中央アジア地域で広く愛されるソウルフードにして、魔性のコメ料理「プロフ」。おれはこの大鍋料理が大好きで、コロナ禍以前は毎年現地を訪ねて、記事にもさせてもらった。そしてこのほど。東京都内のど真ん中に、本場のプロフを提供する料理屋がオープンしたらしい。関係者のあいだでは開店当時から話題沸騰で「現地の雰囲気そのもの」とすこぶる評判がいい。これは決して見逃せない。
あの大鍋が日本で
もったいぶらずに一番いい画からいきましょう。これがお店でいただいたプロフ。日本人になじみのある料理で例えれば、これは一種の炊き込みご飯だ。たっぷりの油と、かたまり肉と、にんじんのやさしいうまみが混然一体となった炊き込みご飯。
肉のうまみもさることながら、ふわっと香るスパイスとにんじんの甘さも加わって、要素かけ合わせまくり。過剰で背徳的なうまさなのだ。最後に現地でプロフを食べたのは3年も前になる。嬉しくて懐かしくてあやうく涙が出かけた。
おれは料理人でもないのにめっそうなことはいえないけど、これは完璧にあちらの味だと思う。それがどこにでもありそうな日本の雑居ビルで食べられるなんて。
「店は常にかなり混みあっている」と聞いたので、開店する午前11時ちょうど、比較的空いてそうな時間にお店を訪ねてみた。
パッと見たところ、コンクリ打ちっぱなしで普通のこぎれいなカフェ。しかしキッチンの端に、普通のカフェではまず見られないスゴイものが見える。
白くて大きめのタイルと、埋め込まれた大鍋。この独特のスタイルのカマドは、完全に中央アジアのキッチンで見たやつだ。
日本で中央アジアの料理を出す専門店はいくつかあるものの、ここまで本格的な現地仕様のカマドを持っている厨房は、この店だけではなかろうか。しかもこの大鍋、サービスなのか偶然なのか、客席に面したところになんの仕切りもなく鎮座しており、調理の過程がよく見えるようになっている。
ありがてえ、ありがてえと興奮気味に鍋前にかぶりついていると、店を仕切っているアリさんが「プロフはあと7〜8分で炊けますから、お待ちくださいね」と流ちょうな日本語で教えてくれた。
中央アジアが大好きで何度も旅行していることを伝えると、アリさんは目を細めて喜んでくれた。
「ウズベキスタンに3回も?そうですか。私はウズベキスタンのサマルカンドという街から来ました。いったことがありますか?一緒に働いている2人も、サマルカンドの近くの出身です。古い建物がたくさん残っていてとてもいい街ですね」
プロフが炊けましたよ
サービス精神旺盛なアリさんは、プロフ以外の料理もひとつずつ丁寧に解説してくれる。
ああ、うまそうだ。今この場で全部試せないのがつらい。残念でならない。うっとりした気持ちでアリさんの説明に聞き入っていると、大鍋のほうで作業をしていた方で手招きしてくれた。プロフが炊きあがったところを写真に撮らせようとしてくれている。
雑居ビルのなかの飛び地
現地出身の料理人が、現地仕様の大鍋でつくるプロフをいただく。それだけですでに旅行気分に浸れるけど、さらにもう一つ。
もはや驚くことではないものの、店内は7割ほどが中央アジアから来たとおぼしきお客さんだ。アリさんたちと顔見知りの常連さんばかりのようで、親しげに挨拶を交わし、大家族のような雰囲気。
店内は笑い声にあふれて賑やかなのに、聞こえてくる会話が一つもわからない。こういう、置いてけぼりで、心地よい所在なさを味わうのも久しぶりだなと思う。
お味はどうですか、とわざわざテーブルまで聞きに来てくれたアリさんに尋ねてみた。
「現地の人ですか、ああ。多いですね。みんなコロナで家に帰れないものですから。私もねもちろん帰れないですけど、みんな故郷の味を思い出すためによく食べにきてくれます」
隣の団体さんのテーブルでは、運ばれてきた大きな丸パンを、むしりむしりと千切って、楽しそうに配っているところだった。
おれは大阪に住んでいるので頻繁に訪れるわけにはいかないけど、せめて次回は目いっぱい腹をすかせてプロフ以外もいろいろ食べてやろうと思う。
アリさん「夏にはここにテラス席もつくろうと思いますよね。とても気持ちがいいと思います。この店はサマルカンドテラスという名前ですから」