タイタニック潜水艇と難民船沈没で思う、宇宙&深海ツアーの難しさ

GIZMODO

ほぼ同時進行で起こったのも何かのメッセージなのでしょうか…。

地中海でアフリカの貧しさを逃れて命からがら海を渡る人たちを鈴なりに乗せた船がギリシャ沖で沈没し、死者・行方不明者500余名の過去最悪を記録。

一方、大西洋では富豪ら5人を乗せたタイタニックツアーの潜水艇が遭難して大掛かりな捜索が繰り広げられ、世界中が難民よりもそちらに釘付けになりました。

2つのニュースを同時進行で眺めていると、なんとも言えない気持ちになります…。

深海も宇宙も、エクストリームツアーにリスクはつきものなのに、巨額の参加費用をものともせずリスクを買ってでも死の淵に自分を追い込むビリオネアが後を絶たない昨今。

手堅い需要に支えられて宇宙観光セクターは伸びてるわけですが、5人が犠牲になったタイタン遭難事故を見て、参加予定の方がたも今頃は死と隣り合わせの現実に改めて向き合っておられるのではないでしょうか。

破片と失踪直後の爆音の状況から見て、潜水艇は水圧に圧し潰されて爆縮(圧壊)したものと考えられており、乗員5人の生存は絶望的となって捜索は打ち切りとなりました。

米時間28日には水深1万3000フィート(4,000m弱)の海底から回収した破片の映像が初めて公開となり、29日には遺体の一部と思われるものも見つかってニュースになっています。

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破片というレベルじゃない大きさ
Video: NBC News/YouTube

潜水艇タイタン開発にはNASAも協力

この潜水艇タイタン(Titan)。OceanGate社が単独で開発したわけではありません。実現にあたっては、同社共同創業者のストックトン・ラッシュさん(遭難で死亡。享年61)の古巣であるNASAと契約を締結し、機体の一部はアラバマ州にあるNASAマーシャル宇宙飛行センターで組み立てられました。

使った素材は「航空宇宙グレードのカーボンファイバー」で、当機の製造を通してNASAは、極度の圧力にも耐えうる宇宙船の実現方法に関する知見を得ることができたとしています。

宇宙と深海は共通点が多く、タイタン潜水で宇宙旅行の未来に目覚めて今年ヴァージン・ギャラクティック社のロケットで宇宙に飛ぶ予定のNASAの科学者もいますし、タイタンに今回乗っていた探検家で富豪のHamish Harding氏はその逆です。

昨年6月、アマゾン創業者ジェフ・ベゾス氏が営むブルーオリジン社の宇宙船ニューシェパードで宇宙に飛んでからタイタンで深海に挑んだところで帰らぬ人となってしまいました…。

ブルーオリジンといえば、べゾス氏は2021年に乗って「宇宙に飛んだ史上2番目の民間人」になって話題でしたよね。リチャード・ブランソン卿に9日だけ先を越されたかたちです。

高額だからといって安全ではない

このようにエクストリームツアーは、世界の頂点のお金持ちと探検家のみに参加が許されたエクスクルーシブな旅。

ですが、いくら著名人や有名研究所が関わっていても、絶対安全という保証はどこにもありません

潜水艇タイタンにしたって、1人25万ドル(約3600万円)払ったところで「快適な海の旅」が約束されることはありませんし、参加に際しては「あらゆる死のシナリオを読まされて、何があっても訴えません!という趣旨の書類にサインさせられる」(乗ったデイビッド・ポーグ記者の証言)のが現実です(この免責条項が法的拘束力を持つか否かが今盛んに議論されています)。

宇宙へのツアーが続々と登場

ヴァージン・ギャラクティックは商用ツアーの今夏開始を先ごろ発表しましたが、気になるチケット代は1人45万ドル(約6500万円)です(同社は2014年にロケット「SpaceShipTwo」がテスト飛行中に異常が生じて墜落し、操縦士2人のうち1人が死亡、1人が重傷を負ったのが記憶に新しいところ。次に反省が生かされていると願いたい!)。

ビリオネアのJared Isaacman氏(Shift4 Payments CEO)も民間クルーによる宇宙探査計画「Polaris Dawn」ミッションを立ち上げました。イーロン・マスク氏のSpaceXが保有する宇宙船Dragonで年内宇宙を目指します。こちらは民間人初のスペースウォーク(宇宙船に命綱をつないで無重力空間を漂う宇宙遊泳)がウリ。

宇宙の淵に気球で飛ぶツアーも花盛りで、Space PerspectiveWorld Viewなどが名乗りをあげています。両社とも挑む高度は海抜30kmの上空です。宇宙との境界線(カルマン線)は海抜100kmの地点なので、宇宙の旅には遠くおよびませんが、それでも宇宙の闇と丸みを帯びた地球ははっきりと見渡すことができます。でもリスクがないといえば嘘になります。

日本は札幌を拠点とするスタートアップ「岩田技研」も宇宙バルーンのカプセルを2月に公開して「遊園地のスリングショットみたいだ!」と話題になりました。こちらも実験機ですのでそれなりのリスクはありそう。

宇宙ツアーへの規制

こうした宇宙の諸々については規制を叫ぶ声もありますし、NASAもAxiom Space民間クルーの国際宇宙ステーション(ISS)乗り入れに関するガイドライン策定などを通してトライはしてるんですけど、拘束力がないんですよね…。

ベンチャー各社は何十年もの経験と既存のフレームワークを土台に開発を重ねているわけですが、いくらデータの蓄積があっても宇宙や深海途中では何が起こってもおかしくない危険地帯です。

PR動画を観ていると、参加する人たちにそれが正しく共有されていないような感じもあるかなと感じます。

宇宙も商用ロケットの搭乗に際しては、タイタン搭乗時の免責条項と同じような書類にサインを求められます。つまり搭乗中の事故はすべて自己責任です。

いちおう商用宇宙会社の事業ライセンスは米航空局(FAA)が発行していますが、発行するだけで、搭乗クルーの安全を守るガイドラインもまだないのが現状。仮に計算が狂って何かが起こっても、規制はなきに等しいということは覚えておいたほうがよさそうです。

事故があっても泣き寝入りするしかない

政府にしたところで、訴えられてベンチャーが潰れてしまうリスクのほうを心配しているのか、立ち上げ段階の宇宙開発企業の保護育成が今は最優先のように見受けられます。

現にケネディ宇宙センターのあるフロリダ州では、今年4月、搭乗員の死亡や負傷で訴えられても民間の宇宙開発企業は一切責任を負わないと定めた新たな法案が可決されました。

これにより、ブルーオリジンもスペースXも訴訟リスクから解放されて開発に専念できる環境が整ったことになります。

…と書くと聞こえはいいですけど、書き方を変えると「会社側の責任で乗員乗客が宇宙の露と消えても犠牲者や遺族は泣き寝入りするしかない」ということ。立場が変わればホラーでしかありません。

タイタン破片回収作業にかかった費用は1日25万ドルで、ツアー参加費用1人分と同額でした。深海のものすごい水圧に耐える回収機となると、もう軍用のものしかありません。軍用の設備を民間ツアーの事故処理に使っていいものかどうかの議論もあったけど、結局は使ったみたいですね。

こうして見てくると、やっぱりある程度の規制は急務だし、参加する側も軽いノリで行ける世界じゃないとの再認が求められている気がします。

自己責任でしたことでも、もし遭難してしまったら、難民・移民が何百人も溺れてるニュースよりも注目が集まり、海上の救助活動とは桁違いのリソースがそちらに割かれてしまいます(救助に乗り出したメキシコの銀鉱の富豪のスーパーヨットもありましたが…)。その現実も心に刻む必要がありそうです。