カタールW杯招致 スパイが暗躍? – 六辻彰二/MUTSUJI Shoji

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  • 来年開催予定のW杯カタール大会の開催地決定のプロセスで、対立候補の動向を知るため、カタールがスパイ活動をしていたと報じられた。
  • それによると、カタールに雇われたCIA元職員がFIFA関係者などにハッキングなどを仕掛けていたという。
  • こうしたスパイ企業の活動は他の国でも見られるようになっており、諜報技術の流出といった弊害を生みかねない。

 2022年開催予定のサッカーW杯の招致レースで開催権を勝ち取ったカタールが、情報収集のためスパイを用いていたと報じられたことは、スパイ企業が暗躍する世界の一端に光を当てるものである。

スパイ疑惑のインパクト

 米AP通信は11月23日、カタールがサッカーW杯招致競争で対立候補の動向を探るためスパイを用いていたと報じた。アラビア半島にあるカタールは、2022年大会の開催国に決まっているが、2009年から2010年にかけて行われたその選定プロセスで違法な情報収集が行われたというのだ。

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 スパイ行為は国際サッカー連盟(FIFA)の規約で禁じられているため、これだけでも問題なのだが、そのうえAPの独自調査で、そのスパイが米中央情報局(CIA)の元職員だったと特定されたことがアメリカでの関心をさらに高めた。

 CIAは世界にその名を知られる諜報機関で、本来はアメリカの安全保障や外交にかかわる情報の収集・分析が主な仕事だ。

 その元職員ケビン・チョーカーは5年間CIAに勤務した後、リスクマネジメント企業グローバル・リスク・アドバイザー(GRA)を立ち上げた。APが入手したGRAの内部資料によると、その顧客であるカタール政府は招致レースに関連して9年間で3億8700万ドルを投入していたという(このうちGRAの報酬がいくらだったかは不明)。

 W杯2022年大会の招致レースにはアメリカも立候補していた。もしCIA元職員が自分の会社の利益のため、ライバルだったカタールのエージェントとして違法な活動にかかわっていたなら、広い意味で「国家への裏切り」になるだけでなく、アメリカの諜報スキルが市場でダダ漏れになっていることをも意味する。

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 そのため、この問題の影響はサッカーだけにとどまらない。

すべては内部告発から始まった

 ここで2022年大会をめぐる疑惑についてまとめておこう(サッカーに詳しい人には既知のことだろうからこの項を読み飛ばしてもらって構わない)。

 W杯カタール大会に関しては、これまでも黒い噂が絶えなかった。カタールは富裕な産油国であるものの、中東の国として初めて、しかもこれまでW杯本戦に進出した経験もないまま招致レースを勝ち抜き、開催国に選ばれたことが、多くの人の目に不自然と映ったからだ。

 疑念を抱く人の多くが「やっぱり」と思ったきっかけは、2014年の内部告発にあった。FIFAの2人の元職員が「2018年ロシア大会と2022年カタール大会の選定で、買収などの不正が大規模に行われた」とリークしたのだ。

 これを受けてソニーやコカ・コーラなど大スポンサーに調査を求められたFIFAは翌年、内部調査の結果として「違法行為はなかった」と発表し、ゼップ・ブラッター会長(当時)が「不正があったという報道は人種差別的」とカタールをあからさまに支援した。

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 しかし、2015年にアメリカ司法省が2018年大会、2022年大会を含むFIFA傘下の大会の放映権の受注や招致活動で40件以上の不正があったと認定し、14人を起訴したことで、カタールに関する疑惑はさらに深まった。

 こうしたなか、今回の「AP砲」が炸裂したのである。

 今回の報道に対して、CIA元職員チョーカーもカタール政府も不正を一切認めていない。一方、普段は硬派な報道で知られるカタールの衛星TVアル・ジャズイーラは、この件に関してほとんど触れていない。

スパイ活動の民営化

 疑惑に新たな光を当てたAPは、チョーカーの会社GRAがCIAなどアメリカの諜報機関の手法をほぼそのまま用いて活動していたと指摘する。

 例えば、2022年大会の開催地に立候補していたアメリカなどの動向を知るため、GRAはFIFA関係者やライバル国の関係者らにハッキングを仕掛けていたという。その際、若い女性のアイコンでFacebookなどに架空のアカウントを設けてアプローチするといった手法もとられていたといわれる。

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 また、GRAはカタール情報機関の職員の訓練も行なっていたとも報じられている。

 こうした諜報活動の一方、GRAはカタール支持に傾く可能性のある国、あるいは逆に警戒すべき国のキーパーソンとの接触も行なっていたとみられる。その対象には、FIFA会長選に立候補した経験もあるヨルダンのアル・フセイン王子や、FIFA事務局長だったフランス人ジェローム・バルクなどが含まれる。

 情報収集だけでなく秘密交渉をも担当していたとすると、もはやスパイ活動の民営化とさえ呼べるが、それだけでなくGRAは最新テクノロジーを用いて外国人の監視も行なっていたといわれる。

 富裕な産油国カタールにはアジアの貧困国から出稼ぎ労働者が集まっているが、その労働環境は劣悪で、過去10年間で約6500人が死亡したといわれる。W杯の会場となるスタジアムも外国人労働者が中心となって建設されたが、その待遇の悪さは国際人権団体などからしばしば批判されてきた。

 こうした環境のもと、GRAは外国人労働者の生体情報を集め、さらにドローン(無人機)を用いて上空から監視するなどして、労働者の管理を強化してきたとAPは指摘する。

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 APに対して、CIAは「元職員と連絡を取ることは一般的にない」とコメントしている。

華盛りのスパイ産業

 ただし、スパイ企業はGRAだけではないし、これを使うのもカタールだけではない。今回のAPの報道に先立って、英ロイターはカタールとしばしば対立してきたアラブ首長国連邦(UAE)が、同盟国アメリカとの協力に基づき、諜報を行なう民間企業を育成していると報じていた。

 それによると、カタールがW杯開催国に選出されるかに関する情報を得るため、米国家安全保障局(NSA)の元職員クリス・スミスがUAEとの協力に基づき、FIFA本部やカタールの大会招致委員会などを、スパイウェアを用いてハッキングしたという。

 こうした報道が確かなら、W杯開催をめぐってまさに仁義なきスパイ戦が展開されていたことになる。

 あらゆるものが市場で売り買いされるグローバル化のもと、軍事サービスを売り物にする民間軍事企業が中東やアフリカの戦場で重宝されるようになって久しいが、情報通信技術の発達とともに、兵士の駆ける戦場だけでなく、より後方の諜報分野でも民営化が進んできたといえる。

 北朝鮮などのサイバーテロが増えるなか、こうした企業は顧客を防御する盾にもなるが、使い方次第では他人の情報を引き出す矛にもなる。W杯カタール大会をめぐるスパイ企業の暗躍は、情報戦が激化する世界の将来を暗示するものなのかもしれない。

※Yahoo!ニュースからの転載

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