アナスタシア・ソアレ氏が、90210という郵便番号で有名なビバリーヒルズのその場所に狙いを定めたのは、いまから25年前のことだ。
当時、英語を使わない仕事で彼女にもできることはエステティシャンしかなかった。ルーマニア移民から起業家となったソアレ氏は、ヤシの木が並び、スターが暮らすビバリーヒルズの通りに、自分の名を冠したビューティサロンを開いた。その場所で彼女は眉毛の形を整え、有名な顧客を獲得するようになったのだ。
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それから25年の歳月が流れ、アナスタシア・ビバリー・ヒルズ(Anastasia Beverly Hills)の最初のサロンは現在も続いているが、その名称は、サロンから生まれた化粧品ブランドをも意味するようになった。フォーブス(Forbes)の2022年6月のレポートによると、ソアレ氏のビジネスは6億6000万ドル(約864億円)の純資産とアメリカで38番目に裕福な自営業の女性という称号をもたらしている。2019年に化粧品ブランドの過半数未満の株式を評価額30億ドル(約3928億円)と報じられるTPGキャピタル(TPG Capital)に売却した彼女は、フォーブスの億万長者リストに名を連ねることとなった。
彼女は、ジェニファー・ロペス氏、ジェニファー・クーリッジ氏、キム・カーダシアン氏、オプラ・ウィンフリー氏、ミシェル・オバマ氏などの顔を美しく整えるという仕事を手がけてきた。そしてそのブランドは、インスタグラム、Twitter、TikTokで2030万人以上のフォロワーを獲得している。
エステティシャン時代に眉毛のサービスを開始
早くから眉毛には好奇心を抱いていたと、ソアレ氏は美術教師による黄金比理論の授業を思い返しながら語った。ビバリーヒルズの自宅でGlossyのZoomインタビューに応じた彼女は、「先生はいつも私たちに、ポートレイトを描いて表情を変化させたいなら、眉を変えろと言っていた」と話す。「眉の形を正しく整えることで、驚いたり、悲しんだり、喜んだりといった表情や、あるいはとても洗練されたエレガントな表情にすることができる」。
故郷にいた頃にルーマニアのエステティシャンが眉毛を抜きすぎたせいで、自分の眉に欠点があると悟った彼女は、自分やほかの人のためにこの問題を何とかしようという使命感を持った。そしてあるサロンオーナーの元で仕事を始めた。
「写真の自分がびっくりした顔をしていることに気づいた」と彼女は語る。「そこで眉毛を直したら、顧客から顔が変わったと言われるようになった。ゆっくり休んだの? とか、髪を切った? などと聞かれたり。顧客に何をしたのかを教えるようになって、そのうちフェイシャルを施す前に顧客の眉毛を整えることを始めた」。
やがてソアレ氏は、有料で眉毛を整えるサービスを提供したらどうかとサロンのオーナーに提案した。「オーナーからは『ダメ。誰もそんなことを望んでいないし、重要でもない。やらないで』と断られた」と、彼女は当時を振り返る。そこで彼女は、ビバリーヒルズのサロンの一室を借りて、通常のフェイシャルとボディワックスに加え、眉毛のサービスも提供することにしたのだ。
1994年には、ソアレ氏の仕事は「ハリウッドでいちばんの公然の秘密のようなもの」になっていたという。セレブリティ、広報担当者、メイクアップアーティストたちが、ニーマン・マーカス(Neiman Marcus)から通りを隔てた場所に部屋を持つ、第一人者である彼女のもとに集まってきた。「メイクアップアーティストは、クライアントをこちらに寄こして眉毛を整えさせれば、最終的なメイクの見栄えがとてもよくなり、クライアントにメイクを施すのもずっと楽になると気がついた」。
独自の処方とコンセプト、そして著名なクライアントとの関係
ソアレ氏は、自分のブランドの成功は、独自の処方とコンセプトによるものが大きいと考えている。アロエベラ、アイシャドウ、ワセリンを使った実験が、人気のディップブロウポマード(Dipbrow Pomade)の処方につながった。2021年1月には、眉に残る石鹸カスの対策に彼女は着手している(石鹸を使用して眉を整える方法が、ソーシャルメディアで大きなトレンドとなっていた)。そして誕生したのが、眉用ワックスのブロウフリーズ(Brow Freeze)だ。これはNPDの小売データ分析によると、売上No.1の製品である。ソアレ氏は、パレットのアイシャドウひとつひとつに異なる処方を採用するなど、すべての製品のコンセプト考案に細心の注意を払い、詳細な指示を出す。現在、彼女は毎年平均8〜10種類の製品をローンチしている。ポートフォリオ全体では、キットを除くとブロウ製品14点、カラー製品29点、スキンケア製品3点、ビューティーツール5点、ブラシ28点となっている。
効果的な製品開発に加えて、著名なクライアントとの関係を確保することでも彼女は成功している。セレブリティとの初めての仕事について、ソアレ氏は「起業したばかりのころは、ルーマニアからやってきたばかりだった。共産主義の国から来たので、誰が誰だかまったく知らなかった!」と話す。顧客と親しい関係を築いても、決して馴れ馴れしくしないようにも心がけていた。「最高の眉を描きたかった。それは相手が誰だろうと関係ない」と彼女は言う。「セレブリティはとびきり最高のものに慣れている。だからこちらも非常に上手にならなくてはいけない」。
NPDの年末データによると、2022年にアナスタシア・ビバリー・ヒルズはベストセラーの眉ブランドとしての地位を維持しつつ、リップライナー、クリームブロンザー、クリームチーク、コンシーラーで3桁の売上増加を記録している。
客の声に耳を傾けることが、ソーシャルメディアで成功した理由
これから将来に向けて、消費者はこの先駆的なブランドの新たな革新の章を期待することになるだろう。ソアレ氏は、今後の製品のローンチは、消費者、化粧品科学の進歩、そしてアクセシビリティという3つの要素に左右されると述べている。
「つねに顧客の声に耳を傾けること。それが、ソーシャルメディアで私たちが非常に成功した理由だ。私たちはコメントを読み、質問をする。顧客は自分が何が好きなのかを知っている。化粧に詳しくない人でさえも、(どの選択肢が)最高の品質と最高のパフォーマンスを提供してくれるのかを知ることはできる」。
ソアレ氏は、自分の娘でアナスタシア・ビバリー・ヒルズのプレジデントを務めるクラウディア・ソアレ氏もブランドのチャンスを最大限に生かすことに貢献していると評価する。クラウディアは、2012年に正式な役職に就くまで、何年もこのブランドの裏方として働いていた。そしてアナスタシア・ビバリー・ヒルズのスピンオフブランドとなるノルヴィナ(Norvina)をローンチした(ブランド名はクラウディアの出生名にちなんでいる)。Z世代向けのこのブランドは、TikTokのいたるところで目にする鮮やかなネオンカラーのアイメイクが中心となっている。
「ご存知のように、私たちは革新的なことが好きだ。おそらく常時50の製品に取り組んでいる」とアナスタシア・ソアレ氏は述べた。「でも、棚に製品が並ぶまでには非常に長い時間がかかる」。
アナスタシア・ビバリー・ヒルズは、特に過去5年間、浮き沈みを経験してきた。フィッチ・レーティングス(Fitch Ratings)によると、2018年には6億5000万ドル(約851億円)の借入金を発行している。ムーディーズ(Moody’s)によれば、2022年3月までの1年間の年間売上高はおよそ2億4000万ドル(約314億円)だった。
米国にはいまもたくさんのチャンスがある
技術の進歩について、ソアレ氏は2000年にローンチした製品と最新のローンチの違いを指摘した。「ディップブロウポマードは、発売当時は技術がそれほど進んでいなかったので異なる処方だった。たとえば当初はウォータープルーフではなかった」。
アナスタシア・ビバリー・ヒルズをよりアクセシブルなものにするために、すべての買い物客に合うシェードを提供したいと彼女は語る。「顧客がどんな眉の色でも関係なく、私たちの製品を使えるようではなくてはならない」。
「絶対的なお気に入り」の眉毛の製品とソアレ氏が呼んでいるのは、同ブランドのブロウウィズ(Brow Wiz)だ。NPDによると、この製品は数でも金額でも、米国でNo.1の眉毛製品である。
またソアレ氏は、眉毛の手入れに関するいちばんのアドバイスも教えてくれた。自然で豊かな眉を描くには、少なくともふたつの製品を使う必要がある、というのがそれだ。
「自分の髪の毛よりも薄いシェードの製品を、形をつくるためのベースとして使用すること。そして、もうひとつ別の製品を使って毛のストロークを作り、それからなじませる」。
過去を振り返り、未来を見据える彼女は、自分の足跡をたどる人たちに希望を持っているという。「アメリカンドリームはまだ健在だ。米国にはたくさんのチャンスがある」とソアレ氏は述べている。「ここで生まれた人よりも、移民のほうがそれをよく理解できるだろう。私はいつもチャンスを見ているし、将来をとても楽しみにしている」。
[原文:Anastasia Soare on 25 years of Anastasia Beverly Hills: ‘The American dream is still alive’]
DAHVI SHIRA(翻訳:Maya Kishida 編集:山岸祐加子)