再エネと天然ガスが電力構成の主軸というスペイン
脱炭素化に力を入れるヨーロッパ勢の中でも、スペインはその「優等生」として知られる。これまでスペインは、温室効果ガスの排出が多い石炭火力発電の削減に努めると同時に、再エネ発電の普及を推し進めてきた。現在、スペインの電力構成は再エネと天然ガスを両輪に、それを原子力がバックアップするという構図になっている(図表1)。
しかしその「優等生」ぶりが仇となり、スペインは今年、ヨーロッパで生じた電力危機の影響をまともに受ける羽目となった。
12月5日週のスペイン・ポルトガル電力共通市場におけるスペインの電力の卸売価格はスポット(随時
契約)で1メガワット当たり平均185.3ユーロ(約2万4000円)と、この1年で4倍近くも上昇したことになる。
スペインの電力危機は主に再エネ、特に風力発電の不調に起因するものだ。スペインの電源構成のうち風力発電が占める割合は2019年時点で20.4%と、EU27カ国中6番目の高さを誇る。
今夏のヨーロッパは風が弱く、各国の風力発電は軒並み不調に陥ったが、風力発電への依存度が高いスペインはその影響を色濃く受ける形となった。
またラホイ前政権が2013年に再エネの固定価格買取制度(FIT)を廃止したことも、電力価格の高騰につながった。
FITは再エネの普及に大きく貢献したが、一方で国庫の逼迫(ひっぱく)をもたらし、債務危機後の財政健全化の流れの中で廃止を余儀なくされた。その結果、電力の需給動向が価格に反映されやすくなり、電力価格の高騰の一因となった。
再エネへの過度な依存はリスクが大きい
さらに主要各国が比較的クリーンなエネルギー源である天然ガスに活路を求めた結果、ヨーロッパを中心に天然ガス価格が急騰したことも、天然ガスへの依存度が高いスペインの電力価格を押し上げた。
このようにスペインは、脱炭素化に向けた取り組みの優等生であったがために、電力価格の高騰という憂き目に遭ってしまったのである。
一連の事態を受けてスペイン政府は、9月に電気料金の付加価値税(VAT)を引き下げるなど、電力会社の反対にもかかわらず事実上の価格統制に乗り出した。
またスペイン政府は、フランス政府と共に電力価格の引き下げに向けた改革を欧州連合(EU)に提言したが、価格高騰は一時的とするドイツやオランダなど9カ国の反対で頓挫した。
2018年6月に発足したサンチェス政権は、同年11月に発表したエネルギー政策プランの中で、2050年までに電源の全てを再エネにするという目標を掲げていた。
この目標に、欧州でも筋金入りの環境派として知られるテレサ・リベラ議員(現第3副首相兼環境移行・人口統計大臣)らの意向が強く反映されていることはよく知られた話だ。
しかし今年の電力危機の経験が明らかにしたことは、出力が天候に左右されがちな再エネへの過度な依存は、深刻な電力不足につながるリスクが大きいということだった。
それでもなお、サンチェス政権は2050年までに電源の全てを再エネにするという目標を堅持する。肝煎(い)りの政策をわずか3年で見直すことなどできないというところだろう。
再エネ100%実現に向けたハードルは高い
再エネ100%を実現するためには多額の資金が必要となる。とはいえスペイン政府が再エネ100%実現のために必要な資金を民間から調達できるかは不透明だ。
内外の投資家や金融機関の多くが、スペイン政府の再エネ政策に対して根深い不信感を抱いているため
である。それは先述した固定価格買取制度(FIT)の廃止に伴う不手際に起因する。
ラホイ前政権は2013年にFITを廃止した際、本来ならば事業者に支払われる資金を、過去の分まで遡及(そきゅう)して取り消した。そのため、収益を得るはずだった内外の投資家や金融機関はかえって多額の損失を被った。
こうしたことから、彼らがスペインの再エネ事業に対して抱く不信感は根深くなっており、政府が保証を付しても民間から資金を調達しにくくなっている。
それに、再エネ100%の実現は、裏を返すと脱原発と裏腹の関係にある。スペインの原発は今後、40~50年とされる耐用期限を順次迎えることになる。
サンチェス政権は2035年までに現在稼働している7基の原発をこのタイミングで閉鎖しようとしてきたが、今年の電力危機でこの戦略は見直しを余儀なくされたと言わざるを得ない。
そもそもスペイン政府は、今年5月、国際エネルギー機関(IEA)より脱原発を急ぐべきではないという勧告を受けていた。
IEAはスペインに対して、過渡期の電源として現在稼働している原発の存続を図り、段階的にカーボンニュートラルを図るべきだと釘(くぎ)を刺したわけだが、今振り返れば極めて的を射た勧告だったと言えるだろう。
選挙次第でスペインも脱・脱原発に転換か
それでもスペインは脱原発にこだわり続けるのだろうか。それは真に、次期の総選挙の結果にかかっている。
任期満了に伴う総選挙は2023年12月とまだ間があるとはいえ、それ以前に解散総選挙が行われる可能性は十分にある。足元、サンチェス首相率いる与党社会労働党(PSOE)の支持率はライバルの国民党(PP)と拮抗(きっこう)している。
サンチェス政権は、中道左派のPSOEと極左政党であるウニダス・ポデモス(UP)との左派連立政権だ。中道右派であるPPが次期総選挙で勝利した場合、極右政党のVOXと右派連立を組む公算が大きい。
PPとVOXの右派連立政権が成立した場合、産業界寄りの立場を取るため、スペインが脱・脱原発に舵(かじ)を切ることになるだろう。
スペインの経験は日本にとっても参考になる話だ。
COP26に合わせて経産省が発表した「第6次エネルギー計画」で、日本は2030年度の電源構成に占める再エネの割合を36~38%と従来の目標(22~24%)から大幅に引き上げた。19年度時点で再エネの割合は18%であったから、この10年でその倍を目指すという目標である。
とはいえ日本では、2022年4月に従来の固定価格買取制度(FIT)に代わってフィードインプレミアム制度(FIP)が導入される。
事業者のコスト意識を高めることが目的だが、この制度の下で事業者の再エネ拡充インセンティブがどれだけ刺激されるかは未知数。蓄電装置の開発など出力の不安定さをカバーする取り組みも不可欠だろう。
再エネ普及のスピードより重要なものがある
またスペインの場合、ピレネー山脈を隔てた原発大国フランスから電力を輸入することができる。もちろん、これはフランスと国境を接した地域に限定される話だが、それでも国内で不足する電力を輸入という形ある程度はカバーできる仕組みが備わっているわけだ。
残念ながら、島国である日本にはそうしたセーフティーネットは存在しない。
再エネの拡充を目指すことは確かに脱炭素化にかなうことだろう。とはいえ、その不安定性に鑑みれば、再エネの拡充は天然ガスや原子力など他の電源との兼ね合いの上で戦略的に進める必要があることは明白である。
ドイツやスペインなどの大陸ヨーロッパの国と異なり、日本は電力を輸入することが不可能だということを忘れてはならない。
一部には日本のエネルギー計画を手緩(てぬる)いと批判する声もあるだろうが、日本は日本として、他国にはない特有の課題を持っている。
エネルギー政策の在り方は、経済の根幹に関わる問題だ。他国の動向に比べて再エネの普及のスピードが遅いからといって、一概に批判されるべきものではない。急がば回れ、という格言を噛(か)み締めたいところである。
———-
土田 陽介(つちだ・ようすけ)
三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員
1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。
———-
(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員 土田 陽介)