念のため青鯖を空に浮かべてみました

デイリーポータルZ

「何だ、おめえは。青鯖が空に浮かんだような顔をしやがって。」

詩人・中原中也が太宰治に向かって放ったとされる文句だ。(檀 一雄『小説 太宰治』小学館 P+D BOOKS 190頁中32頁目、電子書籍版 2019年発行(Kindle)より)

中也は酒癖が悪く、Wikipediaを見るだけでも強烈なエピソードがいくつか確認できるが、これはそのなかでも有名な罵倒である。

とはいえ、これまでのところ、実際に青鯖が空に浮かんでいる姿を見たことがない。

あり得ないことに喩えてこそ成り立つものだ、というのは理解できる。それでも、無粋だとわかっていても、一応見ておきたいのだ。青鯖が空に浮かんだ時の顔を。

1993年東京都生まれ。与太郎という柴犬と生きている普通の会社員。お昼休み時間に事務員さんがDPZを見ているのを目にしてしまい、身元がバレないかハラハラしている。

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鯖を一尾手に入れる

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検索欄に青鯖と打てばほとんど中也の暴言に関するサジェストばかりが出てくる。やはり、これは一度見ておくしかない

そうと決まればまず鯖を確保する必要がある。

近所のスーパーや魚屋さんではまるまる一尾を売っていないため、家からまあまあ近い鎌倉に来た。

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駅から5分ほどのところにある鎌万スーパー。鮮魚コーナーがかなり充実している。

青鯖というのはとくに鯖の種類のことではなく、鯖の色が青いことからついた呼称だそう。
ということで無事、寒鯖をゲット。

問題はこのあとどう空に浮かべるかだ。

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とりあえず鯖を片手に七里ヶ浜にきた。
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キミ、空に浮いてみないか

釣竿で吊りさげようとしたが、地面と平行にしたいとなると難しい。

あとでおいしくいただくことを考えるとなるべく身を傷つけたくないのである。

浮いているように見せたい

となると、まずできることは「浮いているように見せる」である。

100均で買ってきたクリアなカードケースに挟んでみてはどうか。

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鯖とスマホスタンドとカードケース。今この瞬間、浜辺でこのセットを所持する人間はおそらく私だけだろう。
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ちょっと窮屈ですが、お入りいただいて……
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なんとなく行けそうな気がしてきた

これを空にかざしてみる。

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浮いてる!あんた浮いてるよ!!
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いろんな角度で撮影を試みる。いい感じだ!
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後ろでカップルが結婚式の前撮りをしている。私は鯖を撮っている。自由ってこういうこと。

さて本題だ。気になるのは鯖が空に浮かんだ、その表情。

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どんな顔をしているかというと、
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こうです。

中也からすると太宰治はこんな表情をしていた、ということだ。

冒頭に挙げた檀一雄の著作では、青鯖の下りの前までに、太宰は不必要に人に媚びるきらいがあることを何度か描写している。

そして酒の席で次第にひどくなる中也の絡みに対する甘い相槌が、この罵倒を引き出させたと読み解くことができる。

嫌々人に媚びてやり過ごそうとする、居心地の悪さを隠した表情だ。それを踏まえて見てみるとそんな感じの顔に見えなくもない、気がする。

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サバくんも、筆者の都合で空に浮かべられているのを嫌々受け入れているのかもしれない。
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やっぱり空に浮かべたい

空に浮かんだ風に写真を撮ることができたし、浜辺で黄昏る人々の視線もなかなかに痛かったので一旦は帰宅した。

しかし、やっぱりどこかで本当に鯖を空に浮かべることができなかったという後悔が残る。

鯖をぷかぷかと空に浮かべることは、かなしいけど物理的に不可能だ。ということは、私ができるのは鯖を空に放り投げることだけだろう。

食べ物だし粗末に扱うことは許されない。もちろんそれはわかっている。
それでも、空に浮かべたいという強い気持ちが、ここ(心)にあるのだ。

念のため、編集部の古賀さんにも相談してみた。

「先日お伝えしておりました、次回の企画『青鯖を空に浮かべる(仮)』を撮影しております。なかなか完璧に青鯖を空に浮かべるのが難しく、もう空に放り投げるしかないと考えております。鯖を粗末に扱う意図は全くないのですが、どう思われますか」

古賀さんからの返事は「敬意を持って優しく投げていただければ大丈夫だと思います。絶対に落とさないでください」だった。

敬意をもって鯖を投げる。大切なことを教えてもらった。あとは覚悟を決めてやるだけだ。

翌日、筆者はもう着る予定のない服を纏い、ビニール手袋を携え、近所の河川敷にいた。チャンスは一回きり。どんなことがあっても絶対に落としてはならない。緊張が走る。

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いっせーーーの、
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せっっっっっっっっっ!!!!
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どうぶつの森の魚影ですか?いいえ、空に浮かんだ青鯖です。
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無事落ちてくる鯖を受け止めようとする筆者と興奮する犬。成功です。

顔こそ確認できないが、なんかこう、やりきった感がすごい。サウナでととのったときくらい、頭がすっきりしている。

余裕がなくて顔こそ正確に捉えられなかったが、ただ、鯖を空に浮かべたという事実だけで満足している自分がいる。

もし死後の世界で中也と太宰に会うことができたら「青鯖ってね、空に浮かべるとすっきりするんですよ。」と伝えたい。

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みそ煮と南蛮漬けで祝杯をあげた。万が一落ちて汚れっちまってもおいしくいただくつもりでした。

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