50年前の学校向け未来図鑑を鑑賞する

デイリーポータルZ

出版から50年、夢物語もあるけど実現したこともあった(P7)

ひょんなことからすごい図鑑をいただいてしまった。「図鑑わたしたちの科学百科20 未来物語」という本で、国際情報社という出版社が1973年、つまりちょうど50年前に出版した図鑑だ。定価は1700円。文部省指導要領に準拠しているということから小学校の図書室に置かれていたのだろう。

50年前というと昭和だがバブル景気のもっと前の時代だ。ファミコンもまだない。僕もそうだし、デイリーポータルのライターも大半が生まれていない。東京オリンピックの後なので新幹線はある。当時小学生が読んだとして、今還暦か還暦直前の人が読んでいたということになる。

50年前から見た未来はどのようなものだろうか。

海を見ていた50年前

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国鉄のリニアが表紙を飾る。当時の最先端だ。

表紙には昔の未来像の定番、UFOのようにふくらんだ円筒形の建物がある。

だから中身は昭和の未来の図鑑にありがちな、透明でチューブ型の高速道路を新しい形の車が走るような絵が出てくるのだと思っていた。

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海について取り上げた題材が結構多い。(P7)

当時の関心は宇宙、それ以上に海だった。

海の中で人々が暮らすことを検討していたようなのだ。

図鑑では、アメリカやフランスや日本が行った、海中に建設された建物で暮らす実験を紹介している。日本ではシートピア計画と呼ばれ、静岡の伊東沖で実際に実験され、また同県三津浜では海底村と呼ばれる海底生活を楽しむカプセルが造られた。

また海中が見える円柱形の展望塔や海中レストランも紹介されている。日本のあちこちにある海の中が見える施設もこのころトレンドだったようだ。

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図鑑では50年前の小学生が夢を描く。(P91)
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海上都市には夢がある。(P90)
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今も日本各地で見る海中展望塔は当時のわくわくで建築されたのだ。(P73)
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僕が港の塔で見たのは製氷塔が精一杯。いつかちゃんと未来を感じながら海中展望塔に行こう!

また生活の空間だけでなく、海底牧場や海底農場というものを未来絵図として考えていた。

なんでも海底牧場ではイルカを犬のように手なずけて、魚の群れをコントロールすることが考えられていた。

「せん水ほにゅう動物は、人間についでりこうだといわれていますから、きっと魚たちをうまく自然のえさ場にみちびき、魚がむれからはなれたりしないように管理してくれるでしょう」

と書かれていた。

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イルカと人間が助け合う時代が予見されていた。(P72)
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海底牧場だけでなく海底農場も。(P72)
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50年前、そのまた前の東京

結構現実的な図鑑だ。

その当時起きていることとして、
・公害をどうするか
・活躍する原子力発電
・なくなる資源と自然
について紹介している。

確かにこのときは公害がひどかったと、社会科の教科書で読んだ記憶がある。

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教科書で見た公害。これもまた50年前。(P84)

たとえば東京の自然について、1970年当時の10年前から急に減っているそうだ。

たしかに昔、京王線に乗って新宿から離れるにつれ畑を随分見た記憶がうっすらとある。

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50年前から見た東京のなくなる自然。都区内でも60年少し前は自然が多そうだ。(P103)

でも変わってないものもある。

50年前の学校の風景は違和感がなかった。図鑑からは学校が最も変わらない風景だった。

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授業風景だけはファッションこそ違えど違和感がない。

住みよい町づくりとして、自然を切り開いて作るニュータウンには「どうなんでしょう」と問題提起している。

望ましい町として「テレビやコンピューターを利用して、学校やしょく場と連絡しながら家で勉強や仕事もでき、病気のときは、病院にいかなくてもテレビしんだんが受けられます」と書かれていた

テレワークが予見されていた!

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50年後、世界的な病気の流行でテレワークが流行りだすなんて、SFのような話だ。(P89)
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じょうほうしゃかい

50年前のこの図鑑では、テレワークのほかにも情報化社会を見事予見していた。

スマートフォンはないけどスマートスピーカーが予見されていた。ボストンダイナミクスが出してそうな多足ロボットも50年前から描かれていた。

またビデオチャットもこの時期に予見している。テレビ電話があったから想像しやすかったのだろう。当たり前に普及したのだから、やはり今は当時から見たら科学が進んだ未来だ。

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まさにスマートスピーカーだ。(P24)
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レトロモダンなテレビ電話が赤い公衆電話と並ぶ。(P47)
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ある種の自動運転車が当時からあったとは。(P29)

でもスマートフォンはない。

スマートフォンもなければノートパソコンもないし、なんならゲームウォッチもない。今は当たり前の携帯型情報端末はない。

50年前は携帯する製品が想像できなかったらしい。携帯するってスゴイ発明だ。

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側面からだと側面の映像がみられる3Dホログラムは当時からあった。が、誰もが持ち運ぶ未来は想像の斜め上だった。(P47)
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僕の仕事場。昔の人はきっとスマートスピーカーよりもノートパソコンやデュアルディスプレイやUSBメモリに驚愕するだろう。

そしてこんなことが書いてあった。

「じょうほう化と社会じょうほうは、あまり多くても、少ない時と同様に人間をいらいらさせるおそれがあります。(中略)じょうほうのこう水のなかで、わたしたちは、必要なじょうほうを選ぶ力をつけることをもとめられています。そのために必要なことは、自分の頭で考えることでしょう。」

情報化社会は50年前から想像できた世界で、当時の子供も学んでいたのだ。

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そしてまた50年前の人が描く情報化した未来の社会では、記録デバイスのテープが空を舞っていて味がある。(P51)

ゆめのせかい

「むかしの人が考えたみらい」というページで、16世紀に活躍したオランダの画家プリューゲルによる「コカーニュの国」という作品を紹介している。ありあまるほど食べられるものがあり、働かなくても食べて寝るだけで金持ちになる未来を描くものだ。

でも一方で機械化や情報化社会が進むけれど、テレワークなどで家で仕事するという未来も書かれている。

50年前でも仕事しないで食って寝ていたいと思いつつ、テレワークでビデオチャットして家で仕事に追われる生活が予想されていた。なんか親近感がわいた。

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昔の人もあまり働きたくなかった。

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