小さいころは、ドラッグストアに行くと必ずカラー剤のコーナーに見本の毛があるかチェックしていた。横一列にズラッと並ぶツヤツヤの毛を順番に触れながら歩くのが好きだった。
あの見本の毛は、ストレートのやつと、丸く巻かれているやつがある。
私は断然巻かれてるやつの方が好きだ。なんなら、ストレートのやつが並んでいるときはちょっとがっかりした。
今はご時世的にも不用意に公共物に触れるのは控えている。でも本当は、ドラッグストアに行ったら一目散にカラー剤の棚に行ってあのすべらかな毛束たちを愛でたい。
(※花王ではこの毛束色見本は環境配慮の観点から提供を終了する方向らしい。たしかに最近はこの見本がない店舗も見受けられる。
花王 | ヘアカラー売場に設置する毛束色見本の提供を終了し、プラスチック使用量を削減 ARによる髪色シミュレーションを活用 (kao.com))
つくるか。
ちょうど自分の頭に数回ブリーチをして完全に終わっている毛が付いていた。よし、これを使おう。
断髪
毛先だけブリーチをしていたので、ブリーチで色が抜けている部分を複数個に分けて結んで切ってもらった。
美容師さんに「この切った毛束をツヤツヤにして色を入れたいのですが」と伺ったところ、
「とにかく丁寧にやるといいですよ!(要約)」
と、アドバイスをいただいた。
染色
…というのが一か月前の話である。
切ってすぐは、この毛束を見ても愛着しかなかった。しかし、一か月経った今は、完全に自分の身体から離れた老廃物然として禍々しく存在している。指先でなぞったときの冷たさも、なんとなく死の雰囲気を連想させる。
親近感を取り戻すために、まず複数回トリートメントをしてサラサラにしたものがこちら。
乾かす時は手が足りないので、足の指で毛束を掴んだ。
セルフカラーは初挑戦。上手くいけばグリーンアッシュになる予定だ。
髪に液を付けるとじわじわと緑に変わった。同時に強烈な化学臭が浴室内に蔓延する。不可逆な行いをしていることが、鼻孔を伝って沁みわたってくる。
唐突に気が狂って自分の体毛全てを染めてしまいそうで怖くて、早々に洗い流す。
乾いたら笑っちゃうくらい青になった。黄土色(元の髪色)に緑色(カラー剤)を乗せると青になるのか。ヘアカラーってどういう理屈なんだ。あと写真だとわかりづらいが、すごいまだら。
それにしても、このまだらに鮮やかな髪、服飾大学時代を思い出す。私は暗髪の地味な服飾学生だったが、いかにも服飾学生らしい格好をしている子は大体こういう髪をしていた気がする。
マニパ二(※)が重なったまだらに鮮やかな髪はかえってその人の躍動感を強調させていて、抑え切れない衝動の象徴のように見えた。日に日に褪せる色に不服そうな彼女たちを見るたびに、髪色一つで揺らいでしまうほど柔なかわいさではないのに、と思っていたが、実際自分の髪がこうなっているのを見るとやっぱりなんとも言い難い気持ちになる。
(※MANIC PANICの略。華やかなカラーが豊富なヘアカラー剤。派手髪の子たちはだいたい美容院で入れてもらったカラーが落ちてくるとマニパ二を使ってテコ入れをしていた。)
…というか、そんなことよりさっきから眉間の奥深くで異臭の竜巻が旋回している。
正直、色むらに関しては全然良いと思っている。どちらかと言えば、このカラー剤をベースとした強烈な化学臭の方が問題であった。
カラー剤・トリートメント・洗い流さないトリートメント、ひとつひとつの工程で追加された「良かれと思って」の匂いが混線して最悪になってしまった。例えるなら、カラフルでケミカルなお菓子の流砂に巻き込まれて窒息する悪夢のような臭いだ。
しかもこの臭い、洗っても洗っても取れないのである。
私の洗い方が悪いのかと思って何度かやり直したが、色が徐々に褪色するばかりで臭いに関しては一向に変化がない。そしてその都度嗅ぎ直すたびに私の鼻腔にダメージが蓄積される。
流れる水が髪を通過して青く色付く様子を見ていたら、普段は「そういうものだから」と諦めて閉じ込めている「なんで美容品(化粧品・バス用品など)ってやたらと匂いを付けたがるんだ」という解せない思いがドバドバと決壊してきた。
とにかく、すでに自分の身体を離れた髪で本当によかった。金輪際セルフカラーはしないと心に誓った。