なぜ「AIによる株式投資」は普及していないのか?

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AIは囲碁などのボードゲーム、自動運転車、タンパク質構造の解析などさまざまな分野で実用化されています。しかし、一見するとAIとの相性がよさそうな「株式市場への投資」においては、機械学習やAIによる意思決定があまり普及していないとのこと。そこで、ケンブリッジ大学やオックスフォード大学の研究チームが、2000年~2018年に発表された複数の研究から「AIを使った株式投資は実用化できるのか?」を分析した研究結果を発表しました。

A review of machine learning experiments in equity investment decision-making: why most published research findings do not live up to their promise in real life | SpringerLink
https://link.springer.com/article/10.1007/s41060-021-00245-5

Humans v AI: here’s who’s better at making money in financial markets
https://theconversation.com/humans-v-ai-heres-whos-better-at-making-money-in-financial-markets-174937

テクノロジーの進歩はオンラインの決済サービスやネットバンキングの登場といった影響を金融業界に及ぼしており、金融(Finance)と技術(Technology)を組み合わせたフィンテックという言葉も使われています。こうした分野ではAIによるセキュリティシステム、マネーロンダリング対策、クライアントの身元確認などが行われていますが、利益を求めて株式や為替などの金融商品を取引するトレーディングにおけるAIの普及はそれほど進んでいません。

ケンブリッジ大学の臨床神経心理学教授であるBarbara Sahakian氏らは、「単純なアルゴリズムはトレーダーによって一般的に使用されていますが、機械学習やAIは投資の意思決定において一般的ではありません。しかし、機械学習は膨大なデータセットを分析してパターンを見つけ出すことに基づいており、金融市場は膨大な量のデータを生成するため、両者は明らかに合致するように見えます」と指摘しています。

一部の専門投資会社は「投資の意思決定プロセスにAIを使用している」と主張しているものの、公式のパフォーマンス情報は公開されていません。また、AIを採用している投資会社の中には数十億ドル(数千億円)を運用するものもあるそうですが、投資業界の中ではそれほどの規模ではないとのこと。その一方、学術研究においては「機械学習アルゴリズムにより高精度な財務予測が可能になった」といった報告が複数上がっており、研究と現実においてギャップが存在します。

そこでSahakian氏らの研究チームは、現実世界においてAIによる投資が普及しない原因について探るため、2000年~2018年に発表された「機械学習アルゴリズムによる株式市場予測実験」に関する27件の査読済み研究について分析しました。


研究チームの分析によると、調査したほとんどの実験では「複数の市場予測モデル」を同時並行で実行しており、極端なものは数百件ものモデルを実行していたとのこと。そして、ほとんどのケースで論文著者らは「最も高性能なモデル」を結果として提示していたそうで、「つまり、最良の結果はチェリーピッキングされ、最適でない結果はすべて無視されていたのです」とSahakian氏らは述べています。こうしたアプローチは特定の戦略を一度に1つしか実行できず、たとえ損益が出たとしても取り消せない現実世界の投資においては機能しません。また、投資会社が複数の投資戦略を実行し、そのうち成功したものだけを代表例として公開するのは違法と見なされる可能性もあります。

さらに、Sahakian氏らがレビューした論文では約95%という非常に高い精度で市場予測ができたそうですが、現実の市場予測では5%の間違いが大きな問題になり得ます。5%の間違いはそのまま「5%の損失」になるわけではなく、重大な局面で読み違いが発生した場合、運用資金のほとんどを失ってしまう危険性もあるとのこと。

また、ほとんどのAIアルゴリズムはその中身が「ブラックボックス」であり、「この投資アルゴリズムはこうして機能する」といった透明性を担保できません。現実の世界においては、この点が投資家にとって懸念となる可能性が高いほか、規制の観点からも問題になり得るとSahakian氏らは述べています。

以上に加えて、今回レビューした研究のどれもがEUの金融市場規制であるMIFID IIや企業倫理といった点を考慮に入れておらず、AIによる運用が倫理的な問題を引き起こす可能性も指摘されています。実験では現実の株式市場になんの影響も及ぼしていませんが、使用されたAIは倫理的な取引を行うことを保証する設計を欠いており、現実世界で運用された場合は倫理的な問題が生じかねないとのこと。

Sahakian氏は、「私たちの見解では、機械学習やAIアルゴリズムによる投資判断は2つの倫理基準を守るべきです。1つはAIそのものを倫理的にすること、もう1つは環境・社会・ガバナンスを考慮して倫理的な投資判断を行うことです。そうすれば、AIが社会に害を与える可能性がある企業に投資するといった事態は起きないでしょう」とコメント。以上の結果から、学術的な実験で説明されたAIは、現実の金融業界では運用できないと主張しています。


また、研究チームは一般にパフォーマンスが公開されている一握りのAIファンドと市場の動きを示すインデックスとの比較も行っていますが、その結果はAIによる投資成果は総じてインデックスを下回っていたとのこと。

Sahakian氏らは「現時点では、人間のアナリストやマネージャーを好む非常に強いケースがあると結論づけました。あらゆる不完全性にもかかわらず、実証的な証拠は人間がAIに勝っていることを強く示唆しています。これは不確実性の下で迅速な意思決定をしなければならない時、人間が効率的に精神のショートカットを行うことが一因だと考えられます」とコメント。将来的にはAIによる投資判断が普及する可能性があるものの、Sahakian氏らは人間がAIに従属するのではなく、人間が意思決定や分析の支援にAIを使用し、最終的な投資判断は人間が下す方式がいいのではないかと主張しました。

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