欧州連合(EU)とポーランドの関係が険悪化してきた。まず、ことの経緯を簡単に説明する。EUの司法裁判所(ECJ)は7月、加盟国ポーランドの憲法裁判所が裁判官への懲戒処分を実施する権限を有していることに、「司法の独立性に反し、EUの法に合致しない」と判断、その適応停止を命令したが、ポーランドは司法裁判所の命令を無視して対応せずにきた。ECJは今月27日、欧州委員会の要請を受けてポーランドが命令に従う日まで1日100万ユーロの制裁金を欧州委員会に支払うように命じた。それに対し、ポーランドが、「国内法はEUの法より優位だ」と表明したことで、この問題はEUの統合を揺るがす危機となっている。英国がEU離脱した直後だけに、次はポーランドがEUから離脱するのではないか、といった懸念の声すら聞かれる。
ポーランドの与党「法と正義」(PiS)主導の右派政権は2018年に司法改革を実施、政府の方針に反する判決を出す裁判官に対し、最高裁に当たる憲法裁判所が懲戒処分を下せる改革を行った。それに対してEU委員会は、「欧州の理念に反する。懲戒処分の即停止」を要求してきた。それに対して、ポーランド政府は「脅迫だ」として一蹴。今回は「国内法はEUの法より優位にある」とまで言い切ったため、EUは一歩も引くことができなくなってしまった。
「国内法がEU法より優位」とすれば、なぜポーランドは2004年5月、EUに加盟したのか、という問いが出てくる。加盟交渉では通常、EU側が連合の理念とする法体制を候補国に提示し、候補国がそれを受け入れることが前提条件だ。
ポーランドの場合、加盟後もブリュッセルの政策を拒否するケースが少なくなかった。2015年の難民受け入れ割り当て政策に対してもハンガリーと共に拒否してきた。その一方、ブリュッセルからは補助金や開発支援金などを受けてきた。EU委員会は今回、コロナ回復基金の支払いを遂に止めた。ポーランドのモラウィエツキ首相はEU側の経済制裁に対し、「絶対容認できない」と強く反発している、といった具合だ。
ここではEUの法体制受入れに拒否反応を示すポーランド側の深層心理をちょっと覗いてみたい。ポーランドを含む旧東欧共産国の加盟国に見られる傾向が浮かび上がるからだ。ポーランド国民は上からの為政者の命令に対して直ぐに拒否反応を示す傾向がある。ソ連共産党政権下で弾圧されてきた東欧国民には冷戦終焉後30年以上が経過した後もその傾向は完全にはなくなっていないのだ。ブリュッセルが旧東欧共産圏出身の加盟国に見られるこの敏感性を無視し官僚的に対応した場合、今回のようにことがエスカレートしてしまうことになるわけだ。
当方はこのコラム欄でポーランドの国民性について指摘したことがある。ポーランドは国も国民も冷戦時代から野党精神が強い。同国で旧東欧諸国の民主化(独立自主管理労組『連帯』)運動が始まったのは決して偶然ではない。ポーランドの場合、過去に3度、プロイセン、ロシア、オーストリアなどに領土を分割され、国を失った悲惨な経験を味わっている。だから、為政者(統治者)に対する批判精神は鍛えられていったが、統治能力は十分成長せずに今日に到っている、と指摘した(「『野党精神』は如何に生まれたか」2015年6月13日参考)。
EUを弁護するわけではないが、ブリュッセルは旧ソ連共産党政権ではない。必要な支援を惜しまない一方、EUの結束と連帯を維持するために一定のルールを構築している。だから、加盟国でそのルールを破る国が出てくれば警告を発し、必要ならば今回のように経済、外交制裁を実施することになる。欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長は、「国内法はEU法より優位」というポーランド側の返答を「EUの法秩序に真っ向から挑戦するものだ」と深刻に受け取っている。
オーストリアのワルトハイム大統領(在任1986~92年)がナチス・ドイツ軍の戦争犯罪に関与した疑惑が浮かび上がった時、ブリュッセルは他の加盟国にオーストリアとの外交交流を控えるよう、外交制裁を実施したことがあった。その意味で、EU側が加盟国に制裁を実施することは過去にもあったが、ポーランドに対する制裁はかなり強烈だ。
アイデンティティ問題からみれば、ブリュッセルのアイデンティティとポーランドのそれとが近ければそれだけ両者は良好な関係をつくれるが、そうではない場合、関係は険悪化する。超国家的組織へのアイデンティティは長続きはしない。「ソ連」しかり、「ユーゴスラビア連邦」しかりだ。連邦構成国の共和国、自治州が民族主義の台頭を受け、ソ連、ユーゴ連邦を離脱していった。民族に根付いていない国名、組織名はいつかは消滅する。「ヨーロッパ人」も同様だろう。ヨーロッパ人という民族の国民はない。オーストリア人であり、ポーランド人だ。その後、地理的にはヨーロッパ人だということになる。加盟国がEUのアイデンティティと整合性を感じない場合、それを拒否してしまうだろう。
国内事情からEU統合に問題がある加盟国は統合テンポを緩めるという「2段階統合プラン」が議題となったことがあった。これも加盟国間の相違や事情を考慮した妥協案だ。EU理念に迅速に統合できる加盟国は早いテンポでその結束を強化し、そうでない加盟国は後からゆっくりとついていく、という考えだ。例えば、EUの経済通貨統合(共同通貨ユーロ)、ヨーロッパ諸国間で出入国審査なしに自由に国境を越えることを認めるシェンゲン協定の場合、加盟する国とそうではない国に分かれている。
欧州委員会よりも欧州議会の権限を強化することでブリュッセルと加盟国間の空気の流れをスムーズにするという声も聞かれるが、不均衡な加盟国の統合は容易ではない点では大きな違いはない。
EUは現在、西バルカン諸国との加盟交渉を進めてきている。バルカン諸国は程度の差こそあれ政治家の汚職・腐敗問題、治安対策でEU水準からほど遠い国が少なくない、それらの国が加盟すれば、EUにとって統合への新たな障害となる。マクロン仏大統領が西バルカンのEU拡大に消極的な理由は当然かもしれない。
ブリュッセルは今、英国の離脱(ブレグジット)後、次の離脱候補国を抱えようとしているわけだ。ただし、国力と経済力から判断して、ポーランドは英国ではない。EUから得るプラスは失うマイナスより大きいから、ポーランドの近い将来の離脱は考えにくい。ちなみに、ワルシャワからの情報によると、国民の約40%は政府の対EU政策に批判的、という世論調査の結果が出ている。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年10月30日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。