アレタハ氏はeスポーツに造詣が深い。我々のチームで長年プレイしているため、ファンのことも理解している。グローバルな環境でリーダーシップを発揮することもできる。我々にとっては希有な才能だ」と、ロウゼル氏は話す。「我々はさまざまな文化や課題、あるいは特異な状況に直面し、そのひとつひとつに対応を迫られる。アレタハ氏の引き抜きにこだわったのもそのためだ」。

公平な競技の場をつくる

eスポーツ業界における有色人種かつ女性のリーダーあるいはロールモデルとして、アレタハ氏は果たすべき自分の役割をよく理解している。その反面、それがライアットでの業務に大きく影響することは必ずしもよしとしない。「ベストな自分でありたい、ベストな仕事がしたいだけだ」とアレタハ氏は話す。「実績を積み、仕事が増えるうちに、つい忘れていることもある。あ、そうだ、私は有色人種で女性の企業幹部だったのね。そんな感じだ」。

有色人種の女性が企業の要職に就くことは極めて希有だとつい忘れがちになる一方で、アレタハ氏が社内あるいは社外で、多様性を促進する活動に関わっていないわけではない。それどころか、同氏はしばしばeスポーツ業界で働く女性をテーマにしたイベントやパネルディスカッションに参加している。また、主にライアット社内で開かれる女性あるいは有色人種の従業員との会合を通じて、eスポーツ企業での立身出世をめざす社会的少数派の労働者に助言もおこなっている。「困難な時代が長く続いたが、業界全体にとっては必要なことでもあった」と同氏は語る。「業界はいわば自らを映す鏡を突きつけられ、対応せざるを得なくなった」。

アレタハ氏自身の取り組みに加え、ライアットは社会的少数派の従業員が置かれた状況を改善するために、専門のチームを配置した。多様性の促進に責任を持つチーフダイバーシティオフィサーとして、アンジェラ・ローズボロ氏を雇用したのもその一環だ。「D&Iの推進はD&Iチームだけの責任ではなく、従業員と経営陣全体の責任だ。ライアットはそれを示すためにすばらしい仕事をしている」とアレタハ氏は話す。「この取り組みは決して止まらないし、止めてはいけない。多様性の問題に関する限り、ライアットは業界の牽引役になれると思う」。

アレタハ氏が掲げる今後の計画は、このような多様性の取り組みにとどまらない。同氏は、ネットフリックス(Netflix)のヒットシリーズ「アーケイン(Arcane)」をはじめ、ライアットが自社開発した知的財産の強みと、これら知財がより多くのプレイヤーとファンをライアットのeスポーツエコシステムに呼び込む潜在力を十分に理解している。パラマウントプラスで公開する番組制作を支援したのもこのためだ。

「かつて、LoLの世界への入り口は、PCゲームに限られていた。我々はこのゲームをスポーツ化した。いまではPCゲームがあり、モバイルゲームがあり、LoLのIPを活用したその他多くのゲームジャンルがある」と、アレタハ氏は述べている。「ゲームプレイの観点からいえば、多くのタッチポイントがあるということだ」。

業界全体をレベルアップさせた

ライアットに入社して以来、アレタハ氏は社内の複数の部署で功績を挙げ、B2Bマーケティング、ブランドパートナーシップ、eスポーツ事業の戦略を推進してきた。しかし、アレタハ氏のリーダーシップがもたらしたインパクトは、これら実績の総和をはるかに上回る。アレタハ氏は真の実力者であり、eスポーツの開拓者だ。競技性の高いLoLを作り上げようという同氏の努力は、業界全体のレベルアップに大きく貢献した。

「アレタハ氏がLoLの舵取り役を務める限り、一般のファンも安心してゲームを楽しめる。なぜなら、舵を握るその人が、eスポーツをプレイし、観戦し、心底大事にしているからだ」と、ロウゼル氏は述べている。「事業のことしか見ていない、スーツ姿の管理職者ではない。アレタハ氏が特別なのは、同氏がゲームにもビジネスにも通じた二刀流であることだ」。

[原文:‘The absolute perfect person for it’: Naz Aletaha’s path to the top of League of Legends esports

Alexander Lee(翻訳:英じゅんこ、編集:分島翔平)

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