アドテクの前途に暗い影を落とす、「機能不全」の力学

DIGIDAY

予算支出の厳しい制約を満たすためには、クオリティを犠牲にしなければならない。そんなときバイヤーは、いわゆる「レモン市場(情報の非対称性が大きく、購入側の情報不足により低品質が横行しやすい状態)」に常に身を置くことになる。過酷な現実のトレードオフが克服されるまでは、撤退すべきだ。

これは、しばしばオンライン広告の現状に対して加えられる批判だ。これはもっともな話であり、パブリッシャーのインベントリー(在庫)を購入するために、メディアバイヤーがオンライン広告市場に深く入り込んでいけばいくほど、彼らが最終的に手にするインベントリーの質は下がっていく。しかし、アドテクベンダーがインベントリーを扱うことができるのであれば、メディアバイヤーがそうする(つまり、トレードオフのコストをROIに組み込む)必要はなく、資金の流動性は保持される。

だが、こうした受け身の姿勢を続けるのも困難になりつつある。ここ最近の調査は、このロジックがいかにねじ曲がっているかを改めて思い出させてくれる。

まず、独立系研究者のブレイドン・ビッカーズ氏と、3月11日に発表されたアダリティクス(Adalytics)のデータによれば、米新聞大手のガネット(Gannett)が9カ月間にわたって不正確な情報を広告主に提供していたという事実を、DSP(デマンドサイドプラットフォーム)もSSP(サプライサイドプラットフォーム)も検証会社も見落としていたという。その翌日、モーニング・ブリュー(Morning Brew)は、ブランドセーフティベンダーはパブリッシャーのデータから密かに利益を得ていると報じた。その前週に開かれた、アドテクに調査のメスを入れる、ある業界カンファレンスでは、どちらの問題も予見されていた。

ベーリンガー・インゲルハイム(Boehringer Ingelheim)のメディア・センター・オブ・エクセレンス(Media Center of Excellence)でディレクターを務めるD・J・ペレラ氏は、同イベントで次のように語っている。「問題は、世界共通の測定基準がないことだ。透明性などなきに等しい。消費者がモバイルデバイス上にいるのか、テレビを見ているのかもわからない」。

プログラマティックの経済性

これらを総合すると、ひとつ確かなことが浮かび上がってくる。アドテクチェーンには透明性を欠く領域がいまだに残っており、それがベンダーが悪事をはたらく動機になっているということだ。一部のマーケターがこうした状況を懸念するのは当然だ。アドテクに透明性をもたらそうとする最近の動きが、こうした混乱を見落としていたのなら、ほかにはいったい何が見落とされているのだろうか? 彼らはそれを心配している。しかしその一方で、この手の問題を気にすることに理解を示さないマーケターもいる。

ガネットの一件を例にとってみよう。現在のセーフガードでは、広告主はガネットの各サイト内にあると思われる広告を購入していなかったという事実はキャッチできなかった。確かに、ガネットのプロダクトディスプレイ広告担当バイスプレジデントを務めるジェフ・バーケット氏がツイートしているように、これは過失だった。しかし同時に、この一件は問題も提起している。怪しげなサイトが意図的にこうした不正確なデータをエコシステムに投入するのを防ぐために、いったいどのような対策が施されているのだろうか?

その答えは複雑だ。

一方では、データはこうした問題を把握するために保持されているが、それが必要な企業によって監視されてはいない。他方では、データへのアクセスが常に許可されているわけでもない。そうでなければ、マーケターには、少なくともプレミアムインベントリーの購入を増やす理由がもっとあるだろう。しかし、もし彼らがそうすれば、購入できる広告インプレッションの数はいまほど多くはなくなるはずだ。コンサルティング会社、レモネード・プロジェクツ(Lemonade Projects)のエコノミスト、トム・トリスカリ氏がクオ・バディス(Quo Vadis)のニュースレターで指摘しているプログラマティックの経済性を考えると、これが問題に発展するおそれもある。

ガネットのレポートで言及されている広告主は、誰もこの問題についてコメントしていない。したがって、この件に関する彼らのスタンスがどうなのかはわからない。彼らが返金を要求しているのかも判然としておらず、疑問が生じるのはもっともだ。

不正防止とセキュリティの研究者であるオーグスティン・フー氏は、次のように語る。「マーケターは3つの言葉の中毒になってしまっている。『大量』『低価格』『高いクリックスルー率』の3つだ。このどれもが、ボットを使えば実現できたのだ。最悪の状況だった。広告主は何の役にも立たないゴミに支出し続けていたのだ」。

求められ始めた「徹底した透明性」

だが、変化の兆しもある。

あるアドテク企業の上級幹部(会社の代表としてコメントする権限を与えられていないため匿名)は、次のように語る。「マーケターは、獲得あるいは獲得できなかったプログラマティックインプレッションのことをもっと知りたがっているが、彼らはデータ重視の意思決定ではなく、独自の原則に基づいてそれを行なっている。我々はいまだにそのような段階にいる。とはいえ、これらの疑問も次々と明るみに出始めてきている」。

その理由は、かつてキックバックやリベート、不透明な手数料をめぐる懸念により生じた混乱と切迫感が、広告主たちの心を満たしていたが、ユーザーに対する大規模なトラッキングとプロファイリングを期待する広告業界が危機に直面するなか、それと同種の混乱と切迫感が(ゆっくりとではあるが)再び、彼らの心を支配しつつあるからだ。今後、メディアの透明性をめぐる新たな問題になるのは、データの来歴だろう。多くの点で、ユニリーバ(Unilever)やドイツ・テレコム(Deutsche Telekom)などの広告主にとってはすでにそうなっている。

あるアドテク企業の幹部(クライアントに対する守秘義務により匿名)は、次のように語る。「これら大手広告主はアドテクベンダーに、資金の使途の監査に必要なデータを提出するように圧力をかけている。彼らはこのデータを使って自社の取引先企業がどこなのかを調べ、信頼に値するか、しないかを判断している。ログファイルデータは必要ないが、これらの要求を満たすには、ある種の特定データは必要になる」。

その大きなきっかけになっているのが、アドテクベンダーのオークションデータはもちろん、インプレッション獲得の勝敗に関するインサイトをマーケターに与える、「Sellers.json」や「SupplyChain Object」といったツールの進化だ。これによってバイヤーたちは、そのインベントリーはパブリッシャーからのものなのか、それともほかのエクスチェンジからのものなのかといった具合に、エクスチェンジがインベントリーをどのように調達しているのかを見極められるようになった。

「こうした事実に基づくデータ駆動型エビデンスの痕跡が示すのは、『透明性』(プログラマティックの領域では、すでに意味を失ってしまっている)と『徹底した透明性』の違いだ」と、トリスカリ氏は語る。

前者については無意味だと、同氏はいう。後者に関しては、「プログラマティック広告についての真実とは何か、マーケターはどうすれば、欲しいものを手に入れるために正しい行動をとることができるのか」を問うていると、同氏は語る。株主やステークホルダーのために多額の広告費を責任を持って投じ、同時に可能なかぎり質の高いインベントリーを購入することも、そのひとつだ。

通常のCPMから質の高いCPMへ

アドテクにおける立証可能なインプレッション品質への今見られる移行以上に、この変化を端的に物語っている瞬間はほかにはない。たしかに、その兆しが見えてきたのは少し前からだが(広告主が通常のCPMから質の高いCPMへ移行するようになったのは、何年か前からのこと)、その勢いはいままさに増している。エージェンシーやアドテクプラットフォームはメディア予算を、パブリッシャーインベントリーにつながるより少数の直接的な経路へ回そうとしている。別のいい方をすれば、信頼できる少数のプライベートマーケットプレイスに投じるメディア費を増やそうとしているのだ。

実際、これらの企業は取引で重要な役割を果たすべく、グループエム(GroupM)のプレミアムマーケットプレイス(Premium Marketplace)や、ザ・トレード・デスク(The Trade Desk)のオープンパス(Open Path)など、さまざまな新サービスを開発している。なぜならば、予算が投じられるのはそこだからだ(そしてますます増えつつある)。その結果、リアルタイムの最高額入札者が複数のパートナーのアグリゲートインベントリーを利用できるオープンマーケットプレイスからの資金離れが始まるだろう。

全体的に見ると、この現象はもうすでに始まっている。IABヨーロッパ(IAB Europe)によれば、ヨーロッパ全土のこれらオープンマーケットプレイスに投じられる広告費の割合は、約40%(2021年)から25%(2025年)へ低下する見込みだという。ちなみに、この支出に含まれるのはバナーとオンライン動画であり、コネクテッドTVとリテールおよびモバイルアドネットワークは含まれていない。この移行には慎重さが要求される。キュレートされた供給への移行が進めば進むほど、それによってマーケットの経済性が損なわれるからだ。

「この話題が会話に出てくると、マーケターとのあいだに気まずい空気が流れることが多い。こんなゴミ同然のインベントリーは避けたいと、彼らはいう。だが、そのためには少数精鋭の広告に高額の料金を払わなければならないこと、その結果、ビューアビリティ(可視性)やコンバージョン率が打撃を受けることを知ると、とたんに彼らは興味をなくしてしまう」と、前述のアドテク幹部は語る。「たぶん彼らが必要としていたのは、Cookieの非推奨化のような触媒だったのだろう」。

[原文:Dysfunctional dynamics continue to blight ad tech’s prospects

Seb Joseph(翻訳:ガリレオ、編集:長田真)

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