プーチン氏の垣間見える大誤算 – WEDGE Infinity

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2022年2月24日、ついにロシアのウクライナ侵略が始まった。ロシア軍とウクライナ軍の戦闘は、当初、戦力が圧倒的に勝るロシア軍が短期間のうちに首都キエフを陥落させるのではないかと見られていたが、予想以上に強いウクライナ軍の抵抗に遭い、ロシアの電撃作戦は難航した。

28日には、ロシアとウクライナとの間での停戦交渉が持たれたが、両者の隔たりは大きく、交渉の継続は合意されたものの、その行方は険しいと言わざるをえない。その一方で、ロシアのキエフへの総攻撃が迫っているとの見方を米国の軍事筋は伝えており、極めて緊迫した事態が続いている。

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ロシアは、今回のウクライナへの侵攻に際してもサイバー攻撃や情報戦などを組み合わせたハイブリッド戦で臨み、ディスインフォメーション(偽情報)を流すなど、ディスインフォメーション・キャンペーンを展開してきているが、ロシアが得意なはずのディスインフォメーション・キャンペーンが壁にぶつかり、プーチン大統領の大きな誤算と失敗が垣間見えてきている。その背景を詳しく見ていこう。

ディスインフォメーション・キャンペーンが直面した限界

ロシアは、ウクライナへの全面武力侵攻の前段階から、14年に展開した情報戦で活用したテーマを再び用いて、ディスインフォメーションを流布させ、ウクライナ国民の分断を狙っていた。

ロシア政府は、14年のウクライナへの侵攻の際、主に次の3つのテーマに関して積極的な情報発信を行なっていた。(1)クリミアの土地は歴史的にロシアの一部であること、(2)ウクライナ新政府に対する人々の信用を失墜させること、(3)ロシアはクリミアにおける出来事に関与しておらず、ウクライナ内部での内乱であり、クリミアの人々がロシアへの編入を求めている、といったメッセージだった。

そしてロシア政府は、メディアなどを駆使しつつ、自らの軍事的関与を否定しながら、14年政変の黒幕は西側諸国、特に米国であること、またウクライナにはネオナチが蔓延しており、ウクライナ人がナチズムやファシズムを支持しているというシナリオを広めていったのだった。ウクライナで親露政権を打ち倒した勢力を否定的に描写し、ウクライナに対する内外の信用を失わせ、ロシアの軍事介入の正当性をアピールする狙いがあったと考えられる。こうした14年のロシアのディスインフォメーション・キャンペーンは一定の「成果」を収めたとみられている。

今回のウクライナ侵略においても、ロシアは同様のディスインフォメーション・キャンペーンの展開を試みてきている。プーチン大統領は、21年7月に論文を発表し、ロシアとウクライナは「一つの民族だ」と強調し、その後も「一つの民族」のメッセージを繰り返してきた。ウクライナの現政権とナチズムを結びつけるシナリオも展開し、ウクライナ東部でロシアに希望を持つ100万人へのジェノサイドを止めなければならない、とプーチン大統領は強調している。

また、ウクライナへの侵攻の数カ月前から、国内の世論固めを目的とし、ロシアの政府系メディアを通じて、海外世論、特に西側諸国の世論をロシアに都合の良いように歪曲し、それを国民に伝えるという工作も行なってきていた。

このようなロシアのディスインフォメーションは、当初、現地住民のみならず、国際社会をも混乱させているように見えた。しかし、ロシアの軍事侵攻が開始されると、ロシア兵がロシアの主張する「兄弟国」に進軍し、ミサイルがウクライナの都市に向けて発射される状況が世界中に生中継され、ウクライナの人々が地下壕に隠れ、あるいは長い車の列を作って国外に逃げる様子が次々に映し出された。

日に日に悪化するウクライナの悲惨な現実の姿がテレビの映像やSNSで拡散されると、いかにロシアがさまざまなディスインフォメーションを発信しようとしても、その効果はなく、現実の行為に圧倒される形でロシアの目論見、ディスインフォメーション・キャンペーンは完全な失敗に終わったといえよう。

ウクライナを見誤ったプーチンの戦略

今回ロシアは、情報戦においていくつかの見誤った点があった。一つは、ゼレンスキー大統領自身についての評価である。ウクライナのゼレンスキー大統領は、今回の危機に瀕し、強力なリーダーへと大化けした。

プーチン大統領は、ゼレンスキー大統領について、コメディアン出身の政治の素人であり、リーダーとしては弱いと軽んじ、キエフの陥落も容易だと踏んでいたのだろう。そして、ゼレンスキー大統領はすぐに国外に逃げるだろうといった虚偽の情報も流されていた。

しかし、ゼレンスキー大統領は、「自分はロシアの殺人リスト・ナンバーワンとなっている」としつつ、「ウクライナにいて国を守る」と主張し、ウクライナ国民に共に戦うことを呼びかけるなど、国民を鼓舞するメッセージを発信し続けた。その際、自身のソーシャルメディアなどを駆使し、自撮りの映像で訴えかけるという現代版の情報発信を展開してきた。

このゼレンスキー大統領の呼びかけに応じ、ウクライナ国民は立ち上がり、ロシアに徹底抗戦する機運が高まることとなり、結果、ロシア軍が早期にキエフを陥落させるという作戦が頓挫したのだった。そして、今やウクライナでのゼレンスキー大統領支持率が91%と、昨年末より3倍も跳ね上がり、ウクライナ防衛への強い意志を示すゼレンスキー大統領はヒーローだといった声が聞かれるようになった。

二つ目は、自らのディスインフォメーションの「量」に対する過信である。今回ロシアは、ディスインフォメーション・キャンペーンにおいて虚偽の動画や写真を多く用いているが、いずれの画像や映像も完成度が低く、それがディスインフォメーションであると暴かれやすいという特徴がある。

例えば、ウクライナ軍の装甲兵員輸送車がロシアおよび親ロシア派支配地域に侵入する様子を写した写真や、ロシアに侵入するウクライナ軍の「侵略」ミッションを映した映像などである。こうした情報は専門家やファクトチェッカーなどによって虚偽であることが次々と暴かれ、そうした情報についてSNSユーザーらが二次的に拡散し、ロシア発の自作自演のディスインフォメーションに警戒せよと注意喚起をし合う事態へと発展していった。

ロシアはディスインフォメーションについて、「質」より「量」を重視していたとの指摘があり、映像や画像もずさんで効果的なキャンペーンを行うことができなかった。しかし、これがSNS時代の新しい戦争のあり方である。ディスインフォメーション・キャンペーンの手口が、瞬時に世界中に晒され、曖昧な情報はたちまち効力を失ってしまうのである。

三つ目は、SNS時代の情報の拡散力である。世界中の人々はいまやソーシャルメディアを通じてつながっているといっても過言ではなく、常に拡散されるウクライナの状況は、世界各地でウクライナ支持・支援のうねりを巻き起こした。

ロシアが打ち出したウクライナ政権とナチズムを結びつけるディスインフォメーション戦略は逆噴射し、世界中で起きた反ロシアデモにおいても、ヒトラーとプーチンを結び付けたものが少なくなく、世界中で「反ロシア」「反プーチン」機運が増大した。また、前述の通り、ロシア発のディスインフォメーションはSNSなどを通じ次々と訂正されている。

ゼレンスキー大統領は、国外逃亡説などに対し自撮りの動画などで応戦し、SNSユーザーもまた、「ロシア発のデマに注意せよ」などと、プーチン大統領の情報戦やディスインフォメーション・キャンペーンに対し注意喚起し合っている。

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