きょうだいの組み合わせは人生にどのような影響をおよぼすか。海外の研究では、弟をもつ長女ほど、文系を選び収入が低くなる「ブラザーペナルティ」の存在が指摘されてきた。拓殖大学准教授の佐藤一磨さんが行った分析で、日本ではより強くその傾向がみられることが明らかとなった――。
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弟がいる長女ほど、年収が低い
家庭環境は子どもの成長に大きな影響を及ぼします。この家庭環境の中でも近年経済学で分析が進んでいるのが「きょうだい構成」の及ぼす影響です。
ここでの「きょうだい構成」とは子どもが2人以上いる場合において、同性のみなのか、それとも異性も含まれているのかという点を指しています。
兄弟姉妹の組み合わせという親でもコントロールできない要因が、子どもにどのような影響を及ぼすのかという点に関心が持たれています。
これらの研究の中で特に注目されているのが「弟の有無が姉(長女)に及ぼす影響」です。
デンマークやアメリカのデータを用いた分析の結果、妹がいる長女と比較して、弟がいる長女ほど、STEM(科学・技術・工学・数学)の分野での就学・就業率が低くなることがわかっています。また、弟がいる長女ほど年収も低くなっていました(※1)。
詳しくは、以前の記事「『弟がいる長女は文系を選びやすく収入が低い』きょうだいの組み合わせが人生に及ぼす意外な影響」でも紹介しましたが、このような弟を持つことによる姉への負の影響を「ブラザーペナルティ」と呼んでいます。
日本にも存在するのか
ブラザーペナルティは欧米においてその存在が確認されているのですが、日本でも同じように存在するのでしょうか。
今回は日本のデータを用いてブラザーペナルティを検証した研究結果について紹介していきたいと思います。
(※1)Brenøe, A.A., 2021. Brothers increase women’s gender conformity. J Popul Econ. 及びCools, A., Patacchini, E., 2019. The brother earnings penalty. Labour Econ. 58, 37–51。
“ブラザーペナルティ”発生のメカニズム
ブラザーペナルティが発生する背景には、2つの要因があります。
1つ目の要因は、きょうだい構成による「親の行動パターン」の変化です。
親は自分と同じ性別の子どもの方が一緒の時間を共有しやすいという傾向があります。「父親は男の子」と「母親は女の子」と共に過ごす時間が長くなりやすいのです(※2)。
このため、きょうだい構成によって、子どもが母親と父親のどちらの親とすごす時間が長くなるのかという点に違いが生じます。
「長女・弟」のきょうだい構成の場合、同性の親とすごす時間が長くなるため、影響も強く受けるようになります。
子どもはこの中でさまざまな行動や考え方、社会的規範を学んでいき、結果として、「長女・弟」の場合ほど、より伝統的な性別役割分業意識を持つようになると考えられます。
2つ目の要因は、「身近に異性がいることによる子どもの行動パターンの変化」です。
心理学の数多くの研究によれば、子どもは自分の兄弟姉妹と差別化することを通じて、個性を獲得する傾向があります(※3)。中でも異性の兄弟姉妹がいる場合、自分の性別に沿った行動や態度をとることで、個性を獲得すると指摘されています(※4)。
つまり、弟がいる場合、長女の行動パターンが「よりお姉ちゃんらしく、女の子らしいもの」になると考えられるわけです。
このように、「長女・弟」の場合ほど、より自分の性別に合致した行動をとりやすくなり、これが伝統的な性別役割分業意識を持つことにつながると考えられます。
以上の内容を整理すると、弟がいる長女ほど、母親とすごす時間が長くなるだけでなく、女の子らしい行動をとりやすくなると考えられます。これが長女の性別役割分業意識に影響を及ぼし、成長後の就業や家族形成に変化をもたらす可能性があるのです。
欧米ではこのきょうだい構成の影響がデータで確認されていますが、日本ではどうでしょうか。
(※2)Brenøe, A.A., 2021. Brothers increase women’s gender conformity. J Popul Econ.
(※3)Feinberg, M.E. , Hetherington, E.M. , 2000. Sibling differentiation in adolescence: implications for behavioral genetic theory. Child Dev. 71 (6), 1512–1524 。Plomin, R. , Daniels, D. , 1987. Why are children in the same family so different from one another? Behav. Brain Sci. 10 (1), 1–16 。
(※4)Abrams, D. , Thomas, J. , Hogg, M.A. , 1990. Numerical distinctiveness, social identity and gender salience. British J. Social Psychol. 29 (1), 87–92。Cota, A.A. , Dion, K.L. , 1986. Salience of gender and sex composition of ad hoc groups: an experimental test of distinctiveness theory. J. Pers. Soc. Psychol. 50 (4), 770。
日本では弟がいる長女ほど性別役割分業意識に賛成
図表1は日本のデータを用い、妹がいる長女と弟がいる長女で、どちらがより伝統的な性別役割分業意識に賛成意見を持つのかを比較しています。ここでは「男性は外で働き、女性は家庭を守るべきである」に賛成しているかどうかで性別役割分業意識を計測しました。
図表1では、弟がいる長女の方が5%ほど「男性は外で働き、女性は家庭を守るべきである」に賛成する割合が高いことを示しています。
5%というのは決して大きな差とは言えませんが、きょうだい構成は確かに長女の性別役割分業意識に影響していると言えるでしょう。
なお、この傾向は父親と母親の学歴や本人の年齢等の世帯環境を統計的手法でコントロールしても変化は見られませんでした。
日本では弟がいる長女のほうが、年収が16%低い
図表2は、妹がいる長女と弟がいる長女の年収を比較しています。
この図から明らかなとおり、弟がいる長女ほど年収が低くなっています。
その差は34万円であり、比率で示すと弟がいる長女の年収が約16%低くなっていました。ちなみに、デンマークでは弟がいる長女の年収が約2%低く、アメリカでは約7%低くなっていたため、日本における弟の年収へのマイナスの影響は、やや大きめだと言えます。