こんにちは、編集部 石川です。
毎月1回、当サイトのライターに専門分野や得意分野の話を聞いています。今回は、大学院生で美術史を研究している唐沢むぎこさん。
美術史って何なの?何が面白いの?基本からきいてみました。
大阪生まれの大学院生。工作や漢字が好きです。ほら貝も吹けます。先日、教授から「あなたは何を目指しているのか分からん」と言われました。
専門は日本・東洋美術史。
美術史は美術を通して歴史を見る
石川:すごい根本的な話なんですけど、美術史って最終的にはなにが知りたいんですか?
唐沢:私は最初、単に「美術見たいな」っていう動機で入ったんですよ。でも入ってから教えてもらったことがあって……
石川:はい。
唐沢:この時代にこの国でこのスタイルが流行った、みたいな現象をたくさん見ていくと、まず美術の中の流れが見えてきます。
石川:点が線に。
唐沢:その時点でひとつの美術史ではあるんですけど、そこからさらに「美術から見る歴史」を考えることができるんです。美術って単独であるわけじゃなくて、政治と関係があったり、文化とか経済と関係があったりするわけですよ。
石川:たとえば?
唐沢:シンプルな例だと、平安時代は貴族が覇権を握ってたから貴族好みの美術になってる。仏像を調べて、注文した貴族がわかれば、このお寺とこの貴族は関係があったんだということがわかりますよね。
それに考古学的なアプローチもできて、たとえば仏像の材料の木とか金属を調べたらその製法がわかるし、スタイルもこれちょっと中国っぽいなとか、これ朝鮮半島っぽいなってわかる。そうすると、記録では全然残ってなくても実は交流あったんだ、みたいな。
石川:美術の歴史がわかるだけじゃないんだ。
唐沢:まず美術の歴史を整理して、それからまわりを見てみると意外と他のこともわかる、っていうのが美術史かなと思います。
石川:それは面白さがわかってきた気がします。
唐沢:美術史の研究してるっていうと「絵を描いてるの?」とか言われるんですけど、どっちかというと美術作品を通して歴史を見ていくって感じです。よく私の教授が言うのは、「科捜研の女」と通じるところがあるっていう。物的証拠から物事を見ていく作業です。
石川:なるほどねー。美的価値の話とはまたちょっと違うんですね。
唐沢:もちろん、見て「ワーめっちゃうまいな」というのは研究する上で原動力にはなりますけどね。
石川:へー。ここまでですでにだいぶ印象が変わりました。
仏像に爪が入ってることがある
石川:例えばここに詳細不明の絵が一枚あるとします。ここから何が読みとれるんですか?
唐沢:例えば狩野派みたいな、どの時代に流行ったスタイルかで軽く特定できますよね。題材も大事で、仏教用絵画で特定のお経に基づいていれば、その周辺で描いたのかなって。おめでたい内容だったら、江戸時代後期の庶民に向けての絵かなとか。
石川:はー、それでわかるんだ。
唐沢:内容から、作品が書かれた環境、作品を買う人、作品を見る人、あたりはなんとなくわかるんです。それから素材にめちゃめちゃ注目する。織物とか布とかを研究する人も美術史にいるんですけど、めっちゃ細かく顕微鏡で見るんです。そうすると、織り目が独特だからこの時代だとか、この染料を使ってるからこの時代じゃないかとか。
石川:すご。考古学だ。
唐沢:科学調査ですよね。仏像も科学調査がすごく盛んです。壊したらだめなので非接触で、レントゲンみたいなやつで調べて、この金属が多いということはこの製法で作られているとか。この部分とこの部分の金属の含有量が違うから、ここたぶんあとから修復してるぞ、とか。
石川:壊しちゃダメなんですね。あたりまえか。
唐沢:ダメですね。自分では壊せないけど、たまに虫が食べちゃったせいで近くに木くずが落ちてて、それを使って調べるようなケースもあります。
石川:いろんな技術を駆使してやるわけですね。
唐沢:最近は機械を使うことも増えてきて、レントゲンで仏像を見てみたら中にちっちゃい仏像が発見されたぞとか、中に髪の毛とか爪入ってたぞみたいなこともあって、面白いですよ。
石川:髪の毛とか爪が入ってるってどういうことなんですか?
唐沢:仏像って中にパワーがありそうなものを入れて箔をつけるんですよ。納入っていうんですけど。
石川:それが爪なんだ。
唐沢:これが聖徳太子と関係がある仏像だとか、信仰を集めている人の生き姿にそっくりだ、みたいなのを説得力を持たせるために爪とか髪の毛を入れることもある。
石川:聖徳太子の爪ですよっていうこと?
唐沢:お釈迦さんとか聖徳太子の爪ですよとか、骨ですよとか。ノリで入れたりしますね。
石川:ノリで!? それ本物ではないわけですよね?
唐沢:誰のかわからないですけど、いろんなものが入ってたりするらしいですね。
石川:へー
唐沢:最近は仏像の展覧会に行くと、「新たにレントゲン撮って、こんなものが入っているのがわかりました」っていう展示がよくあります。中を開けて取り出すことができなかったら、3Dプリンターで再現してたりとか。
石川:仏像って、そんなガチャガチャのカプセルみたいなものだったんだ。
唐沢:たまにですけどね。墨で中に文章が書かれていることもありますよ。何年にこの人が修理しましたとか、何年にこの人が作りましたとか。
唯一の資料が「たけのこありがとう」
石川:唐沢さんの研究テーマは何ですか?
唐沢:「日本統治時代の台湾に、日本からどう美術の影響が及んだのか」です。立石鐵臣(てつおみ)っていう画家がいて、台湾の日本人家庭で生まれて、いったん日本に戻ってもう一回台湾に行った人なんです。その人を軸に、業績や人脈を含めていろいろ。
石川:そういう昔の作家の記録って、どれだけ資料が残ってるものなんですか?
唐沢:立石鐵臣はわりとマイナーな人ですけど、けっこう残ってますね。個人的な日記や、同人誌とか。あと雑誌に自分の文章を発表していたり、インタビューに答えてたりもします。
石川:そっか、その時代だともうメディアがあるから。
唐沢:そうですね。古い人だと資料が全然残ってない場合もあります。たとえば俵屋宗達(江戸時代初期の画家)は有名だけど、本人の文章が全然残ってなくて、「たけのこを送ってくれてありがとう、おいしかったです」と書いている手紙くらいしかないみたいです。
石川:そういう作家も、研究対象としてる人はいるんですよね?
唐沢:そうですね。そうなると別の角度から攻めるしかないです。
石川:別の角度っていうのは?
唐沢:たとえば掛け軸だと絵の上に詩文が書かれてますけど、それを書いた人がわかれば、なんとなく人間関係が見えてきます。近い関係の人の日記を調べたら、もしかしたら俵屋宗達のことが書いてあるかもしれない、みたいな感じで。
石川:外堀から攻めるんだ。
唐沢:外堀からですね。めちゃめちゃ。
石川:音楽でいうと、シンガーソングライターのライブではギターとかドラムはゲストの人がやってるから、その人のTwitterを見てリハ風景とか楽屋写真を探すみたいな。
唐沢:そうです。ゲストで来る人ってなんとなく同じ方向性だったり、その美術を好きな人だったりするので。
調子に乗って叩かれていた様子までわかる
石川:立石鐵臣という画家のことをちょっと詳しく聞いてもいいですか。
唐沢:立石は台湾の記録をたくさん残してるんです。1970年代くらいまでの台湾って、日本統治時代の歴史は調べることもできないような状況だったんですよ。後に台湾の美術史の研究者が、「立石がすごい当時の台湾のこと記録してくれてる!」って気づいて、めっちゃ注目されるんですよ。
石川:台湾の人が、自国の歴史を知るために重宝したっていうこと?
唐沢:はい。でも私はまたちょっと違う視点で、立石を日本の美術的背景から見ようとしています。当時って、日本の芸術家がたくさん台湾に行ってたんです。そこで美術で交流したり、台湾の芸術家も日本で勉強したり。あんまりそういうイメージないですよね?
石川:とにかく抑圧してしまったイメージですよね。
唐沢:もちろん政治的には良くなかったところがたくさんあるんですけど、美術の世界ではそういうこともありました。
石川:そこで日本の美術と台湾の美術が交雑していく?
唐沢:台湾は多民族国家で、もともと南洋系の先住民の人の絵とか工芸とかもあるし、中国から移ってきた南方系の絵もありました。そこに日本が西洋仕込の美術と日本の伝統美術、どっちも伝えるんですね。だから、むちゃくちゃいろんな種類の美術作品が当時台湾にありました。
石川:西洋の技法も日本経由で伝わったんだ。
唐沢:日本は江戸時代まで美術の概念がなくて、絵師とか武士が、仏像を彫ったり、屏風の絵を描く職人寄りなイメージ。そこに明治時代に政治のしくみと一緒に美術という概念も入ってきました。
石川:それがまるっと台湾に伝わると。
唐沢:台湾にも持っていくっていう感じですね。
石川:研究の面白さとしてはどのへんにあるんですか?
唐沢:私いろんな要素がめちゃくちゃ混ざっているのが好きなんで。だから日本人の洋画家が台湾に行って描くっていうことのいろんな要素が入り乱れているというのがめちゃくちゃ面白いです。
立石鐵臣が台湾に行く時に「僕もゴッホやゴーギャンみたいにちょっと南のほうに行ってめちゃくちゃワクワクして絵が描けるかもしれない」って言ってて。尊敬する前の世代の画家と自分を重ね合わせてるんです。
石川:憧れがあったんですね。
唐沢:それを重ね合わせて、実際にゴッホっぽい絵を描いていくんですよ。影響バリバリで。
石川:あはは。人間味があっていい話。
唐沢:そうなんですよ。で、当時の雑誌の展覧会評を見ると、他の評論家が立石の絵を見て、「ちょっとゴッホ過ぎるな」「ゴッホ過ぎて嫌やな」って言ってて。そうやって憧れて真似したらバレて叩かれてたりとかする様子も、近代だったら資料残ってるんですよ。
石川:それは面白いなー。そこまでわかるんだ。
唐沢:古本屋にも雑誌がいっぱい残ってますし、あとおすすめなのは国立国会図書館のデジタル・アーカイブっていうサイトです。戦前の雑誌とかがむちゃくちゃ見れて、私それ使っていつも叩かれてる評論とかを見ます。
石川:ネットで人が叩かれてるのを見れるんだ。2ちゃんねるみたいな感覚で。
唐沢:有名な雑誌は調べやすくなりましたね。でも立石が参加していためっちゃ少数部数の本なんかはほとんど残ってないので、古本屋さんで頼み込んで見せてもらったりします。あと自分でいろんな図書館に行って、散らばってるのをなんとか探してやっと全部見れるみたいな感じですね。
石川:ドラゴンボールみたいな話だ。
唐沢:集まった時は嬉しいですよ。
石川:美術史って足を使った研究なんですね。そう思うと。
唐沢:そうです。資料もだし、絵の実物見るのにもいろんなところに行かないといけないので。
なんでも鑑定団がめちゃめちゃ楽しめる
唐沢:立石は偽物がない画家なので、めちゃくちゃ研究しやすいんです。
石川:偽物がある人がいるんですか?
唐沢:江戸時代ぐらいだと偽物だらけです。「この画家はこの時期にこういうスタイルの変化があった」って言いたい時に、偽物使って立証しちゃったら、その論がくずれちゃうじゃないですか。
石川:はいはいはいはい。どうやって見分けるんですか?
唐沢:いや〜。めっちゃ難しいです。絵だけ見てても、これ本物ですっていう根拠が見つからないときがあるんですよ。どうするかって言ったら、サインとはんこ、上についてる賛(詩文)、絵が入ってる箱、来歴。
石川:なんか押してありますね、ハンコ。
唐沢:落款(らっかん)っていうんですけど、ハンコだけ写真バーって撮って比較する作業を、江戸時代以前の絵を研究している人はやってます。絵を見ずにひたすらサインとかハンコをデータベース化していくんですよ。
石川:そうするとわかるんですか?
唐沢:この時期なのにこのハンコ使ってないから偽物とか、ちょっとサイン怪しいぞとか。ほんとに絵見なくてもわかるときはあります。
石川:まさに科捜研ですね。
唐沢:オークション会社はサインとハンコの膨大なデータベースを持ってて、それで真贋を判断するというのも聞きましたね。
石川:うわーそれ見たいな。
唐沢:研究してるといろいろわかってくるから、なんでも鑑定団とか見るとめちゃめちゃ面白いですよ。その土地の名家の人が「これ100万円やと思うんです」って出した途端、これ駄目やなって。結局査定価格も1万円ぐらいで、この人このあと街でどんな感じなんやろうって。
石川:先に答えがわかっちゃうんですね。
唐沢:さすがにこれは違うやろみたいなのを出してくるときがあるんです。それめちゃめちゃ面白い。
石川:専門家あるあるですね。
唐沢:レストランとかホテルの内装も、コンセプトに合わせた絵が飾ってあるじゃないですか。それを見て、いまいちあってないやつ選んでるなとか、浮世絵は浮世絵でもこの渋い画家を選ぶんやとか。そういうのわかってくるとおでかけも楽しいですよね。
石川:それの解説してもらいながらいろいろめぐりたいですね。唐沢さんと。
唐沢:ぜひ。中華料理屋とかもめっちゃ面白いです。
生放送「記事の森」やってます
この対談は、先日放送したトーク配信『樹液でも飲みながら記事を振り返る「記事の森」』から抜粋したものです。番組ではこの2倍くらいしゃべってますので、対談をお楽しみいただけた方はぜひアーカイブをどうぞ。
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