『クレしん』は現実をごまかさない。
映画『しん次元!クレヨンしんちゃんTHE MOVIE 超能力大決戦~とべとべ手巻き寿司~』はもうご覧になりましたか。笑った人、元気をもらった人、3DCGのしんちゃんに新たな可能性をみた人…、いろんなリアクションがあったと思います。
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私は頭をトンカチで殴られたような衝撃を受けました。
何を隠そう私は本作が『クレヨンしんちゃん』シリーズ初鑑賞。「大人も泣ける」「映画版はストーリーが深い」「ギャグもメッセージ性もキレがある」と評判なのは知っていましたが、未鑑賞だったのです。
そして、初めての『クレしん』は刺激が強すぎました。いやいや、シビアすぎます。これ、ギャグ漫画じゃなかったっけ…?
放心状態の私に、『しん次元!クレヨンしんちゃんTHE MOVIE 超能力大決戦~とべとべ手巻き寿司~』のプロデューサーである吉田有希氏と、CGアニメーションを担当された総合映像制作プロダクション・白組の畑中亮氏にお話を伺える機会が。『クレしん』ショックで混乱中なので、そこも含めてじっくりお話を聞いてきました。
制作期間7年の理由はしんちゃん「らしさ」への追求
──すさまじい内容でした。ストーリーの部分は後で聞くとして、まず基本的な部分を教えてください。
本作は初のフル3DCG作品だそうですが、3DCGに踏み切ったきっかけはなんだったのでしょうか。
吉田有希氏(以下吉田):「3DCGで作ってみたら」「3DCGで作ったしんちゃんが見てみたい」といった声があったからです。3DCGで作るしんちゃんはこの作品だけで、次からは2Dに戻します。
──制作期間は7年ですね。なぜそんなに時間がかかったのでしょうか。
吉田:しんちゃんらしさを探求したからです。モデリングをはじめとするルックの開発や、動きをどうつけるかといった、プリプロダクションに時間をかけました。
──「しんちゃんらしさ」とは?
畑中亮氏(以下畑中):外見でいうと、ツヤツヤ・もちもち・カラフルのキーワードで制作しています。もちもちは、しんちゃんの可愛らしさや作品全体の柔らかさを狙っています。しかし、広域な「らしさ」だとこれ以外にも出てきますよね。
吉田:見た目と中身の両方にらしさがあると思います。坊主頭で太い眉毛で同じような服装をさせればしんちゃんになるのか、といったら違います。外見を似せるのはもちろんですが、やはり行動原理や発言は大切です。妙に大人びたことを言ったり、言い間違いをしたり、自分優先に行動してしまったり。空気を読まないのも、しんちゃんらしさでしょうか。そういった中身が外見に反映されることも重要視しています。
──では、その「らしさ」を3DCGで表現するのは技術的に難しかったですか。
畑中:はい。外見のわかりやすい部分で言うと「影」によって失われる「らしさ」の対応に苦労しました。立体のキャラクターだと、ライトを当てたときに造形的に影ができます。現場で「ボコ」と呼称しているしんちゃんの顔下半分に影ができるのですが、それが違和感の元になってしまう。
畑中:3DCGだと形状的に嘘をつけないので仕方がないのですが、ファンに気持ちよく見てもらうためには、嘘をついて目立たなくする必要があります。そこに一際苦労しました。多くのファンに支えられている歴史ある作品なので、違和感なく楽しんでもらうのを重要視しました。
現実的なストーリーで「正直優しくないと思う」
──本作には、現代社会に翻弄されつまずいた男性が登場し、世の中に対しての不満を口にしますよね。とてもリアルで見た人の心に突き刺さるストレートな叫びです。
ターゲット年齢層が高めな印象を受けましたが、劇場には小さな子どもも観に来るのではないでしょうか。子どもにとってはセリフの数々や最終的な落とし所がシビアに感じられました。作り手はどんな意図があったのでしょうか。
吉田:暗黒のエスパーになってこの世界への復讐を誓う非理谷充(ひりやみつる)というキャラクターは、原作ではリストラされた男です。その原作が出た当時、日本では終身雇用の幻想が消え始めていた頃。そのシビアさをギャグ漫画に落とし込んだのは新鮮で印象的でした。では、その男を今の時代で描いたらどうなるのだろうと考えたのが非理谷です。
なので本作を作るときに、「非理谷を通して今の社会に物申してやる」なんて気持ちでは始めていないんです。原作にいた登場人物に今の社会の空気感を入れた結果です。ただ、そこに作品としての落としどころを見つける必要はありました。
──最終的に、こういう世の中だけど頑張って生きないといけない、というメッセージは現実的である一方、子どもに現実を見せすぎるのはちょっと残酷だと感じました。
吉田:現実的ですよね。しかし、現実がシビアなものになってきているのをごまかしてもしょうがない。ごまかすことはしたくありませんでした。正直、乱暴…、いや優しくないと思います。でも、その中でも生きていく上でのヒントやきっかけになってくれればと思っています。たしかに本作は年齢層高めに作ってはありますが、あくまでファミリー向けを意識しています。子どもといっても、未就学児と小学校高学年だと感じ方は違いますよね。
──落としどころのメッセージは、作り手の本気度の表れなんですね。ここまでハッキリと日本経済の低迷や、未来への不安をセリフにしてキャラクターに話させる作品は滅多にないと思います。
吉田:そうですね。精一杯のエールです。でも、この社会問題を野原家やしんのすけに背負わせるつもりもないんですよ。
──畑中さんはシナリオを読んでどう感じましたか。
畑中:シリアスでシビアで大人向けな内容だと感じました。
そして、白組の使命は、この物語にしんちゃんらしい笑いや、ギャグを散りばめたり、3Dの特性を生かした見応えのあるアクションシーンを構築したりすることだと感じました。 アニメーション演出を頑張らなければ、と。
『クレヨンしんちゃん』はビジネスパートナーのような存在
──私は親の目線で鑑賞したこともあり、特に重く受け止めました。また、初めての『クレヨンしんちゃん』だったこともあり、改めてシリーズと『クレしん』の存在意義にも興味を持ちました。原作者の臼井儀人氏は自由に映像化させてくれたと過去の記事で読んだことがあります。私は、『クレヨンしんちゃん』の自由さは、時代背景や社会問題を映し出す媒体として、問題提起する側の役割を持ちやすいと感じました。
おふたりにとって『クレヨンしんちゃん』はどんな存在でしょうか。
吉田:誤解されそうな言い方になってしまいますが、ビジネスパートナーのような存在です。何かを伝えるために利用している感覚はなく、何か面白いことをさせてみたい、次に何をやったら面白いかな、と一緒に仕掛けていく相手です。
吉田:とはいえ、野原家が表しているものはあると思います。サラリーマンの父親、専業主婦の母親、5歳の長男、0歳の長女という家族構成の核家族が持つキャラクターや、その家族単位としての社会との繋がりはあるでしょう。もちろん、そのカテゴライズに収まらない魅力があるから面白いのですが。
作品を作る上で、私たちが生きている世界との地続き感は大切にしているので、時代性を意識しているのは事実です。そのために、作品に込めたメッセージが時代感と相まって相乗効果を生んでいるのかもしれませんが、その先にある何か大きなものに物申したいとかではないんです。映画は娯楽です。私たちは観客に楽しんでもらいたくて作っています。
畑中:自分にとってのしんちゃんは、「自由な作品」です。ただ、その中にも守るべきラインはあるのです。歴史ある作品を繋いでいく上での責任や重圧はあります。自由だけど、重い。
──私は本作をきっかけに過去に遡って作品を鑑賞しました。そして、しんちゃんは観客に「あなたならこの状況に対してどう対処するのか」と常に問いかけてくると感じました。コロナで人々の労働状況が不安定になり、SNSには不安や不満の声が溢れている。その中で、社会に不満をもち、その気持ちを直球で言葉にする非理谷充に、作り手が意図する以上のものを投影してしまったようです。
吉田:人それぞれ受け止め方は異なります。重く受け止める人もいるだろうとは思っていましたよ。
──おふたりからお話を聞けてよかったです。深読みしたり考え込んでしまった私にとって、制作者側の視点が新鮮でした。今日は本当にありがとうございました。
『しん次元!クレヨンしんちゃんTHE MOVIE 超能力大決戦~とべとべ手巻き寿司~』は、観る人の立場や年齢によって様々な受け取り方ができる映画だと思います。ギャグに笑いクライマックスで感動の涙を流す人も多いだろうし、私のように深く考え込んで子どもとそのことについて会話したくなる人もいるでしょう。それは綺麗事やごまかしでお茶を濁さない作り手の本気が伝わってくるから。
ぜひ、劇場で本作品と向き合ってみてください。『しん次元!クレヨンしんちゃんTHE MOVIE 超能力大決戦~とべとべ手巻き寿司~』は全国の映画館で絶賛公開中。
Image: しん次元クレヨンしんちゃん製作委員会