3月23日木曜日に米議会でTikTokのCEO、周受資(ショウ・ジ・チュウ)氏による待望の証言が行われて以降、同氏の発言は議論・分析の的となっている。
正直なところこうした公聴会は、堅い政策論争というより法廷劇のような展開になりがちだ。
言うまでもないことだが、マーケターは今もなお困惑した状態にあり、公聴会が終わっても多くの疑問が未解決のままだ。DIGIDAYとしては、これらの疑問に具体的な答えを出すことはできないが、将来的な可能性と、関連して発生すると推定される影響や結果について、ざっと整理してみたいと思う。
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禁止される可能性は低い
たしかにTikTokの将来について語るとき、「bワード(放送禁止用語)」について触れられることが多い。だが実際のところ、全面的に禁止される可能性はかなり低い。
そもそも禁止するためには、米国の国会議員が、このショート動画アプリが国家安全保障上の真のリスクであることを証明する必要があるが、今のところ、それには至っていない。ニューヨーク州選出のアレクサンドリア・オカシオ・コルテス下院議員はTikTokの初投稿の中で、通常このような状況では議会が機密扱いの関連報告書を受け取ることになっているが、「実はTikTokに関する国家安全保障上のリスクについて、議会はそのような報告書は受け取っていない」と話している。
さらに、商務長官のジーナ・レモンドは、禁止令が発動すれば実質毎日使用されているアプリから人々を切り離すことになり、その結果、非常に大きな政治的コストが発生すると述べている。周氏の発表によれば、TikTokの月間アクティブユーザー数は1億5000万人に達しており、すでに米国社会に深く浸透していることがわかる。さらに、TikTokのコア・ユーザーであるZ世代は、次回の総選挙で強い影響力を持つだろう。
デジタルマーケティングエージェンシーのハイトデジタル(Hite Digital)のオーナーでありパートナーであるモリー・ロペス氏は、「Z世代をこれほどの規模で混乱に陥らせることは、特に彼らの票に依存している民主党候補にとっては、本質的に政治的自殺行為である」と話している。
しかも、これを成し遂げるための技術上の障壁についてもまだ考慮されていない。大まかにいえば、このような禁止措置は、極めて繊細かつ政治的な問題を解決するには非常に手際の悪い手法であると言える。したがって禁止令より前に、他の選択肢が検討されるべきと期待する。
プラットフォームのプライバシー・コンプライアンス・ハブ(Privacy Compliance Hub)の共同設立者であるナイジェル・ジョーンズ氏は、「今われわれは、プライバシーとセキュリティのリスクについて知り、TikTokを使い続けるか否かを自ら判断できるようになるべきなのではないか?」と述べている。
連邦プライバシー法の必要性は明らか
今回の公聴会を受けて、この考えに賛同するマーケターが増えていると思われる。彼らは、こうした事態の悪化を招いた個人情報保護法の不備について、何らかの対処が必要だと理解している。しかし、1つのプラットフォームを禁止したところで、業界全体の問題を解決できないことも分かっている。米国に、連邦と各州の両方のプライバシー法が網の目のように張り巡らされ、さらにいくつかの判例が存在していればよいのだが。
TikTokを禁止しても何も変わらない。連邦議会の議員たちが解決に向けて取り組んでいる「事前の承諾なしに個人データが収集・処理される」という問題について、ただ根源的な部分を回避しているのと同じことだ。TikTokを禁止しても、この問題は解決しない。当然、他のあらゆるプラットフォームが、これまで通りデータ収集を続けるからだ。だから、自分のデータがどのように収集され、取引され、処理されるかについて、われわれがより明確にコントロールできるようにするための、なんらかの連邦法が必要なのだ。
TikTokは、西欧各国の政策に端を発する懸念を和らげるべく前進
TikTokは、文化的な価値、広告測定における混乱、クリエイターとの軋轢など、同業他社との類似点は多いものの、プライバシー問題に関する政治面での懸念を払拭する試みでは、他とは一線を画している。
たとえば、調査に対してコードの閲覧を許可した企業はほとんどないといってよい。そして忘れてはならないのは、「プロジェクト・クローバー」と名付けられた対策の一環で、欧州域内でのデータ管理のためにさらに2つのデータセンターの建設を発表したことだ(その結果、アイルランドのダブリンに合計2カ所およびノルウェーのハマル地域に1カ所となる)。これは欧州におけるプライバシー問題への懸念を緩和するためのものである(外部の監査も入る)。これらの取り組みがどの程度重要な意味を持つかは、まだわからない。結局のところ、TikTokが中国政府によって悪質な方法で利用される可能性があるという話は、まったく事実無根とはいえないからだ。
例えば、2022年末のプライバシーポリシーの更新の中で、「EU一般データ保護規則(GDPR)で認められている方法」を用いて「業務を遂行」できるようにするための「実証された必要性」に基づくデータ共有ではあるものの、中国の同社スタッフがTikTok上の特定のユーザー情報にアクセスすることは可能であると認めている。
「どこまで本当かはわからない」
もちろん、TikTokはその後、3月28日の公聴会を受けて広告主に送った「通説と事実(Myth vs Fact)」という資料を通じて、これが事実ではないことを繰り返し表明している。
だがそれでも、当初暴露された内容からマーケターたちに芽生えた警戒心は、ぬぐいきれない。
このプライバシーポリシーに目を通した、広告主である某グローバル企業の元シニアマーケターは、「欧州のデータには頑丈な守りが施されているとTikTokはいうだろうが、端から糸をほどいていけば、それがどこまで本当かはわからない」と、匿名を条件に話してくれた。
だがこの人物は同時に、TikTokがこれまでにとってきた対策について、現実的な見方も示している。
「少なくとも欧州においては、TikTokはEUのデータ保護規則に準拠した管理体制を整え、巷間で耳にするような話を心配する必要はないと示すために多大な努力をしてきた」と同氏はいう。「おそらく彼らは、『いや、われわれはプライバシー問題に真剣に取り組んでいるぞ』と前面に押し出すことで、Facebookなどの他企業に先行してきたのだと思う」。
データ・プライバシーではなくブランドセーフティこそマーケターの懸念
TikTokについては、データ保護を重要視する声も高まってはいるが、マーケターの懸念は依然としてブランドセーフティに集中している。DIGIDAYがこの1週間に何名かのマーケターに対して行った取材からも、それは明確に読み取れた。このブランドセーフティに関する懸念は、TikTok上での広告が始まった初期の頃にまでさかのぼる。
当時はブランドセーフティを管理する機能がなく、出稿した広告がどのようなコンテンツとともに表示されるのかがわからなかったため、マーケターはこれを敬遠していた。
「TikTokはいつも西部開拓時代のようなもので、うまくいくかどうかわからないがとにかく試してみる、というやり方だった」と、メディアエージェンシーのソーシャルエレメント(The Social Element)でソーシャル・イノベーション担当バイスプレジデントを務めるエイミー・ギルバート氏は語っている。「このプラットフォームでは、どういったものが禁止され、何が共有できるのかといった部分に一貫性がない。そこがきちんと規制できるとは考えにくい」。
その後、TikTokアプリ上のチェックアンドバランスは改善されてきた。実際、2023年初めには広告主向けにブランドセーフティサミットまで開催し、そこが広告出稿の場としていかに安全であるかをアピールしている。だがそれでも、もっと納得できる安心材料がほしいというマーケターは多い。
そして、それも一理あるといえるのかもしれない。TikTokのおすすめを表示するアルゴリズムでは、ティーンエイジャーが自傷行為や摂食障害に関する話題に興味を示すと数分後にはそうしたコンテンツがレコメンドされるのだ。2022年12月に発表された調査結果ではそのような状況だった。
とはいえ、TikTokは最近アルゴリズムを更新し、ユーザーが自分の「For You」ページをリセットできるようになったため、同じ種類のコンテンツが継続的にフィードされることはなくなった。
周氏の議会公聴会の約1週間前にアップデートが明らかになったのは偶然なのか? 確かなことはわからない。このリセット・オプションはどちらの問題に対しても確定的な解決策にはならないが、それでもTikTok側が少なくとも聞く耳は持っているということを、はっきりと示している。
仮にTikTokが禁止されても、ショート動画という形態は残る
全体的としてみれば、マーケターはTikTokに夢中だ。入れ込むあまりに、TikTokのスタジオを作ったり、TikTok第一を掲げてリブランディングを行ったり、といった本格的な投資に注力するマーケターも少なくない。当然こうした企業は、長い目でみてうまくいくだろうとの勘から最近の投資を行ったのだろうが、今はそれに寿命があるのかどうかと疑問を抱いているところかもしれない。
しかし、TikTokがあってもなくても、このアプリがショート動画というものを、かつてないほど広く世に知らしめたことは事実だ。そして、このフォーマットはどこにも行かない。もしTikTokが禁止されれば、TikTok第一の考えを捨てて再度リブランディングをしたり、こうした実験的な予算を別のプラットフォームに投資したり、といった短期的な大混乱は当然起こるだろう。だが、例えばMetaやGoogleが明日から禁止されるといった事態に比べれば、おそらくその半分も面倒なことにはならない。
インフルエンサー・マーケティング企業リンキア(Linqia)の戦略担当バイスプレジデントであるキース・ベンデス氏はいう。「リールとショート動画の台頭により、TikTokスタイルのコンテンツはさまざまなプラットフォーム上でのレレバンス(関連性)がこれまで以上に高まっているので、MetaとYouTubeがこれらのコンテンツフォーマットを導入する前と比較すれば、TikTok禁止に対する懸念はさほど強くはない」。
[原文:TikTok’s uncertain future: the issues marketers should (and shouldn’t) fret over]
Krystal Scanlon, Seb Joseph and Ronan Shields(翻訳:SI Japan、編集:分島翔平)