親露派承認 止められなかった訳 – 新潮社フォーサイト

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2月21日、ドネツク(左)とルガンスク(中)の親露派武装勢力の「独立」を承認するプーチン大統領(右)。ここから一気に事態が動いた (C)EPA=時事

大統領以下高官がリアルタイムで発するロシア情報は、情報機関が入手した機密をあえて公開したもの。一種のかく乱戦法だが、親露派国家を承認し、着々と“侵攻”を進める自信満々のプーチン大統領に効果はあるのか――。

 ウクライナ危機で、ジョー・バイデン米政権はクレムリン(ロシア大統領府)が情報源とみられる高度なインテリジェンスを異例のリアルタイムで公開し、西欧諸国との連帯を維持する工作を続けてきた。

 ロシア軍による「ウクライナ侵攻」の機先を制してかく乱し、侵攻を抑止するのが目的で、情報源を探知される危険を冒した情報工作だった。

 しかし、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領はその裏をかき、ウクライナ東部の親露派武装勢力が支配する「人民共和国」を独立国家として承認し、直ちに「平和維持」を口実にロシア軍部隊の派遣を指示、2月24日ウクライナ侵攻作戦を開始した。

 2014年のクリミア半島併合にも酷似したこのやり方は想定内のことだが、なぜ止められなかったのか。情報源保護などをめぐる裏面の激しい情報戦争で、公開できない情報があり、プーチン工作に名を成さしめた可能性がある。これまで、米露情報戦争ではどんなせめぎ合いがあったのだろうか。

ウクライナ要人暗殺計画も

 バイデン大統領が「プーチン大統領は(ウクライナ侵攻を)決断したと確信している」と直接明らかにしたのは2月18日。その前日17日にロシアは自国の安全保障に関する文書を米側に提出、その中で要求が受け入れられなければ「軍事技術的な措置」をとる、と警告していた。22日にプーチン大統領が大統領令に署名し、上院に派兵を提案したことからみて、ロシアの計画実施が迫っていたことを米側も探知していたことは明らかだ。

 これまで米国側が繰り返し「ロシアの侵攻計画」を警告する度ごとに、ロシアは計画を否定。米国は、ウラジーミル・プーチン大統領はまだ侵攻を決めていないと指摘していた。

 現状では、ロシアの軍事計画は緒に就いたばかりで、首都キエフへの空爆などを含めた全面戦争になるのか、戦闘がウクライナ東部のロシア系住民居住区に限定されるのか、など予断を許さない状況となっている。

 現在、米国が警告しているのは、ロシアが侵攻後、ウクライナ政府要人らの逮捕、暗殺の可能性だ。このためウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領に対して国外脱出を勧告しているが、本人はロシア侵攻と戦うため国内に残留を主張している。

 もし、ウクライナ全土に戦争が拡大して、ロシア軍が長期駐留することになれば、現在ウクライナ国民を募集して組織中の民兵組織が米国から武器の供与を受けて、ゲリラ戦を展開する可能性がある。(拙稿2022年1月20日『高まる「ウクライナ侵攻」危機』参照)

 旧ソ連のアフガニスタン侵攻では、米中央情報局(CIA)がサウジアラビア、パキスタン両国の情報機関と組み、世界から集めたイスラム戦士に肩掛け式の地対空「スティンガー・ミサイル」などを供与して、多くのソ連軍航空機を撃墜。1979~89年の10年にわたる戦争で、ソ連軍の撤退を勝ち取った。

 今回は米国が、対戦車でも地対空でも使える携帯式の強力な「ジャベリン・ミサイル」を既にウクライナ軍に供与しており、ロシア軍を悩ませる可能性がある。

最終決定まで再評価を練り直すプーチン

 米国は、ロシアによる攻撃を抑止する目的で、機密情報の意図的リークを続けてきた。

 昨年12月3日付『ワシントン・ポスト』が、米情報筋の情報として報じた「ウクライナを包囲するロシア軍部隊が17万5000人(現在は推定19万人)に達したら多方向からウクライナに侵攻する」とのニュースは世界を駆け巡った。その後も、米情報機関が得た情報に基づく報道が相次ぎ、ウクライナ情勢は緊迫の度を増してきた。

 米側は、プーチン大統領の計画をいち早く公開することによって、ロシア側を混乱に陥れたり、プーチン大統領に侵攻計画を再検討させたりする可能性に期待しているようだ。

 プーチン大統領は何らかの決定をする際に、繰り返し選択肢を再評価し、最終決定まで待たせるという性癖があり、そうした性格を突いて、米国は度々多くの情報を出して惑わせようとしているのかもしれない。

 いずれにしても、こうした「リアルタイム」での積極的な情報公開は異例で、1962年のキューバ危機以来のことだと『ニューヨーク・タイムズ』は伝えている。

 キューバ危機は、最初にジョン・F・ケネディ大統領が「キューバにソ連ミサイル基地建設中」と発表。基地撤去に至るまで、米側が事態の推移をリードする形となった。

省庁間グループ「タイガー・チーム」の結成

 ロシア軍によるウクライナ国境周辺への部隊集結は昨年3月にも伝えられたが、約1カ月後に撤収。米情報機関が今度のような異常な動きを探知したのは昨年10月のことだ。

 最初に動いたのはウィリアム・バーンズCIA長官。11月2~3日、モスクワを訪問、大統領府で安全保障担当高官らとの会談で自制を促し、事態の収拾を働きかけたと言われる。前連邦保安局(FSB)長官で現安全保障会議書記のニコライ・パトルシェフ氏らと会談したとみられる。

 しかし、事態の深刻化は止められず、バイデン政権は国家安全保障会議(NSC)に、アレックス・ビック戦略計画担当部長を中心とする「タイガー・チーム」という特別グループを設置した。

 このチームには国務、国防、エネルギー、財務、国土安全保障の各省と国際開発局(AID)の専門家をメンバーに入れた。外交、抑止といった対策をはじめ、謀略情報対策、サイバー戦略、戦闘開始となった場合の難民対策から、制裁の立案に至る問題も対応する。

 昨年12月には、事態の推移をシミュレーションする机上演習を2度実施した。1回は各省の副長官級、あと1回は長官級の代表が参加した。

 もちろん、インテリジェンス・コミュニティ(IC)もタイガー・チームに協力し、ロシアによる攻撃がロシア人居住区があるウクライナ東部に限定される戦闘から、ウクライナ全土に及ぶ戦闘に至るまで、さまざまなケースを検討している。

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