月は地球から約38万km離れた位置で公転している衛星であり、引力によって潮の満ち引きを生み出したり、自転の速度を緩めたり、地軸の傾きを安定させたりと、さまざまな面で地球に影響を与えています。そんな月に天文台を作るというプロジェクトがNASAによって提唱されており、一体なぜ人類は月に天文台を作ろうとしているのかについて、NASAの科学者が解説しています。
Scientists say a telescope on the Moon could advance physics — and they’re planning to build one | Salon.com
https://www.salon.com/2021/09/05/scientists-say-a-telescope-on-the-moon-could-advance-physics-and-theyre-hoping-to-build-one/
2020年4月、NASAは「月の裏側にあるクレーターを電波望遠鏡に変える」というプロジェクトを発表しました。「Lunar Crater Radio Telescope(LCRT/月面クレーター電波望遠鏡)」と呼ばれるこのプロジェクトは、月面のクレーターをパラボラアンテナの土台に使用し、幅1kmを超えるアンテナを設置することを目指すものです。記事作成時点では正式なNASAのプロジェクトではないものの、2021年4月にはさらなる研究開発に50万ドル(約5500万円)の予算が与えられました。
NASAが「月面のクレーターを巨大電波望遠鏡に変える」プロジェクトを発表 – GIGAZINE
わざわざ月に電波望遠鏡を設置する理由は、単にアンテナに利用できる巨大なクレーターがあるというだけではありません。NASAのジェット推進研究所のロボット技術者であり、LCRTプロジェクトを率いるSaptarshi Bandyopadhyay氏は、地球を取り囲む電離層が電波望遠鏡の観測における障壁になっていると指摘しています。
電離層は、大気の上層部にある分子や原子がイオン化(電離)した領域であり、太陽や宇宙から飛来する有害な光線から地球を保護してくれています。しかし、電離層は波長が10メートルを超える宇宙電波を吸収してしまうため、地球に設置した電波望遠鏡では10メートルを超える宇宙電波を観測できないとのこと。
Bandyopadhyay氏は、「電離層は非常に強力なため、周囲に衛星を置いても宇宙電波を観測することはできません」「そのため、私たちは地球から保護されている場所に行く必要があります。最適な場所は月の裏側です」と述べています。月は常に地球に一方の面だけを向けているため、裏側は地球の電磁ノイズから常時保護されているという利点があります。
10メートルを超える宇宙電波の中には、宇宙の誕生初期に起源を持つものがあると考えられており、暗黒物質(ダークマター)や暗黒エネルギー(ダークエネルギー)の謎を解き明かす貴重な情報を秘めている可能性があるとのこと。宇宙全体の質量やエネルギーのうちダークマターが占める割合が26.8%、ダークエネルギーが68.3%、通常の物質が4.9%とされており、これらの謎を解き明かすことは非常に重要です。
天文学者らは、ビッグバンの時に何が起きたのかや現在の宇宙のあり方について、いくつかのアイデアやモデルを持っています。しかし、宇宙の大部分を占めるダークマターやダークエネルギーの理解が深まっていないため、宇宙の成り立ちや仕組みについての研究も制限を受けているとのこと。Bandyopadhyay氏は、「私たちは10メートル以上の波長を観測して、『なぜダークマターやダークエネルギーが存在するのか?これらのパターンは何なのか?なぜ宇宙にはもっと多くの物質や反物質がないのか?』といったことを理解したいのです」と述べています。
また、記事作成時点では未知の物質であるダークマターですが、Bandyopadhyay氏は将来的にダークマターが人間に利用される可能性もあると考えています。原子力も20世紀初頭の時点ではわからないことばかりでしたが、現代では発電に使用されています。Bandyopadhyay氏は、「私たちの孫は星間旅行のためにダークマターを利用できるかもしれません」と述べ、ダークマターを利用するためにも研究が必要だと主張しました。
もちろん、月の裏側に巨大な電波望遠鏡を作るのは簡単ではありません。LCRTでは人間ではなくロボットが電波望遠鏡を構築する計画ですが、必要な予算は10億~50億ドル(約1100億~5500億円)に上るとのこと。また、建設には電波望遠鏡用のワイヤーメッシュを運ぶ宇宙船と、これとは別に「DuAxel」という名称のローバーを送りこむ宇宙船が必要だそうです。「これは長い旅になるでしょう。私は若い科学者ですが、引退する前にプロジェクトが立ちあげられたら驚きます」とBandyopadhyay氏は述べました。
また、ハーバード大学の天文学者であるアブラハム・ロエブ氏は、月に設置することで恩恵を受けるのは電波望遠鏡だけでないと主張。月は大気によるゆがみがないため光学望遠鏡の精度が上がるほか、X線も大気に吸収されないためX線望遠鏡も恩恵を受けます。また、レーザー干渉計重力波観測所(LIGO)のような重力波検出器も、地震ノイズの影響を受けないため月に設置するメリットがあるとのことです。
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