フィンランドの企業に勤める従業員は、原則として4週間の夏季休暇と1週間の冬季休暇を取得できる。ワーク・ライフ・バランスの良さは世界的に評価されており、米Kisi社が実施する世界主要40都市の「ワークライフバランス調査」では、フィンランド・ヘルシンキが2019年、2021年に1位となった。
フィンランド、ヴァンター市の湖にて(筆者撮影)
2020年にフィンランド・ヘルシンキに移住し、東京との2拠点生活をしている筆者自身は、フリーランスのため法定休日がないが、夏になると現地の異様に浮かれた空気を感じる。現地では、「休暇取得は従業員に与えられた権利であり、100%取るべきである」と考える傾向もある。極端な例だと、業務に多大な遅延が出ていて顧客の不満があっても、休暇取得が優先されることもあるようだ。
「進化する北欧イノベーションの今」を現地から届ける本連載。今回は、現地企業でデザイナーとして勤務する在住歴25年の黒澤陽道(くろさわ ようどう)さんに、現地の休暇制度の運用を聞くとともに、ひどいレベルの欠陥が見られる、ある大企業にも触れたい。
5週間の有給休暇に加え、病気休暇も
黒澤さんは、「フィンランドは祝日が少ないものの有給休暇が長く、休暇制度には満足している」と話していた。調べてみると、確かに現地の休暇制度は充実しているように思える。以下に、フィンランドの主な休暇制度をまとめた。
<夏季休暇/有給休暇>
5月2日〜9月30日の間に4週間を取得する。少なくとも2週間は途切れず休む必要があるが、そのルールを除けば、自由に設定可能。休暇シーズン以外の時期に休暇を取得したり、休暇の一部を短時間労働に変更したりもできる。
夏になると盛況する海辺のレストラン。夏場は太陽を浴びながら屋外で過ごす傾向がある(筆者撮影)
<冬季休暇/有給休暇>
遅くとも次の休暇シーズンの開始までに、1週間を取得する。黒澤さんいわく、クリスマス休暇(12月24日〜26日)の後に利用して、年始まで休む人も多いようだ。
上記の有給休暇は、基本的に入社2年目以降から取得できる。従業員が暦月に14日以上または35時間以上勤務し、雇用関係が1年未満の場合、月2日。暦月に14日以上または35時間以上勤務し、かつ雇用関係が1年以上継続している場合は、1カ月に2.5日の有給休暇が与えられる。
要は、3年目以降から年間有給休暇が30日となり、約5週間のロングバケーションを満喫できるのだ。公務員の場合は、一定の就業期間が過ぎると6週間の有給休暇が取得できる。
<病気休暇>
法律で定められた制限の範囲内で取得可能。有給扱いとなり、最初の10日間は雇用主が給料を支払い、その後はフィンランドの社会保険機関であるKela(ケラ)から、傷病手当金が支給される場合もある。
<出産、育児休暇>
法律で定められた制限の範囲内で取得可能。出産休暇として、母親は出産予定日の最大50日前より取得可能、父親は子どもの誕生後、54労働日の休暇が取得できる。出産休暇が開始されると、105労働日分の出産手当金が受け取れる。育児休暇は、母親か父親のどちらかが取得でき、158労働日分の育児手当が受け取れる。
日本より祝日が少ないとはいえ、病気休暇とは別に約5週間の有給休暇があれば、十分にリフレッシュできそうだ。フィンランドでは残業が少ないため、平日にもスポーツなどの趣味に打ち込む人が少なくない。
夏休みが取れない人は「見たことがない」
日本人の父とフィンランド人の母を持つハーフの黒澤さんは、日本で生まれ育ち、20歳のときにフィンランドに移住。当初は短期移住で考えていたものの、現地の大学を卒業して現地就職、フィンランド人女性との結婚を経て、定住したそうだ。
これまで、家具デザインや店舗デザインにまつわる複数の企業に勤務し、2021年1月からは国内大手の小売チェーン企業「Tokmanni」で店舗デザインを担当している。「会社によって休暇制度の違いがあるか」をたずねると、「これまでの経験では変わらない」とのこと。
「どこも入社2年目からは、5週間の有給休暇が取得できていた。今の会社はまだ入社して1年経っていないが、2週間の夏休みがあった。だいたい4〜5月頃に夏休みの要望を出すようにという指示があり、希望日を伝えている。仕事柄かもしれないが、私は希望日どおりに休暇が取得できている」(黒澤さん)
国内のコテージで2021年の夏休みを過ごしたときの写真。左から黒澤さん、長女(18歳)、妻、次男(12歳)、長男(20歳)(黒澤さん提供)
3人の子どもがいる黒澤さんは、子どもの夏休み(6月初旬〜8月中旬頃)に合わせて、4週間の夏季休暇をまとめて取得しているそうだ。冬季休暇はクリスマス休み(12月24日〜26日)の後に取得して、年始まで連続して休むことが多いという。
「企業によっては、メンバー同士で相談して日程をズラすことはあると思うけれど、夏季休暇は6月〜7月に取る人が多い。7月は国全体が休暇シーズンという認識で、工場などもストップする」(黒澤さん)
黒澤さんは「夏休みが取れないという話は聞いたことがない」と話しており、正式な統計資料は見つからなかったが、どうやらフィンランドの有給休暇消化率は、ほぼ100%らしい。フィンランド大使館で広報の仕事に携わる堀内都喜子さんの著書『フィンランド人はなぜ午後4時に仕事が終わるのか』に「有給休暇消化率が100%」という記載があった。確かに、役職にかかわらず誰もが休んでいる印象がある。
休暇の共通認識があり「トラブルが起こりづらい」
「原則として、従業員は有給休暇を取得することができる」と国が定めているため、黒澤さんいわく、「フィンランド人は、誰もが休みは当然取れるものであると考えている」とのこと。ただ、周囲の人々にリサーチしたところ、「時期をズラして冬に長期休暇を取得したことがある」という建築家の日本人女性がいた。
「もうずいぶんと前の話だけれど、夏にしかできない現場を抱えていると夏休みをまとめて取るのは難しかった。冬になって気温が下がるとできない工事が増えてくるので、時期をズラして同僚と交代で取っていた。私の場合は、お正月に日本へ帰省するために都合が良かったけれど」(建築家の日本人女性)
現地では雪が多く積もるため、冬季休暇にはウィンタースポーツに出かける人も多そうだ(筆者撮影、ヘルシンキ市内の森にて)
このように業界によって柔軟な調整はあるようだが、休暇日数が減らされたり、自主的に休みを取らなかったりということは、あまり起こらないのかもしれない。とはいえ、4週間も仕事を離れていて業務が滞らないのだろうか。
「7月前後は動きが鈍いと誰もが認識しているので、その期間に締め切りを設けたり、緊急性の高い仕事を入れたりしないようにしている。休み中はメールも見ないし、会社用の携帯も持ち歩かないけれど、夏休み中に困った経験は思い浮かばない。おそらく多くの人が、仕事関連のメールや電話をしないのではないか。ただ、以前に勤務していたインターナショナルなアパレル関係の企業では、上層部の人たちは休暇中でも電話には出ていただろうなと思う」(黒澤さん)
フィンランド国内はもちろん、欧州全体に長期で夏季休暇を取得する文化があるので、「この時期は物事が動かない」という共通認識があるようだ。1カ月の間に想定外のことが起こり得るのでは?と思ったが、黒澤さんは「経験がない」とのこと。
筆者は、取材などで欧州内の企業とやり取りすることが多々あるのだが、夏季休暇の時期は代理で連絡が取れる人を必ず事前に聞いておく。誰かしら連絡が取れる人さえいれば、大抵のことはどうにかなるから。ただ、夏季休暇中に連絡しなくても問題ない状態にしておくのが、スマートな仕事の仕方なのだろうなと思う。