プロレスラーの異名辞典(デジタルリマスター)

デイリーポータルZ

プロレスラーの異名は面白い。アントニオ猪木さんだと「燃える闘魂」で、ジャイアント馬場さんは「東洋の巨人」だ。短いセンテンスの中で、そのレスラーの特徴をうまく伝えていたり、そうでもなかったり。いずれにしても面白い。

今回、1980年代に活躍していたレスラーを中心にその異名を集め、カテゴリー毎に分類してみた。

めくるめく異名の世界をお楽しみ下さい。

2006年5月に掲載された記事を、AIにより画像を拡大して加筆修正のうえ再掲載しました。

80年代のプロレス雑誌から集める

ここ最近のプロレスラーにはあまり詳しくないので、プロレスに夢中だった80年代のレスラーの異名を調べる事にした。当時の試合パンフレットなどを参考にする。

参考にした文献は以下。

・’81年~’84年に行われた全日本プロレス(馬場さんの方です)の試合パンフレット5冊

・’81年~’84年に行われた新日本プロレス(猪木さんの方です)の試合パンフレット5冊

・必殺野郎大集合プロレス名鑑(森岡理石著、昭和55年版)

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参考文献

当時の記憶を思い起こしながら、名物レスラーたちを中心にその異名を拾っていった。結果、約60名の異名が集まった。

下記、カテゴリー毎にまとめたのでご覧下さい。

なお、異名をクリックするとレスラーの情報が出ます。レスラーの写真は使用出来ないので、似顔絵を添えてありますのでご参照下さい。

動物に例えた異名

 

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「荒鷲」坂口征二

196センチ125キロ
昭和17年福岡県久留米市出身。明治大~旭化成の柔道部で活躍。アメリカでは『ジュードーレスラー・サカグチ』の勇名をはせた。48年3月に新日本プロレスに移った。必殺技はネックブリーカードロップ、アトミックドロップ。

 

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「炎の飛龍」藤波辰巳

186センチ103キロ
昭和28年大分県出身。中学を卒業と同時にアントニオ猪木に憧れて日本プロレスに入門。猪木の新日本プロレスの旗揚げに同行。「プロレスの神様」カール・ゴッチに鍛えられ、本格派のレスリングは自他ともに『猪木二世』と認める存在。必殺技はドラゴンロケット。

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「風雲昇り竜」天竜源一郎

190センチ110キロ
昭和25年福井県出身。本名は嶋田源一郎。38年に大相撲の二所ノ関部屋に入門。45年9月に幕下で優勝。46年9月に新十両となり、48年に1月には新入幕。51年の秋場所を最後に角界を離れ、同年10月に全日本プロレス入り。

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「恐怖の岩石ゴリラ」リック・ハリス

185センチ120キロ
出身地、年齢などはすべて謎に包まれている。一説にはいくつかのリングネームを巧みに使い分けているとも言われている。ポパイの漫画に出て来る悪役ブルートそっくりの体とスタイルの持ち主。

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「南海の黒豹」
リッキー・スティムボート

180センチ110キロ
1953年ハワイ出身。父親がポーランド系英国人で母親が日本人という血統を持つ。1976年にプロレス入り。ダイビング・ボディアタックなどの空中殺法の名手。

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「狂犬」ディック・マードック

188センチ127キロ
1946年テキサス州ワックスハイチ出身。父のフランキー・マードックは、38年間もリングに上がった名レスラー。海兵隊除隊後の1965年にプロレス入り。昭和43年に日本プロレスに初来日。「アメリカンドリーム」ダスティ・ローデスとの『ジ・アウトローズ』で人気を博した。必殺技はディックマードック式ブレーンバスター。

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「血に飢えた金髪狼」上田馬之助

190センチ115キロ
昭和15年愛知県出身。35年に日本プロレス入りし、48年には大木金太郎と組んでインター・タッグ王座(第19代)になった。その後、フリーの一匹狼となり、国際プロレスをはじめ、新日本、全日本の各団体を渡り歩いて悪の限りを尽くしている。

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「金髪狼」ニック・ボックウインクル

188センチ120キロ
1938年ミズーリ州セントルイス出身。技巧派として鳴らしたウォーレン・ボックウインクルの息子で16才の時にプロレス入り。1970年からAWA地区に定着。AWA認定世界ヘビー級と世界タッグの両タイトルを何度となく保持し続けた。

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「孤高の狼」マサ斉藤

180センチ120キロ
昭和17年東京都出身。明治大学卒(坂口征二と同期)。WWFタッグ・チャンピオン。同タイトルは1981年10月、ペンシルベニア州アレンタウンで日系のミスター・フジと組み、トニー・ガレア、リック・マーテル組から奪取。アメリカで成功した日本人レスラー。

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「インドの猛虎」
タイガー・ジェット・シン

190センチ120キロ
1944年インドのパジャブ州アブリッツァール出身。1965年にプロレス入り。長く新日本プロレスを主戦場にしていたが、昭和56年から全日本プロレスのリングに登場し猛威をふるう。

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「テキサスの荒れ馬」テリー・ファンク

188センチ118キロ
1944年インディアナ州出身のテキサス州アマリロ育ち。1975年にフロリダ州マイアミビーチでJ・ブリスコを破り第51代のNWA世界ヘビー級チャンピオンとなり、1年2ヶ月にわたって保持。必殺技はローリングクレイドル。

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「若馬」ドリー・ファンクジュニア

190センチ115キロ
1942年インディアナ州インディアナポリス出身のテキサス育ち。1969年、G・キニスキーを破り弱冠26才の若さで第46代のNWA世界ヘビー級チャンピオンとなり、その後4年3ヶ月間も同タイトルを保持していた。必殺技はスピニング・トー・ホールド。

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乗り物や兵器に例えられた異名

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「小型戦闘機」星野勘太郎

170センチ75キロ
昭和18年神戸市出身。昭和36年、力道山時代の日本プロレスに入門。42年春に山本小鉄と初渡米して『ヤマハ・ブラザーズ』として人気を呼び、テネシー州タッグ選手権を奪取。

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「不沈艦」スタン・ハンセン

192センチ135キロ
1949年オクラホマ・シティ出身。ウェストテキサス大学のフットボーラーを経て、1973年にプロレス入り。1976年4月26日、ニューヨークのMSGで「人間発電所」ブルーノー・サンマルチノの首の骨を必殺技・ウエスタンラリアットで叩き折り、たちまち勇名を全米に轟かす。

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「人間魚雷」テリー・ゴディ

195センチ140キロ
1961年ジョージア州出身。マイク・ボイエティにスカウトされてプロレス入り。1975年にデビュー。1977年ヘイズと知り合い、次第に悪の魅力に取りつかれていった。

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「爆弾小僧」ダイナマイト・キッド

180センチ98キロ
1956年英国ウイガン出身。16才で英国デビュー。英連邦ジュニアヘビー級選手権を保持した事がある。初代タイガーマスクの宿敵。

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何だか大きなものに例えられた異名

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「人間山脈」
アンドレ・ザ・ジャイアント

223センチ245キロ
1946年フランスのカンダブリカ出身。前身は木こりで、昭和45年に国際ブロレスに、前名「モンスター・ロシモフ」で初来日した際、来日中だった「AWAの帝王」バーン・ガニアの目にとまり渡米。たちどころにスターダムにのし上がった。

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「人間発電所」ブルーノ・サンマルチノ

185センチ115キロ
1935年イタリア・フォレットー出身。ニューヨーク東部一帯を主戦場とした。重量挙げで怪力を発揮、その後58年にプロレス入り。WWWFヘビー級チャンピオン獲得。必殺技は怪力を生かしたカナディアンバックブリーカー。

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「人間風車」ビル・ロビンソン

191センチ125キロ
マンチェスター出身。マット界の優等生で兄弟子は「神様」カール・ゴッチ。相手にもたれ込む様な粘着ファイト、ワンハンドブリーカー、パイルドライバーなどを得意とする。

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「ロスの太陽」チャボ・ゲレロ

181センチ105キロ
1951年テキサス州エル・パソの出身。メキシコ系の名レスラーといわれたゴリ・ゲレロの3兄弟(チャボ、アーマンド、ヘクター)の長兄で1972年にプロレス入り。NWA認定インターナショナル・J・ヘビー級選手権者。

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「アメリカンドリーム」
ダスティ・ローデス

186センチ135キロ
1945年アリゾナ州フェニックス出身。1970年代、80年代とアメリカで絶大な人気を誇った。「狂犬」ディック・マードックとの『ジ・アウトローズ』としては昭和48年に初来日。必殺技はエルボードロップ。

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褒め讃えている異名

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「貴公士」木村健吾

186センチ105キロ
昭和28年愛媛県出身。大相撲、宮城野部屋を経て46年に日本プロレス入り。53年6月に初渡米、ロサンゼルスで上田馬之助と組みアメリカス・タッグ選手権を奪取のあとメキシコに転戦。エル・ファラオンを破って119日間、NWA世界ライトヘビー級選手権を保持。

 

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「天才児」ボブ・バックランド

190センチ113キロ
ノースダゴダ出身。ニューヨークとカナダを主戦場としていた。多彩な技を使いこなすテクニシャンで、1977年WWWFヘビー級チャンピオンを保持した。

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「超人」ハルク・ホーガン

201センチ145キロ
フロリダ州タンパ生まれ。タンパの南フロリダ大学(中退)でアマレスを学び、ロックバンドの歌手をするかたわら、ボディビルで体を作り日本人レスラーのヒロ・マツダに弟子入り、プロレスに登場。フレッド・ブラッシーのマネージャーでMSGで脚光を浴びる。必殺技はアックスボンバー。

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「美獣」ハーリー・レイス

185センチ115キロ
1943年ミズーリ州セントルイス出身。1973年に初めてNWA世界ヘビー級チャンピオンの座に就いて以来、通算6度にわたって王座に君臨。PWF認定、WWA認定世界の各ヘビー級タイトルも保持した。

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「超獣」ブルーザー・ブロディ

198センチ135キロ
1949年ペンシルバニア出身。「鉄の爪」フリッツ・フォン・エリックにスカウトされて1973年にプロレス入り。デビュー当時はフランク・ゴーディッシュのリングネームでファイトしていた。必殺技はバックブリーカー、エルボードロップ。

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「燃える闘魂」アントニオ猪木

191センチ105キロ
昭和18年横浜市出身。力道山にスカウトされ昭和35年2月にブラジルから帰国し日本プロレス入り。その格闘人生は波瀾万丈で、プロボクシング世界ヘビー級選手権者ムハメド・アリとの「格闘技世界一戦」(引き分け)は『世界の猪木』を轟かした。必殺技は卍固め、コブラツイスト、原爆固め。

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「革命戦士」長州力

184センチ113キロ
昭和48年12月、新日本プロレスに入門。渡欧、渡米のあと坂口征二と組み、北米タッグ選手権を保持。57年4月からの2度目のメキシコ遠征でUWA世界ヘビー級、同世界タッグの2冠王となった。

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褒めてるのか、けなしてるのか分からない異名

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「狂乱の貴公士」リック・フレアー

185センチ110キロ
1950年テネシー州出身。ハイスクール時代はアマレスのウイスコンシン州チャンピオンとなり、1972年に「AWAの帝王」バーン・ガニアにスカウトされてプロレス入り。強烈な足4の字固めとブレーンバスターを得意とする。

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「野生のダンプガイ」阿修羅・原

183センチ118キロ
昭和22年長崎県出身。世界的なラグビ-選手として活躍した後、51年11月にプロレス入り。「マットの魔術師」マイティ井上とのタッグでアジアタッグ選手権を保持した。

地名の入った異名

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「パリの悪の華」ボビー・ガエダノ

188センチ110キロ
1945年フランスのパリ出身。西ドイツをホームリングに、ハノーバー、ブレーメン、ハンブルグなど各トーナメントにも常連出場していた。

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「バハマのハリケーン」
カズウェル・マーチン

186センチ108キロ
1947年西ドイツ諸島バハマ出身。欧州最大の西ドイツのハノーバー・トーナメントで『ベスト・サイエンティック・レスラー(最も科学的なレスラー)』を受賞している。

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「東洋の巨人」ジャイアント馬場

209センチ135キロ
昭和13年新潟県三条市出身。プロ野球の読売巨人軍を経て35年にプロレス入り。47年秋に理想のプロレスを目指して全日本プロレスを旗揚げ。PWF認定ヘビー級、NWA世界王座、インター・タッグのタイトルを保持していた。必殺技は16文キック、ネックブリーカードロップ。

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「ロスの太陽」チャボ・ゲレロ

181センチ105キロ
1951年テキサス州エル・パソの出身。メキシコ系の名レスラーといわれたゴリ・ゲレロの3兄弟(チャボ、アーマンド、ヘクター)の長兄で1972年にプロレス入り。NWA認定インターナショナル・J・ヘビー級選手権者。

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「アメリカンドリーム」
ダスティ・ローデス

186センチ135キロ
1945年アリゾナ州フェニックス出身。1970年代、80年代とアメリカで絶大な人気を誇った。「狂犬」ディック・マードックとの『ジ・アウトローズ』としては昭和48年に初来日。必殺技はエルボードロップ。

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「和製アメリカン・ドリーム」
ロッキー羽田

194センチ115キロ
昭和23年北海道出身。一時は大相撲の花籠部屋に入門。42年には序ノ口優勝を飾ったこともあったが、47年1月に思うところあってプロレス入り。50年春に若手のトップを切ってアメリカに初遠征。

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「インドの猛虎」
タイガー・ジェット・シン

190センチ120キロ
1944年インドのパジャブ州アブリッツァール出身。1965年にプロレス入り。長く新日本プロレスを主戦場にしていたが、昭和56年から全日本プロレスのリングに登場し猛威をふるう。

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「テキサスの荒れ馬」テリー・ファンク

188センチ118キロ
1944年インディアナ州出身のテキサス州アマリロ育ち。1975年にフロリダ州マイアミビーチでJ・ブリスコを破り第51代のNWA世界ヘビー級チャンピオンとなり、1年2ヶ月にわたって保持。必殺技はローリングクレイドル。

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若さや小ささを売りにした異名

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「若大将」ジャンボ鶴田

197センチ115キロ
昭和26年山梨県出身。中央大学時代はレスリング部で活躍。47年秋にはミュンヘンオリンピックにも参加。インターナショナルタッグ選手権者。必殺技はジャンピングニーパット、スープレックス各種。

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「花の若武者」剛竜馬

185センチ104キロ
昭和31年東京都出身。46年の国際プロレス新人公募に合格し、47年に16才でデビューを果たす。54年5月、国際プロレスを離れフリー宣言。渡米しフロリダのヒロ・マツダのもとで特訓を受けた。

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「ヤング・アイドル」後藤政二

178センチ110キロ
昭和38年静岡県島田市出身。中学時代は柔道、砲丸投げなどで活躍。54年2月に大相撲の九重部屋に入門。55年4月、思うところあって全日本プロレス入り。デビュー当時は童顔のアイドルとして売り出したが、1983年の「テリーさよならシリーズ」からヒゲに肩掛けタイツという典型的なブル・ファイターにイメージチェンジ。

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「小さな巨人」グラン浜田

167センチ89キロ
昭和25年群馬県前橋市出身。少年時代から柔道を習い、中央大学~河合楽器の柔道部で軽量級で活躍。柔道三段。47年に新日本プロレスに入門。50年6月にメキシコに初遠征し、UWAのトップスターとして不動の地位と人気を占めた。

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「小型ブルーザー」アニマル浜口

178センチ103キロ
昭和22年島根県出身。ボディビル「準ミスター兵庫」から44年に国際プロレス入り。47年に初渡米、55年にカナダ、プエルトリコに遠征している。渡米時、「生傷男」ディック・ザ・ブルーザーからパワーファイトを仕込まれた。

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 ファイトスタイルからつけられた異名

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「空手殺法」小林邦昭

183センチ98キロ
昭和31年長野県出身。48年10月に新日本プロレスに入門。57年の海外遠征で開花した。ロサンゼルスでは『キッド・コビー』をリングネームとした。

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「金網デスマッチの鬼」ラッシャー木村

185センチ125キロ
昭和16年北海道出身。大相撲宮城野部屋を経て39年にプロレス入り。41年にアントニオ猪木の東京プロレスに参加のあと、43年から国際プロレスに合流。IWA世界ヘビー級選手権を保持し45年に日本で初めての金網デスマッチを行い、以来不敗で「金網デスマッチの鬼」の異名をとる。必殺技はクロスチョップ。

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「マットの魔術師」マイティ井上

175センチ100キロ
昭和24年大阪市福島区出身。柔道とボディビルで鳴らし、42年にプロレス入り。「野生のダンプガイ」阿修羅・原とのタッグでアジアタッグ選手権を保持した。

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「踏みつぶし野郎」
モンゴリアン・ストンパー

190センチ120キロ
1936年カナダのオンタリオ州出身。ミシガン大学ではフットボールとアマレスで鳴らし、海軍除隊後の1965年にプロレス入り。1969年にはカナダのトロントで開催されたノースアメリカンヘビー級王座決定トーナメントに出場し、初代チャンピオンにもなっている。

 

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「スーパーフライ」ジミースヌーカー

185センチ110キロ
1945年フィジー諸島出身。デビュー当時はインディアンスタイルで活躍したこともあった。ダイナミックな空中殺法の名手。

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「和製カーペンティア」寺西勇

175センチ103キロ
昭和21年富山県出身。大相撲立浪部屋を経て41年にアントニオ猪木の東京プロレスの設立に参加。消滅後の42年に国際プロレス入り。国際プロレスきってのテクニシャンであった。「マットの魔術師」マイティ井上と組みIWA世界タッグ選手権を保持した。

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仮面ライダーの怪人みたいな異名

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「蒙古怪人」キラー・カーン

195センチ130キロ
本名・小沢正志。昭和22年新潟県出身。大相撲、春日野部屋から昭和46年に日本プロレス入りし、48年に新日本プロレスに移る。必殺技はモンゴリアン・チョップ。

 

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「喧嘩男」
プレイボーイ・バティ・ローズ

186センチ110キロ
1950年ミネソタ州リッチフード出身。「AWAの帝王」バーン・ガニアの弟子。エド・ウイスコウスキーのパートナーであり、「金髪狼」ニック・ボックウインクルのコーチでもある。

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「腹筋男」アンジェロ・ポッフォ

180センチ102キロ
1931年米・イリノイ州シカゴ 出身。腹筋運動6000回と言う世界記録保持者。大学時代にはチェスのチャンピオンになったという経歴も持つ。

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「流血大王」キラー・トーア・カマタ

185センチ140キロ
1937年ハワイ出身。1958年にK・イヤウケアにスカウトされてプロレス入り。ミツ荒川とのコンビでAWA認定世界タッグ王者にもなっている。昭和53年6月、「東洋の巨人」ジャイアント・馬場を破り第2代目のPWF認定ヘビー級王座にも就いた。必殺技はフライングボディプレス。

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「モルモンの暗殺者」
ドン・レオ・ジョナサン

196センチ145キロ
ユタ州はソルトレイクシティ出身。バンクーバーを本拠地とした。「モルモン・ムーラー」として恐れられたB・ジョナサンの息子。52年にプロレス入り。怪力殺法を全面に押し出し、全身に知恵が回る大男は親子二代ともに嫌われ続けた。必殺技はハイジャックバックブリーカー。

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「黒い呪術士」
アブドーラ・ザ・ブッチャー

186センチ145キロ
1936年アフリカのスーダン出身と自称するが、米国のシカゴ出身が濃厚。1958年にシカゴでデビュー。昭和35年に初来日。フォークを使った凶器攻撃、地獄突きなどが有名。

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「悪の仕掛人」バッグ・ロブレイ

185センチ115キロ
1942年インジアナ州出身。「不沈艦」スタン・ハンセン、「超獣」ブルーザー・ブロディの夢のミラクルパワーコンビを背後でリモートコントロールしている張本人。

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二世を売りにした異名

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「鋼鉄男二世」テッド・デビアス

195センチ115キロ
1951年オクラホマ州出身。「鋼鉄男」といわれたマイク・デビアスの息子で1974年に父の意思を継いでプロレス入り。かつてNWA王者時代の「美獣」ハーリー・レイスから原爆固めを決めた快挙は有名。必殺技はドロップキック。

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「ハルク二世」エド・レスリー

187センチ115キロ 1957年ミネソタ州出身。「AWAの帝王」バーン・ガニアのもとでプロレスを仕込まれて1976年にデビュー。ハルク二世のハルクはハルク・ホーガンに由来する。

稲妻

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「黒い稲妻」ジェリー・モロー

180センチ107キロ
1949年フランス領マルチニク島の出身。昭和46年6月にプロレス留学生として初来日。国際プロレスで異色の留学生、「稲妻二郎」として長い間活躍していた。

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「稲妻戦士」デイビーボーイ・スミス

182センチ98キロ
1962年イギリス・マンチェスター出身。「爆弾小僧」ダイナマイト・キッドといとこ同士。1978年にバーミンガム・サルヘルでプロレスデビュー。

 

 

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「神様」カール・ゴッチ

188センチ110キロ
1924年ベルギー出身。初来日は力道山時代のワールドリーグ戦。昭和42年から日本プロレスの要請で「ゴッチ教室」を開校し、猪木や馬場に指導を与えた。必殺技はジャーマン・スープレックス・ホールド。

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「鬼神」ブラッド・レイガンズ

180センチ105キロ
1953年ミネソタ州アップルトン出身。1981年にミネアポリスでデビュー。アマレス時代に鍛え上げた各種のスープレックスを器用に使いこなすが、その中でも得意にしているのがフロント・スープレックス。

こうして並べてみると、自分にも異名が欲しくなってきます。
僕は体が小さいのでグラン浜田さんの「小さな巨人」あたりに惹かれます。

みなさんも自分に合う異名を探してみてください。そして肩書きの代わりに異名を名刺に入れてもいいかもしれません。「小さな巨人・住正徳」。どうぞよろしくお願いします。

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