12月と言えば忘年会の季節だ。今年の思い出を語り合いながら、楽しくお酒を飲む機会である。そしてそれは、普段食べられないちょっといい食べ物を食べるまたとない機会でもある。
でもこのご時世、いろいろ考えると忘年会ができないかもしれない。となると普段は行けないお店のごはんが食べられないのか。
嫌だな。ごはんだけでも食べたい。おれだけの忘年会の始まりである。
ごはんに集中したいタイプだ
忘年会での悩みといえば、他の人としゃべらなければならず、せっかく目の前にあるおいしそうな食べ物に集中できないことだろう。
おかげでたぶん本気で味わえていない。そんな残念なごはんってないだろう。あんなに輝いているのに。
昔、食事会に参加したとき、お腹が空きすぎて「今、ごはんを食べているのでちょっと待ってください」と伝えたことがあるが、食事会って本当は交流を深める会らしいよ。みんなしゃべってたもん。
忘年会というのは普段食べられない料理を食べられる会であるべきだ。そこで今回は、普段は食べられない、好きなものを食べて、それをおれの忘年会としたい。
ひとり無礼講状態である。なんだひとり無礼講って。
ふぐ料理を食べに行く
そういう思いを胸にやってきたお店が、渋谷にある「奈る実」である。
飲食店の入れ替わりの激しい渋谷において、50年以上も繁盛をしているお店だ。庶民的な雰囲気が漂う外観と、落ち着いた店内。ここで頂くのはふぐである。もう一度言おう、ふぐである。
ふぐって薄い刺身の印象しかないが、実際はどんな味なのか。食べた気がするのか。もっと厚く切った方がいいじゃないのか。色々な疑問があるが、食べてみないことにはわからない。食べよう。
今回は忘年会ということなので、コース料理を予約した。2万円以上するイメージがあるが、なんと6,600円でコース料理が食べられるという。安い。
店内に入ると、すでに満席だった。この時期は毎日ほとんど予約で埋まっており、お座敷などの広い席は予約を取るのはかなり困難らしい。
あと、ひとり無礼講と書いたけど、デイリーポータルZ編集部の安藤さんと2人で予約をした。コース料理を一人で頼むのは申し訳なかったから。
昔、ここの辺りは芸者さんが多く、料亭などもたくさんがあったが今ではかなり少なくなったそうだ。財界や政界の人も多く訪れたらしい。さすが、老舗、渋谷の歴史を知り尽くしている。
そして、女将さんから「お飲みものは何にしましょう?」と聞かれる。忘年会と言えば、瓶ビールだろう。
アットホームな雰囲気だが、初めて食べるふぐに緊張が隠せない。そんな中、出されたお通しに目がくらむ。
大丈夫か、何かドッキリにかかっているのではないかと不安になるぐらいきれいなお通し。
こちらは、本マグロをゆずと辛子酢味噌で和えたもの。からし酢味噌の酸味とピリッとした辛味にゆずの風味がふわっと香り、食べた瞬間にお腹を空かせてくる。おれの中でえびせんの時代が終わった気がした。でも、あれはあれでうまいよね。ちなみに季節ごとにお通しは変わるそうだ。
ふぐのコースが始まった
ふぐのコース1品目はふぐの煮こごりだ。
魚だとアンコウや鯛、肉だと豚足などゼラチン質を含んだ食べ物を煮て、冷やすとできる煮こごり。食材のうまみが詰まった、プルプルとしてのど越しのいい食べ物だ。
一般的なお店だと市販のゼラチンを混ぜて作られることが多いらしいが、こちらはフグの皮を3時間ほど煮込んで作られたフグ100%の煮こごりである。だしの上品な味とつるんとしたのどごし、皮のコリコリとした食感。店内BGMでは異邦人が流れている。これだ。おれたちは今、いい時間を過ごしている。
ふぐの卵巣で食べるふぐさし
続いてやったきたのは「ふぐさし」、ふぐの刺身である。これが本物か。
これだけでも十分だが、さらに女将さんがとっておきのものを出してくれた。ふぐの卵巣である。
ふぐの卵巣は青酸カリの1,000倍以上の毒があると言われており、そのままでは食べられない。しかし、調理としたものを石川県の一部では郷土料理として食べているそうだ。塩漬けを1年間、その後、ぬか漬けを2年間することで毒を消滅させてようやく食べることができる手間ひまがかかる珍味だ。塩気が強くこのまま食べても酒のあてとして最高である。
奈る実では、これをふぐに巻いて食べる。通な食べ方だ。
身の歯ごたえの楽しさ、噛めば噛むほどに出てくる甘さ。食べたことのない魚の味だ。ちょっと待って、これ世の中で一番うまいんじゃないの。全員、食べたほうがいいですよ。
この薄さでもうまいが、ちょっと厚く切って食べたい気持ちがある。マグロとか厚みのあるほうがおいしいじゃないか。怒られるかもしれないが「これってなんでこんなに薄いんですか?」と聞いてみた。
「ふぐは筋肉質な魚なので、厚く切るとかみ切れないんです。なので、この薄さが歯ごたえと味を堪能できるちょうどいい厚さなんです」
ちゃんと薄いのには意味があるのか。またひとつ勉強になった。明日、職場で言おう。
そのこだわりを確認するために薬味とポン酢でもう一枚食べた。最高の味だ。このお店特製のポン酢も、よりふぐの味が際立させるのにいい引き立て役になっている。マイボトルに入れて、嫌なことがあったときになめたい。
燃え上がる黄金のひれ酒
ここまで全部おいしい。コース以外の料理も食べたくなってきた。そうだ、せっかくなのでひれ酒を頼もう。
ひれの香ばしさと日本酒の豊かな風味が鼻の奥まで届いてくる。そして口にふくむと臭みが全然なく、うまさだけがある。ここのひれ酒が一番好きという人もいるほどの逸品。
ただ、ひれ酒はこれだけではない。なんと、2杯目からは特別なことをしてくれるという。特別なことは絶対に体験したい。飲み終わり2杯目をお願いする。すると、お店が暗くなった。なにが起こるのか。
なんと、部屋を真っ暗にし、目の前で火をつけてあぶってくれるのだ。豪快なパフォーマンスである。しかも、火でアルコールを若干飛ばしているので、二日酔いもしにくいという。
確かに次の日、全然体調が悪くならなかった。
それにしても、ヒレ酒を飲みながらふぐの刺身をつまんでいるなんて、なんだかいい年だったなと思い始めている。今年も1年ありがとうございました。(まだ終わらない)
今年の忘れたい話をしよう
ビール1ビンに日本酒2杯。自粛生活でお酒を飲んでいなかったので弱くなってきたのか、なんだかすでに酔っぱらってきた。そして、思い出した。これ記事の撮影だった。
忘年会の記事なので、忘年会っぽいことをしようと思い、今年忘れたい話を2人ですることにした。忘れたい話って、すでに忘れていて覚えてないよね。まずは短く筆者の話をお送りする。
江ノ島 「残業をした日、最後が自分だったので、戸締りして帰るかーと思ってフロアの電気を消したら、遠くから人が走ってきて、誰だ!と思ったら専務でした」
また、別のエピソードもある。
江ノ島 「乗換駅で別の電車に乗ろうとしたら、急いでいる外国の方がぶつかってきて、日本語で怒られたあと、映画で激怒したときにしか聞かない英語で怒られたこともありましたね」
仕事にプライベートにと色々あったが、全体を通していい1年だった気がする。安藤さんは何かありますか?
マジのやつが来て戸惑った。こういうときって笑えるエピソードを言うのが定番だろう。ウェブメディアの記事で本当に大変なやつを言わないでほしい。
安藤 「株も下がるし、仮装通貨もゴミになったし、もうダメですよ」
自分も酔っていたので「じゃあ、プラマイゼロでいいですね」と言ったが、全然よくないな。良くないけど、安藤さんが幸せならそれでいいと思います。
コース外からふぐの白子をおすすめされたのでそちらも頼んだ。安藤さんが泣きそうだったからだ。
白子特有のねっとりした濃厚さと歯ごたえのある食感。女将さんいわく「タラの白子とはおいしさに雲泥の差があるわよ」と。
確かに食べた瞬間「すげえ」と声が漏れ出るおいしさ。世の中、こんな食べ物があるのか。罪の味がする。明日、すごいミスしそうだな。
今までで一番のふく唐揚げ
コース料理に戻り、続いて出てきたのふぐの唐揚げ。女将さんいわく「こうやって一匹で出すところは珍しいと思います」
骨まで食べられて、白身はホクホクしている。上品ながらもワイルドなからあげである。
安藤 「今まで食べたからあげの中でナンバーワンが出た。これやばいですよ。マジで……」
語彙力が適当になるうまさだった。
今年食べたおいしいもの
おいしいふぐのからあげを食べて、話題は今年食べた一番おいしいもの話になった。
安藤 「今年食べた物の中で一番おいしかったものってなに?」
江ノ島 「え、全部おいしかったので全部1位です。安藤さんは」
安藤 「今年、実家の名古屋に帰ったときに食べた『若鯱家(わかしゃちや)』のカレーうどんがおいしくて。最後の晩餐でなにを食べるかと聞かれたら、いまなら若鯱家のカレーうどんって言っちゃうと思う。あれうまかったなー」
調べたら名古屋を中心に展開するチェーン店でカレーうどんが名物のお店だ。関東にも店舗があるので今度行こう。
ちなみに帰宅途中、ちゃんと考えたが、ローソンのウインナー弁当しか思い浮かんで来なかった。たいしたもの食べてない二人である。
ふぐちりを食べながらする結婚の話
そして、やってきた最後の料理ふぐの鍋、ふぐちりである。やっぱり冬は鍋だ。鍋をみんなで食べると忘年会という感じがする。
ポン酢をかけて、雪のように白いふぐの切り身をいただく。刺身とは違ったしっとりしながらもふわふわした食感、そして、ふぐのだしが全力で口の中に広がる。
幸せを感じている。こんなにおいしい酒、おいしい料理を食べて今年をしめくくれるなんて最高じゃないか。
だが、鍋を食べているとき、安藤さんがこんな話をしてきた。
安藤 「江ノ島くん、年内に結婚できそう?」
江ノ島 「できないですよ……」
安藤 「彼女が『ちょっと待って』って言ってるの」
江ノ島 「べつに言われてないですよ」
安藤 「じゃあ結婚すればいいじゃん」
江ノ島 「いないんですよ!」
安藤 「江ノ島くん、SNSとかでよく結婚したいって言っているけど、どのぐらい本気なの?」
江ノ島 「早く身を固めて将来に向けて生きていきたい気持ちがありますけど、貯金がそこまであるわけじゃないから、生活できるか不安ですね」
安藤 「お金なんて関係ないでしょう、来年したらいいよ」
江ノ島 「だから相手がいないんですよ。仕事おわって家に帰るのも遅いし」
安藤 「でた、言い訳だ。独身の人、みんなそういうよね」
安藤 「そういえば知り合いに独身の人がいるんだけど、記事見せながら江ノ島くんことを紹介したら、黙ってしまって」
江ノ島 「……」
あと、飲み会のとき、こういう話をしてくるおっさんいるなと思った。
最高の雑炊でしめる
鍋のうま味をたっぷり吸ったお米を溶き卵で閉じた雑炊である。口に入れた瞬間にうま味が爆発する。食べながら「うわ、どんどんなくなっていく……」と悲しくなってきた。なくならないでほしい。ひとり2合はいける。
本当の終わりはパフェでしめる
宴もたけなわということで、忘年会が終了した。おいしい物を食べると今年もいい一年だったなと思うから不思議だ。色々あった年だけど、無事に終えることができてよかった。
あ、でもまだ甘いものを食べてない。食べなきゃ飲み会は終わらないから。おれ、飲み会の帰り道にチョコモナカジャンボを食べて帰るタイプだから。
やっぱり飲み会のあとはパフェだよね。北海道の札幌では飲み会のあとにパフェを食べる「しめパフェ」の文化があるらしい。ご飯のあとって甘いものを食べたくなるよな。
1グループ並んでいたのだが、いつもはかなり並ぶこともあるらしい。店内は満席で若者しかいなかったが、おじさんもパフェを食べていいじゃないか。
メニューは季節ごとに切り替わるので、何回行っても新しい味を楽しむことができる。メニューもおしゃれな名前が多かった。
筆者が頼んだのはカリカリとザクザクがつまっているというピスタチオとプラリネのパフェである。カタカナが多いな。
ボリュームがあり、見た目も可愛いパフェだ。さすが渋谷の若者たちをとりこにするパフェ店である。
酔って熱くなった体をアイスが冷まし、おかしたちが心をほっとさせる。しめパフェ、いい文化だ。
安藤さんは「奈る実」を出たあと「もうお腹いっぱい」と言っていたが、一人でパフェ屋さんに行くわけにもいかないので無理やり連れてきた。
届けられたパフェが運ばれてきたとき、一点を見つめて動かない時間があったけど、たぶん安藤さんもパフェに感動していたのだと思う。
パフェを食べているとき、手が止まったのでお腹いっぱいなのかと思ったら 「給料が」という話をまたしてきたので、すみませんが誰か上げてあげてください。
ふぐにパフェに、いいものを食べて今年を終えることができた。これぞ忘年会である。来年は高級すし屋で新年会をしたいのでよろしくお願い致します。もしくは焼肉でもいいです。
紹介したお店
※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください
著者プロフィール
江ノ島茂道(えのしましげみち)
1988年神奈川県生まれ。普通の会社員です。運だけで何とか生きてきました。好きな言葉は「半熟卵はトッピングしますか?」です。もちろんトッピングします。
デイリーポータルZ(https://dailyportalz.jp/)
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