SNSからはじまる、顧客との「共感」を生み出す体験設計: 電通 グループが仕掛ける「マイルドCRM」とは

DIGIDAY

失われた30年といわれる日本経済の低迷のなかで、成熟市場が増え新規顧客の獲得だけでの事業成長が難しくなっており、企業は自社商品・サービスのユーザーをしっかりとらえ、LTV(顧客生涯価値)向上による事業成長を重視する傾向が強まっている。

これを顧客側から見ると、企業を選ぶ基準は「私が良いと思う商品やサービスを開発し続けてくれるかどうか」となる。そこで顧客理解の手段としてクローズアップされてくるのがCRM(カスタマー・リレーションシップ・マネジメント=顧客関係管理)である。

そこにライフスタイルや嗜好の分析という視点を入れることで、CRMはより生活者とのつながりを深め、発展的に活用することができるのではないか。そういった考え方のもと、顧客理解を深め良好な関係性を構築し、ブランドのファン増加、企業の売上に成果をあげているのが、電通グループが推進している「マイルドCRM™」だ。SNSのプラットフォームを活用し、従来に比べ低コストで容易に着手でき、ブランドに対する顧客の共感を高めていく「新たなCRM」とはどのようなものだろうか。

マーケティングはLTV(顧客生涯価値)重視の時代へ

企業側は、顧客を理解するために顧客データをリッチ化したい。一方生活者も、より良いサービスを得られるなら、企業やブランドに対して情報を提供しても良いと考える傾向に。両者の想いが合致することがLTV向上につながるケースが増えている。

「新規獲得からLTV向上へという流れのなかで、CRMは『カスタマー・リレーションシップ・マネジメント』から『カスタマー・リレーションシップ・マーケティング』へ変化が生じている」と話すのは、電通 第1統合ソリューション局 部長の谷澤正文氏だ。

谷澤正文(たにざわ・まさふみ)氏/電通 第1統合ソリューション局 部長 シニア・ソリューション・ディレクター。さまざまな企業のCEO/CMOプロジェクトに参画し、デジタル時代のブランド育成に貢献、顧客満足を高めながら、企業の業績を改善し続ける。最近では「ブランドパーパス×人基点」で、顧客体験(CX)やCRMでLTVを高めながら、事業やマーケティング全体をトランスフォーメーションすることに従事。

「私はあるブランドのスニーカーが好きで愛用しているのですが、好きな理由は走る機能が良いのではなく、じっとしている時に履き心地が良いからです。また、私はキャンプでくつろぐことが大好きで、そういう顧客が多いとわかれば、リラックスできるキャンプ用シューズを新たに開発する展開も考えられます。しかし従来のCRMではいつもグレーのシューズを買っていることしかわからないので、『こんな新色も試してみませんか』といった提案くらいしかできません。CRMは、顧客を購買データで管理していくだけでなく、顧客のライフスタイルや趣味嗜好を知ることで、新たな商品開発やマーケティング展開の可能性を秘めたものになります」(谷澤氏)。

谷澤氏はそう説明する。購買データだけで顧客が本当に求めているものまでは見えない、というわけだ。

そこで進められているのが購買データに加え、広告接触データやSNSデータから趣味嗜好を探り、一人ひとりの顧客に対する理解を深める顧客データのリッチ化である。

そうした状況を踏まえ、電通グループでは、SNSのプラットフォームを活用した顧客の嗜好分析に基づき、ブランドパーパスを起点とした全体の体験設計と、顧客が積極的に情報提供したくなる体験設計を統合し、顧客のブランドロイヤリティを高める「マイルドCRM™」を開発した。

「電通には『顧客の前に、人である』というPDM(ピープルドリブンマーケティング)の思想が根底にあり、私たちは顧客に購買してもらうだけでなく、そのブランドと長く付き合うことで生活を充実させ、人生をより良いものにするような生活者と企業の関係づくりの提案ができるのではないかと考えました。それが、マイルドCRM™が生まれたきっかけです」(谷澤氏)。

SNSを使ったマイルドCRM™がもたらすものは「より良い『顧客体験の提供』」(谷澤氏)だという。

購買金額や頻度だけでなく、顧客の趣味嗜好なども含めた顧客理解をしたうえで、ポイントやクーポンだけでない、ブランドのパーパスへの共感を生み出すコンテンツを提供するといったアプローチで、ブランドと強い関係性構築ができるところまで一気通貫で行えるところが強みだ。人基点を大切にする電通グループが着手するCRMだからこそ、共感や好意など情緒的な部分も指標としてマーケティングを進めていくところが付加価値となっている。

また、SNSを活用するのも「マイルドCRM™」の大きな特徴だ。SNSを活用するとその人の趣味や嗜好、ひいては人生観を理解でき、かつ簡単につながることができる。LINEを活用した「マイルドCRM™」はLINE上で面倒な会員登録のステップなしに、キャンペーンなどを通じLINE公式アカウント友だちになってもらい、後述するゼロパーティデータを獲得(※)して、より顧客をリッチに知ることができるようにした。LINEを活用することで商品の購入者だけでなく購入前の顧客候補者にアプローチができるうえ、比較的低コストで容易にスタートできるのも特徴だ。

※ユーザーの許諾取得済みの情報のみ

電通デジタルのコマース部門 部門長補佐の松林哲也氏は次のように説明する。

松林哲也(まつばやし・てつや)氏/電通デジタル コマース部門 部門長補佐 兼 LINEルーム 事業部長。電通入社後、デジタルメディアプランナーとして、食品、製薬、酒類などのメーカーや小売、レジャー・スポーツ領域などのクライアントのデジタルマーケティング活動を支援。デュアルファネルでの統合プランニングからディレクション、実施運営まで領域横断した実績多数。 20年電通デジタル関西組織の立ち上げから電通デジタルへ合流。21年にLINEを活用したCXを推進するLINEルーム立ち上げに参画し、23年より現職。

「ブランドやサービスに興味を持った生活者は、便利な情報を取得できるなど自分にとってメリットがあると、自らの情報を能動的に提供してくれます。こうして得られたデータをゼロパーティデータといい、このデータを利用することが従来のCRMとマイルドCRM™の大きな違いです。

キャンペーンなどを通じ個人に同意を得たうえでLINE公式アカウントを友だち追加してもらい、さらに電通デジタルが提供しているTONARIWAというサービスと掛け合わせると、その人のLINE上でのアクションを個人が特定されない形で、データとして蓄積することができます。そうすることによって、個人単位でメッセージの配信の出し分けが可能になったり、LINEアプリを開いたときに表示される画面を個別に変えたりすることができます」(松林氏)。

部分最適なマーケティングから顧客体験重視の全体最適へ

一方、顧客理解の重要性は理解していても、CRM導入には二の足を踏む企業は少なくない。システムの構築にかかるコストに加え、前述した「購買データだけでは顧客理解は深まらない」といった懸念や、マーケティング組織の分断による統合性の欠如もある。

「最近は『CDP(カスタマー・データ・プラットフォーム)を導入したが課題を感じている』とのご相談をよくいただきます。たとえば顧客をIDベースで分析、分類し、どんなメッセージを伝えるかまでは決められても、SNSで伝えたいが担当部署がCRMとは異なるため発信できなかったり、ロイヤルカスタマーになる可能性の高い層を分析してアプローチしようとしても新規開拓は別の部署の担当だったりと、組織間の連携が取れないため全体最適の視点でCRMを推進できていないケースが見られます」(松林氏)。

そうした場合にも「マイルドCRM™」は有効だ。CRMが狭義に理解されているケースも多いが、CRMとはDM(ダイレクトメール)やCDPといった手段ではなく、顧客理解・人との関係構築そのもの。購入前から生活者と関係を築くことができ、提供してもらった情報をデータとして貯めて、組織の壁を超えて活用できる可能性がある。

生活者が情報提供するとメリットが増える体験設計

マイルドCRM™の具体的な事例を見てみよう。国内男子プロバスケットボールリーグのB.LEAGUEは2022年からマイルドCRM™を推進して顧客体験を大幅にバージョンアップした結果、LINE公式アカウントの友だち数は650万人(2023年2月Business Insider Japan調べ)を超え、リーグとファンをつなぐ重要な接点となっている。


提供:電通、電通デジタル

最初はパーパスについて徹底的に話し合い、「アリーナで目の当たりにする試合の熱」を、いかにLINE公式アカウントを通じて伝えていくかを議論した。一方で顧客を知るためにLINEスタンプを活用して友だちを増やし、分析を行った。その結果、女性とスポーツ関心層のダウンロードが多いことがわかり、その層のインタレストから顧客像が見えてきた。

「興味を持って下さっている人たちに対し、試合の告知やこれまでのスーパープレーなど、今まで観戦経験がなくてもB.LEAGUEの熱狂を伝えるコンテンツを用意したうえで、実際に観戦できるキャンペーンなどを行い、そこで簡単なアンケートを実施してゼロパーティデータをご提供いただきました。

そして興味はあるが観戦経験のない人を関心層、1~2回観戦した人をファン、3回以上を大ファンとセグメントを分けて、関心層をファンへ、ファンを大ファンにしていく取り組みを行っていきました」(松林氏)。

友だちを増やしながらさまざまなコンテンツを送ってABテストを行い、メッセージの開封率やクリック率から効果的なコンテンツを把握。好意や共感を高めながら、観戦チケットキャンペーンやチャットボットを用いた観戦ガイドなどを提供し実際の観戦に誘導し、効果測定のためのアンケートを実施。その結果、松林氏によると「アンケートを行うたびにファンと大ファンが増加した」という。

このようにマイルドCRM™は電通グループが長年にわたり培ってきた顧客体験設計の知見が活かされている点にも特徴があり、テクノロジーを活用してブランドパーパスやカスタマーサクセスを実現する手法ともいえる。


※実際にお使いの画面とデザインが異なる場合がございます。また、KATEへの直接のお問い合わせはお控えください
提供:電通、KATE LINE公式

カネボウのメイクアップブランド『KATE』では、LINE公式アカウント登録の際にお客様の性別について、『自身が表現したいと思う性別』を聞いています。そうしたコミュニケーションの細部の設計をはじめ、単に買った・買わないの関係だけではなく、ブランドを好きになってもらう詳細な取り組みを実施していった結果、短期間でKATEのLINE友だちは100万人を超えました(2022年4月時点)。

従来のCRMは購入金額や購入頻度で顧客を見ていましたが、マイルドCRM™ではLINE上の行動やどのコンテンツをどれだけ視聴しているかといった指標からブランドパーパスへの共感や他者への推奨度を測ってLTV視点での分析を行い、個々の顧客が何に反応しどれだけ好きになってくれたかを追跡できます。この点に新規性があり、今後は企業が保有しているファーストパーティデータを使った従来のCRMと掛け合わせ、人基点で、ブランドへの共感指標なども考慮したハイブリッド型のCRMの展開を考えています」(谷澤氏)。

顧客が積極的に情報を提供するとブランドからより良い商品やサービスが返ってくるという循環を生み出せれば、顧客は生活が充実し、企業はブランドパーパスの実現を加速でき、ひいてはよりよい社会の実現につながっていく。そんな生活者と企業の長期的な関係性の構築に貢献したいと、谷澤氏と松林氏は意気込んでいる。

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