プーチン氏洗脳? 極右学者の存在 – WEDGE Infinity

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露プーチン大統領はなぜ、無謀なウクライナ侵略に踏み切ったのか――。その思想的背景として、〝知恵袋〟で極右派学者の存在がにわかに浮かび上がり、米国でも論議と関心の対象となっている。

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米ワシントン・ポスト紙は去る22日、今回のロシアによるウクライナ侵略にからみ、著名コラムニスト、デービッド・フォン・ドレール氏による「プーチンの思想基盤」に焦点を当てた論考を掲載した。

ドレール氏は、プーチン大統領の「世界戦略観」に大きな影響を与えてきたとされるアレクサンドル・ドゥーギン元モスクワ大学学部長(60歳)のこれまでの著作に言及。旧ソ連邦崩壊後の、ロシアの国際的影響力および領土拡大を視野に入れたその長期戦略理論とプーチン外交安全保障政策との相互関係を論じている。

プーチン大統領就任とともにロシア政治で重用されていく

以前から極右地政学者、戦略家として知られたドゥーギン氏には多くの著作があるが、その中でも「大ロシア復活」論を前提にした『地政学の諸基盤―ロシアの地政学的将来』(英語タイトル“The Foundations of Geopolitics: The Geopolitical Future of Russia”)が、最も注目を集めてきた。

もともとこの著作については、2014年、プーチン大統領が軍事力投入によってウクライナ南部のクリミアを併合した直後、国際オピニオン雑誌『フォーリン・アフェアーズ』で詳しく取り上げられ、それ以来、米欧諸国でその存在が広く知られるようになった。

ロシア問題研究家のアントン・バーバシン、ハンナ・トーバーン両氏による「プーチンの知恵袋――アレクサンドル・ドゥーギンとクリミア併合の背景となったその哲学」と題する当時の同論文では、以下のような点が指摘された:

・プーチン氏は2000年大統領就任とともに、米欧諸国の保守主義とは両極をなす国家権力に重きを置いた「ロシア新保守主義」を唱導するようになった。

・この主張を底流で支えてきたのが、「旧ソ連邦崩壊は20世紀地政学上の最大の惨事」との歴史認識を踏まえ、「偉大なるロシア復活と勢力拡大」を唱えたドゥーギン氏の著作にほかならない。

・この本は1997年に刊行され、たちまちベストセラーとなったが、それ以来、ドゥーギン氏はロシア国会議長の政治顧問として重用されるなど、右派の過激思想家として影響力を行使するに至った。

・ドゥーギン氏の戦略論は「新ユーラシアニズム」ともいうべきものであり、目指すべき将来目標として、旧ソ連邦諸国を再びロシアが併合するとともに、欧州連合(EU)諸国もロシアの〝保護領protectorate〟にするという極論から成り立っている。

・しかし、少なくともプーチン大統領が実際にクリミア併合に踏み切ったことは、ドゥーギン氏の従来からの主張を反映させたものと言える。

さらに、『フォーリン・アフェアーズ』は去る2017年2月3日号でも、別の専門家による投稿記事を掲載。ドゥーギン氏について、①ロシア過激主義のシンボル的学者となった、②「海を支配する米英両国とロシア・欧州大陸との対決は不可避」などと論じてきた、③クリミア併合時に「ウクライナ人民殺害」を呼びかけたとしてモスクワ大学教授の職を解任された――といった点が紹介されてきた。

結びつく、過激思想とプーチンの行動

そして今回、ドレール氏がワシントン・ポスト紙上で改めて論じたのが、ウクライナ軍事侵略という一段とエスカレートさせたプーチン氏の蛮行と、ドゥーギン思想との関係にほかならない。

同氏はここで、次のように述べている:

「プーチン大統領は、ウクライナ侵攻開始3日前の去る2月21日、国民向け演説で、ウクライナ国家および国民の存在を否定する演説を行い、その真意を測りかねた西側専門家たちを困惑させた。しかし、発言は決してタガの外れたものではなく、実はファシスト的予言者であるアレクサンドル・ドゥーギンなる人物の所業を踏まえたものだった。〝プーチンの頭脳〟ともいわれるドゥーギンは、欧州では30年近く前から新右翼としてその名が知られ、米国においても極右思想家の評判が高かった」

「ドゥーギンは、欧州とアジアをリンクさせたユーラシア統合がロシアの戦略目標であるとの観点から、ライバルである米国においては、人種的、宗教的、信条的分裂を醸成させると同時に、英国についても、スコットランド、ウェールズ、アイルランド間の歴史的亀裂拡大の重要性を唱えてきた。英国以外の西欧諸国については、ロシアが保有する豊富な石油、天然ガス、農産物などの天然資源を餌食にして自陣に引き寄せ、いずれ北大西洋条約機構(NATO)自体の内部崩壊にいく、とも論じてきた」

「プーチンはまさに、この指示を忠実に見守ってきた。米国では極右活動家グループが連邦議事堂乱入・占拠事件を引き起こし、英国はEU離脱を実現させ、ドイツはロシア産天然ガスへの依存を強めてきた。これらの動きに気を良くしたプーチンは、ドゥーギンの作成したプレイブックの次のページに目を転じ、『領土的野心を持った独立国家としてのウクライナこそが、全ユーラシアにとっての大いなる脅威となる』と宣言、今回侵略に踏み切った」

「プーチンがいずれ、仮にウクライナにおける〝ロシア問題〟を処理できたとして、次に目指すものは何か? ドゥーギンが描く構図によれば、今後、ドイツがロシアへの依存度を一段と高めることによって、欧州は次第にロシア圏とドイツ圏へと分断されていく。英国は(EU離脱後)ボロボロの状態となり、ロシアは漁夫の利を得ることで『ユーラシア帝国』へと拡大・発展していく……というものだ」

「ドゥーギンはさらに、アジア方面についても、ロシアの野望を実現するために、中国が内部的混乱、分裂、行政的分離などを通じ没落しなければならないと主張する一方、日本とは極東におけるパートナーとなることを提唱する。つまるところ、ドゥーギンは第二次大戦後の歴史の総括として、もし、ヒトラーがロシアに侵攻しなかったとしたら、英国はドイツによって破壊される一方、米国は参戦せず、孤立主義国として分断され、日本はロシアの〝ジュニア・パートナー〟として中国を統治していたはずだ、と論じている」

ドレール氏は、上記のような極端なドゥーギン戦略論を説明した上で、結びとして「これらの指摘が妄想であることを願う。だが、その妄想を(プーチンのような)暴君が抱くとしたら、無視できないものとなる」と警告している。

米国の分断を煽る行動にも

ドゥーギン氏の〝プレイブック〟については、20年5月、ワシントンの軍事・安全保障問題研究所「The Strategy Bridge」機関誌でも、詳しく論じられているが、その中でとくに注目されるのが、米国関連だ。

それによると、ドゥーギン氏は、米国で社会分断を煽ることがロシア国益に合致するとして、時として平和主義運動、組織への支援の重要性を、ネットメディアなどを通じアピールしてきた。そして実際に、ロシア情報機関が20年米大統領選の民主党予備選において、急進左派の論客として一時脚光を浴びたバーニー・サンダース候補を政治資金面などで支援したことが、ニューヨーク・タイムズ紙でも報じられた。

その一方で、ドゥーギン氏は、16年大統領選では、孤立主義的極右組織に理解を示してきたトランプ候補を熱烈に支持する一方、プーチン大統領の直接指示を受けたロシア各情報機関がヒラリー・クリントン民主党候補追い落としのための対米工作に乗り出したことが、米側各情報機関の合同調査により最終的に確認されている。

これらの事実は、目的達成のためには非合法活動をもいとわないドゥーギン氏の危険思想が、いかにクレムリンの対外政策に反映されてきたかを暗示するものだ。

言語道断な日本への「ジュニア・パートナー」扱い

わが国にとって気がかりなのが、日露関係だ。

ドゥーギン氏は、中国について「習近平が打ち出した『一帯一路』構想はわが国のユーラシア戦略と競合する」として敵視する一方、日本との関係緊密化を支持してきた。

しかし、プーチン大統領は、今回のウクライナ侵略に関連して、日本が米欧諸国と結束した上で対露経済制裁に乗り出したことに反発、日露平和条約締結交渉の一方的中断を発表したばかりだ。

果たして、今後の両国関係は、ドゥーギン氏の意に反し、冷却化への道をたどり始めるのかどうか……。先は不透明極まりない状況となっている。

それにしても、波乱含みのプーチン外交戦略に影響を与えてきたとされる危険思想家のドゥーギン氏が、日本を「ジュニア・パートナー」扱いしてきたことは、言語道断以外のなにものでもない。ましてや、プーチン大統領の対日観もその延長線上にあるとしたら……。日本が期待を寄せてきた北方領土返還も、「偉大なるロシア復活と領土拡大」をスローガンに掲げてきたドゥーギン氏にとっては、まったく論外であり、日本側の単なる片想いということになる。

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