スティーヴ・ローゼンバーグ、BBCニュース、モスクワ
映画監督のアルフレッド・ヒッチコックはかつて、サスペンスについてこんな助言をしている。「常に観客をできるだけ怖がらせることだ」。
ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、ヒッチコック作品をたくさん見てきたようだ。
プーチン氏は何カ月間も世界を悩ませてきた。彼はウクライナに全面侵攻するのか否か。冷戦後のヨーロッパの安全保障秩序を破壊するつもりなのか否か。
ソビエト連邦の一部だったウクライナ東部の2つの共和国の独立を承認した彼の決定は、多くの人を驚かせた。
では、プーチン大統領の次の一手は何なのか。
「サスペンスはプーチンの大好きな手法だ」と、「プーチンのロシア」(Putin’s Russia)の著者リリア・シェヴツォワ氏は言う。
「彼は緊張を維持し、火をつけたり消したりするだろう」
「彼が自らの精神理論を保ち続けるなら、全面侵攻はしないだろう。ただ、彼にはさまざまな行動の選択肢がある。サイバー攻撃や、大蛇が獲物を絞め殺して飲み込むようにウクライナを経済的に締め付けることなどだ。ドネツクとルガンスク全体を掌握するため、ロシア軍が侵攻する可能性もある。彼はネズミ相手に遊んでいるネコのような立場になるだろう」
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クレムリン宮殿の内側で何が起きているのかを探るのは困難だ。プーチン氏の心中を読むのはさらに難しい。
だが、彼の声明や演説からは、彼の動機がうかがえる。プーチン大統領は、冷戦の終わり方にかなり憤慨している。ロシアは権力、領土、影響力を失った。北大西洋条約機構(NATO)の東方拡大で、彼は苦々しい思いをいっそう強めた。さらに彼は、ウクライナをロシアの衛星国に力づくで戻すという、救世主的な使命を背負った人物であるかのような発言を増やしてきた。
「彼はロシア連邦保安局(FSB)の治安職員より、(イスラム教シーア派の宗教指導者)アヤトラのように見えてきた」と話すのは、ユニバーシティ・コレッジ・ロンドンの上級研究員ウラジーミル・パストゥコフ氏だ。「彼は歴史の中で自らが特別な位置を占めることについて、ほとんど宗教信仰のようなものをもっている」。
「彼は段階を踏んでいくだろう。まず(分離派がいる)地域を承認した。そして部隊を送り込むだろう。次に、それらの地域はクリミアのシナリオに沿って、ロシアへの加盟について住民投票を実施するのではないか。それから、恐らく、2014年以前の国境まで領土を拡大するため、局地的な軍事行動をみせるだろう」
「自分のルールでやりたいようにできるとなれば、彼はできるだけ長期にわたってやってくるだろう。弱火で肉を焼くように」
西側指導者たちは、ロシアに対する新たな制裁が局面を変えることを期待している。しかしロシアは強気の発言を続けている。
「私たちはこうした制裁は違法だと考えている」と、ロシア外務省のマリア・ザハロワ報道官は私に言った。
「私たちの進展を抑え込もうとする西側の対抗手段が、これしかないことはずっと前から分かっていた。(中略)どういう事態になろうと、制裁が発動されることは分かっていた。私たちが何をしたか、どう行動したかは関係ない。制裁は不可避だったのだ」
「しかしロシアは、西側における国際的な評判がどんどん下がっているのは気にならないのか」と私は聞いた。「あなたの国はいっそう侵略者のようにみられている」。
「あなた方がこうした評判を作り出している」とザハロワ氏は答えた。「西側の評判はどうなのか。血塗られているではないか」。
報道によると、ザハロワ氏は欧州連合(EU)の新たな制裁リストに含まれている。
ヒッチコックのスリラーは観客を楽しませる。だがプーチンのウクライナスリラーは、ロシア国民を不安にしている。
「ほとんどの国民は現地で何が起きているか知りたくないと思っている」と、世論調査機関レヴァダのデニス・ヴォルコフ氏は話す。
「国民はとても怖がっている。耳にしたくないと思っている。戦争を恐れている。私たちが調査した人々の約半数が、戦争の可能性があると考えている」
政府の方針に表立って反対するロシア人はわずかだ。だが、影響力のある知識人たちの一部は、ウクライナにおける「不道徳で無責任、犯罪的な」戦争を回避するよう求める請願書に署名している。知識人たちは、「ロシアが犯罪的な冒険主義の人質になってしまっている」と訴えている。
「ロシアでは、国民が政府や議会に影響力を及ぼすのは不可能だ」と、署名者の1人、アンドレイ・ズボフ教授は説明する。「それでも私は署名した。自分の意見を表明し、ロシアを支配するエリートから距離を置くためだ。エリートたちは国際法を破っている」。
一方で、ロシア政府による力の誇示を支持する人たちもいる。
「ロシアの衛星国に戻るのはウクライナだけではない」と、旧ソ連軍の司令官だったアレクセイ氏は言う。「ポーランド、ハンガリー、ブルガリアだってそうだ。かつて私たちの側にいた国々全部だ」。
アレクセイ氏は1990年代の経済的混乱を記憶している。だが、ロシアは今や立ち上がったと考えている。
「生物的な作用だ。子どもは病気になった後、抵抗力が増す。ロシアの1990年代の苦しみは病気のようなものだった。だが、それでさらに強くなった。NATOに対して立ち退くよう説得する必要はない。自分たちであきらめるだろう」