克服できるか?認知症

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認知症の方と接点を持ったことがある人はだいぶ増えてきたのではないでしょうか? 私の初めての記憶は中学生か高校生ぐらいの頃、裏の家に住んでいたおじいさんの話です。

このおじいさんはかつて大手証券会社で活躍された方と伺っており、たぶん、タクシーを頻繁にお使いになっていたのでしょう。認知症になった後、目を離すとすぐに大通りにでてタクシーに乗り込んでしまうのです。いつも丹前を着ていたのですが、財布などもちろん持っていません。そんな客を乗せた運転手もさぞかし困ったことでしょう。何度もトラブルを起こしていました。

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認知症は避けて通れないのですが、がんと違い病気ではないのです。「症」なので症状なのです。ある意味あいまいなこの症状は「物忘れ」と混同されることも多いようですが、それとは明らかに違います。

端的に言えば物忘れは記憶を引き出しにくい状態ですが、ある時「あぁ、そうそう」と思い出せます。認知症の場合はそっくり抜けてしまいます。特に人生の後期から直前までの記憶が喪失されます。わかりやすく言えば古いパソコンの小さな記憶容量には昔の思い出だけで容量を超え、今は記憶媒体がない状態で日々パソコン作業をしているといったらよいのでしょうか?

これは残念ながら一度そうなると元に戻せないというのが私の理解です。そりゃそうです。記憶媒体がない状態で生活しているのですから薬を飲んだらその記憶が蘇るとすればそれは奇跡に近いでしょう。日本では約5.4人に1人がその認知症にかかっているとされます。人数にして650万人程度です。

そんな問題に長年、熱い想いで取り組んできた方がいます。エーザイの内藤晴夫CEOです。彼は人生を認知症改善のために全て賭けたと言い切ってよいと思います。

一番初めの認知症のクスリは1997年の「アリセプト」でした。ただ彼はそれにすがることなく、直ちに次のレベルのさらに良い薬を研究し、21年に「アデュカヌマブ」が条件付きで承認されたのですが、この条件も理由でとても成功したとは思えませんでした。

が、そのあと引き続き研究したのが「レカネマブ」で23年1月にアメリカで迅速承認されたのです。迅速承認とは一種の仮免許で販売後、引き続き検証試験を実施し、本試験を通過する必要があります。

本試験である完全承認に向けた最終会議が7月9日に開催される予定ですが、それに向けた外部専門委員会による「レカネマブ」の承認推奨に関する会議が16日、開催され、全会一致で推奨となりました。仮にアメリカでの完全承認があれば日本での承認は比較的追随型ですので日本でも年内に承認される可能性は高いとみています。

私はエーザイの株価がこの2か月ほどストレートに反応が良かったことからこれはもしかすると米食品医薬品局(FDA)は承認するのではないかという気がしていました。同じ株価の動きでもこのように足取りがしっかりした上げ方もあれば千鳥足、難解な動きなど「百社百様」なのですが、チャートをずーっと眺めて何十年になるとそのような癖がある程度見抜けるようになります。つまり私は株価の動きから完全承認がありそうだと睨んでいるのです。

7月9日に承認となればこれは世界でも画期的なこととなります。日本政府も内藤CEOには何か勲章を差し上げた方がよい、そんな功績です。併せて専門化チームで大きな役割を果たしたのが東大の岩坪威教授でこのお2人を中心とするチームが人類を大きく救うことになるとしても過言ではないでしょう。

ただ、この「レカネマブ」は期待するほど手放しで喜べる話ではありません。そもそもは軽度の認知症の方の進行を遅らせるものであり、根治するといった類ではないのです。それと、軽度の認知症をどう判断するか、これも至難の業だと思います。

私の周りに今「怪しい人」がいます。どうも記憶が飛んでしまい、言ったことをほとんど翌日、覚えていないのです。ただ、いくら私がその人と親しい関係だとしても「認知症の疑いがあるから専門家にみてもらったほうがいい」とは言えません。そう、憚れるのです。これは家族も同様でしょう。「うちのかぁちゃんが認知症のわけない、単なるもうろくだよ」と見ないふりをすることが多いかと思います。

では軽度の認知症はいつから始まるのか、と言えばアミロイドβというタンパク質が蓄積するのに20年ぐらいかかるとされるのです。つまり、70歳で明白になったとすれば50歳の時点から徐々に蓄積が始まっていたということになります。そんな人に「認知症対策を」といえば「お前、何言ってんの?」と怒りを買うのがオチでしょう。

もう一つはその検査が楽ではないのです。PETとか脳脊髄液(CSF)で調べるのが今の主流ですが、PETががんの診断などで重用されていることもあり、認知症の検査となれば検査機がこの日本ですら十分ではないと理解しています。

エーザイの今回の活躍ぶりは世界トップを走るという意味ですが、他の製薬会社もどんどんその研究を進めています。多分イーライリリーのクスリも比較的早い時期に承認されるでしょう。現在140程度の研究が進んでいるとされ、将来は明るいと信じています。

とはいえ、認知症になりにくいように自己管理する方法もしっかり生まれています。日本はその最先端を行っており、例えば脳トレは素晴らしいプログラムだと思います。医学的な確立がなされていないため、海外では脳トレと言う表現すら使えないのですが、高齢者対策先進国ニッポンが生み出した脳トレなどの認知症対策は誰でもいつでも取り組める最も手軽な「クスリ」だと言えそうです。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2023年6月12日の記事より転載させていただきました。

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