立憲民主党は、衆院選の敗北で引責辞任した枝野幸男氏の後任を選ぶ代表選挙を、11月30日に行う。政治学者の菅原琢さんは「代表選では野党共闘の是非が争点になりつつある。野党共闘の効果はあったが、それだけで政権交代の実現は不可能だ。立憲民主党は他党に頼らなくても勝てるだけの力をつける必要がある」という――。
記者会見する立憲民主党の枝野幸男代表=2021年10月31日、東京都港区 – 写真=時事通信フォト
政局で増やした議席数以上に、支持者を増やせなかった
2021年衆院選は、日本維新の会が議席を大幅に伸ばし、自由民主党、立憲民主党の与野党第1党がともに「改選前議席」よりも議席を減らす結果となりました。これにより枝野幸男立憲民主党前代表が辞任し、代表選が行われることになったのはご存じの通りだと思います。ただ、この選挙結果の評価はなかなか難しいところがあります。
実は、選挙を分析する観点から見ると、多くのメディアが行っている「改選前議席」との比較は有益ではありません。立憲民主党に関して言えば、前回2017年の選挙から今回選挙の直前までの間に国会の議席数は大幅に増えています。これは、前回選挙で当選した希望の党の議員らが旧・国民民主党への合流を経て新・立憲民主党(2020年9月結成)に集った結果、膨れ上がった数字です。
選挙とは無関係の議席数と比較しても選挙結果の分析はできません。実際、旧・立憲民主党と比較すれば今回の新・立憲民主党は獲得議席も票数も増えていますから、立憲民主党は健闘したとする余地もあるでしょう。
もっとも、自ら巨大化させた党を支えるだけの議席を獲得できなかったのですから、その責任を取り代表が辞任することは理解できます。政局で増やした議席数以上に、立憲民主党の支持者、投票者を増やすことができなかったことが問題というわけです。
候補を一本化した選挙区の勝率は3割を切った
一方、立憲民主党が議席を増やす方策として取り入れた、小選挙区での他の野党との積極的/消極的な候補者調整を含む選挙協力(以下、野党共闘)の評価については難しいところです。今後の立憲民主党の運営方針と関わる問題にもかかわらず意見が分かれており、新聞各紙の報道には混乱が見られます。
一例を挙げると、日本経済新聞は野党が候補を一本化した選挙区の勝率が3割を切ったことを示した記事で「小選挙区で候補者を一本化する共闘態勢をとれば野党に勝機が生まれるとの定説を崩した」と指摘しています(『日本経済新聞』2021年11月2日朝刊)。読売新聞も同様の数字を示して「5党が期待したほどの成果は上げられなかった」としています(『読売新聞』2021年11月2日朝刊)。
ところが、同日の読売新聞の別の記事では、自民党幹部の「薄氷の勝利」という声とともに「野党の候補者一本化の影響を受け、多くの小選挙区が接戦に持ち込まれた。自民が5000票未満の僅差で逃げ切った選挙区は17に上り、34選挙区が1万票未満の差だった。結果は一変していたかもしれない」と述べていました(『読売新聞』2021年11月2日朝刊)。
毎日新聞も1位と2位の得票率差が5ポイント未満の選挙区の数が49から62へと増えたことを示し、「野党共闘が接戦の増加につながったことがうかがえる」としています(『毎日新聞』2021年11月1日夕刊)。
※写真はイメージです – 写真=iStock.com/y-studio
各紙は我田引水的な数字の使い方をしている
こうして見ていくと、新聞各紙、各記事では、野党共闘を否定的に見る場合には今回のみの勝率や勝数を示し、肯定的に見る場合には得票率差とその前回からの増加を示す傾向があるようです。野党共闘の実際を明らかにするというよりは、我田引水的な数字の使い方をしている印象を持ちます。
何らかの意図があるかどうかはともかく、文意に合わせてデータを「借用」することはマス・メディアではよくあることですし、数字の評価が主観的なのもよくあることです。
しかしその結果、野党共闘の効果がどのようなものかが見えにくくなってしまっています。そして、それにもかかわらず、共闘を見直せ、続けろという大雑把な議論にこうした「分析」が利用されているのは残念なことです。
共闘区と競合区の単純比較では共闘効果は見えない
それでは、野党共闘の効果を確認するためにはどうすればよいのでしょうか? その基本は夏休みの自由研究と同じで、「比較」を行うことです。野党共闘が行われた選挙区とそうでない選挙区の選挙結果を比較すれば、野党共闘がもたらした効果がわかるはずです。
たとえば毎日新聞は、野党候補が統一された213の選挙区と野党が競合した72選挙区とを比較し、前者が62勝(勝率29.1%)、後者が6勝(勝率8.3%)であったことを指摘し、「一定程度の共闘効果はあったことがうかがえる」としています(『毎日新聞』2021年11月2日朝刊)。
もっとも、この比較は分析の方向性としては間違ってはいませんが、これをそのまま共闘の効果と受け取ることは適切ではありません。野党が候補を統一しなかった選挙区は、そもそも野党側が勝つ見込みが低い選挙区が多いためです。
特に共産党は、立憲民主党が勝利できそうな選挙区では候補者を撤退させる一方で、立憲民主党への支持が低く勝利の見込みが低い選挙区では比例区の票の掘り起こしのために候補を残しました。
勝率29.1%と8.3%の差は、共闘の有無以前に野党の支持基盤の厚さ、元々の勝つ見込みで決まっているのです。つまり、偽の相関関係と捉えられる部分が大きいのです。毎日新聞の記事はその点も考慮しており、野党側が敗北した競合区で野党各候補の得票を合算しても与党候補を上回るのは5選挙区に過ぎないことを示しています。
共産党候補の出馬・不出馬で選挙区を比較する
それでは、どのように比較を行えば野党共闘の効果に迫れるでしょうか。いくつか方法が考えられますが、ここでは前回と今回の野党候補出馬状況で選挙区を分類し、グループ間で比較することで共闘効果を示してみたいと思います。
つまり、時間軸も組み合わせるのです。野党候補の出馬パターンを細かく分類すると前回と今回の組み合わせで膨大になってしまいますので、ここではごく単純に共産党候補が出馬したかどうかで分けて確認してみます。
データ出典:総務省(前回選挙)、朝日新聞(今回選挙、速報の確定値)
図表1は、前回と今回の共産党候補の有無に応じて289選挙区を4つに分類し、選挙結果に関するいくつかの指標とその変化を示したものです。ここでは4つのグループのうち表のA(共産党撤退区)とB(共産党連続不在区)とを比較してみます。
なお、AとBを比較する理由は、Cは該当選挙区数が10と少なく、Dは野党勢力が明確に弱い選挙区が多
数のため、他のグループと比較しにくいためです。これに対して、AとBは共産党比例区得票率をはじめとして野党の支持基盤の厚さに関する指標にあまり差がなく、似た条件とみなすことができます。
AとBの、野党共闘効果の確認に影響を与えうる最も大きな違いは、共産党の撤退と並ぶもう一つの野党競合の解消パターンである前回立民・希望の競合区です。立希競合区はAに10、Bに20含まれています。これによる野党共闘の効果がBに若干乗るのですが、共産党撤退による効果を過大ではなく過小に見積もる方向に働くため、ここでは許容することにします。
共産党候補の撤退は野党の成績向上に寄与した
さて、表でAとBを比較すると、共産党候補が撤退したAグループではどの指標で見ても野党側の結果が改善していることがわかります。候補の得票率は上昇し、接戦区は大きく増え、野党側の勝利数は倍となっています。
一方のBグループでは、接戦区は増えたものの得票率は低下し、野党の議席数も減少しています。どの指標を見ても、Bグループに比較してAグループの状況は好転しており、共産党の撤退は野党候補の成績向上に明らかに寄与したように見えます。
両グループの選挙結果の差異は、統計分析を行っても明確です。たとえばt検定という基本的な統計分析を行えば、Aグループの前回野党最上位候補得票率の平均値は今回の値、Bグループの値と統計的に有意な差があることがわかります。
共産党が候補を撤退させた効果
以上のような説明がわかりにくい場合でも、次の図表2を見れば共産党候補の撤退が野党候補の得票率向上に効果を持ったことが明白であると理解できるでしょう。
野党最上位候補得票率の前回・今回比較
図表2は、横軸を各選挙区の前回の野党最上位候補の得票率、縦軸を同じ選挙区の今回の野党最上位候補の得票率として各選挙区の値の分布を示しています。この散布図ではAグループ(共産党撤退区)を青、Bグループ(共産党連続不在区)を黄の○印で示しています。
青と黄のマークの分布は重なってはいますが、概ね図の真ん中を横切る斜めの線の左上に青、右下に黄の○が多く配されているように見えます。この赤い線は前回と今回の得票率が同じになる位置に引いてお
り、したがって赤い線の左上側は今回得票率が伸びた選挙区、右下は得票率の下がった選挙区となります。
野党共闘は野党候補の得票率を向上させた
共産党撤退区は概ね野党最上位候補の得票率が上昇し、共産党候補が連続して不出馬だった選挙区の野党最上位候補は得票率を下げた場合が多かったことを、この図は示しているのです。もしこの効果がなければ、青い○の多くは赤い線の右下側に分布し、野党側は議席を増やすことはできなかったでしょう。
なお、重回帰分析という手法により野党最上位候補得票率の変化幅に対する諸々の要因の平均的な効果も別途確認しましたが、共産党候補撤退は概ね8ポイント程度の得票率上昇をもたらしたという計算結果になりました。立民と希望の競合の解消やその他の野党の候補の減少も同程度の得票率の上昇をもたらしたと考えられます。これら野党共闘の効果により、接戦区が増え、野党の勝利が増えたことも明らかです。