江戸川乱歩「モノグラム」第3回

デイリーポータルZ

江戸川乱歩が1926年に発表した短編に挿絵代わりになる写真を追加して掲載します。ウェブ記事気分でご覧ください。

3回連載の最終回。淡い恋の記憶が意外な展開を見せます。

・仮名づかいや漢字表記、改行位置を変更してあります。また作中に登場する小道具を現代のものに置き換えてあります。構成・撮影:林雄司

これまでのあらすじ:
初対面だが互いに見覚えがある栗原と田中。その理由が分かる。田中は栗原の片思いの女性・すみ子の弟であり、田中は姉の遺品に隠されていた栗原の写真を眺めていたからだった。片思いだと思っていたすみ子もまた私を好いていた。その事実に涙がこみ上げる栗原だった。

そのことがあってから、当分というものは、私はすみ子のことばかり考えておりました。

あの時私に、なぜもっと勇気がなかったかと、それも無論残念に思わぬではありませんが、何をいうにも年数のたったことではあり、こちらの年が年ですから、そんな現実的な事柄よりは、単に何となく嬉しくて、又悲しくて、家内の目を盗んでは、形見の懐中鏡と写真とを、眺め暮し、夢の様に淡い思出に耽るばかりでした。

淡い思出に耽るばかりでした

しかし、人間の心持は、何と妙なものではありませんか。そんな風に、私の思いは決して現実的なものではなかったのに、ヒステリィとはいいながら、これまでさして厭にも思わなかった家内のお園が、際立っていとわしくなり、すみ子が睡っている三重県の田舎町が、そこへ一度も行ったことがないだけに、不思議にもなつかしく思えるのですね。
そして、しまいには、巡礼の様なつつましやかな旅をして、すみ子のお墓参りがして見たいとまで願う様になったものです。こんな風のいい方をしますと、今になっては身体がねじれる程いやみな気がしますけれど、当時は、子供の様な純粋な心持で、本当にそれまで思いつめたものなんです。

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三重県の田舎町が、そこへ一度も行ったことがないだけに、不思議にもなつかしく思えるのですね。

田中から聞いた、彼女の優しい戒名を刻んだ石碑の前に、花を手向け香をたいて、そこで一こと彼女に物が言ってみたい。そんな感傷的な空想さえ描くのでした。無論これは空想に過ぎないのです。たとえ実行しようとしたところで、当時の生活状態では、旅費を工面する余裕さえなかったのですから…………。

で、お話がこれでおしまいですと、いわば四十男のお伽噺として、たとえおのろけとは云え、ちょっと面白い思出に相違ないのですが、ところが、実はこの続きがあるのですよ。

それを云うと、非常な幻滅で、まるきり他愛のない落し話になってしまうので、私も先を話したくないのですけれど、でも、事実は事実ですから、どうも致方ありません。ナニ、あんなことで自惚れてしまった私にとっては、いい見せしめかも知れないのですがね。

実はこの続きがあるのですよ
いったん広告です

私がそんな風にして、死んだすみ子の幻影を懐しんでいるある日のことでした。ちょっとした手抜かりで、例の懐中鏡とすみ子の写真とを、私のヒステリィの家内に見つかってしまった訳なんです。

懐中鏡とすみ子の写真とを、私のヒステリィの家内に見つかってしまった

それを知った時には、困ったことになった。これで又四五日の間は、烈しい発作の御守をしなければなるまいと、私はいっそ覚悟を極めてしまった程でした。

ところが、意外なことには、その二品を前にして、私の破れ机の所に坐った家内は、一向ヒステリィを起す様子がないのです。そればかりか、ニコニコしながらこんなことを云うではありませんか。

「まあ、北川さんの写真じゃありませんか。どうしてこんなものがあったの。それに、まあ珍しい懐中鏡、随分古いものですわね。私の行李から出て来たのですか、もうずっと前になくしてしまったとばかり思っていましたのに」

まあ珍しい懐中鏡、随分古いものですわね。私の行李から出て来たのですか

それを聞きますと、私は何だか変だなとは思いましたが、まだよく分らないで、ぼんやりして、そこにつっ立って居りました。家内はさも懐しそうに懐中鏡をもてあそびながら、
「あたしが、この組合せ文字の刺繍を置いたのは、学校に通っている頃ですわ、あなた、これが分って」
そういって、三十歳の家内が妙に色っぽくなるのですよ
「一造のIでしょう。園のSでしょう。まだあなたと一緒にならない前、お互の心が変らないおまじないに、これ縫ったのですわ。分って。どうしたのでしょうね。学校の修学旅行で日光に行った時、途中で盗まれてしまったつもりでいたのに」

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一造のIでしょう。園のSでしょう。

という訳です。お分りでしょう。つまりその懐中鏡は私が甘くも信じ切っていたすみ子のではなくて、私のヒステリィ女房のお園のものだったのです。

園もすみも頭字は同じSで、飛んだ思い違いをした訳です。それにしても、お園の持物がどうしてすみ子の所にあったか、そこがどうも、よく分りません。で、色々と家内に問いただしてみましたところ、結局こういうことが判明したのです。

色々と家内に問いただしてみましたところ

家内が言いますには、その修学旅行の折、懐中鏡は財布などと一緒に、手提の中へ入れて持っていたのを、途中の宿屋で、誰かに盗まれてしまった。

途中の宿屋で、誰かに盗まれてしまった。

それがどうも、同じ生徒仲間らしかったというのです。私も仕方なく、すみ子の弟との邂逅のことを打開けたのですが、すると家内は、それじゃこれはすみ子さんが盗んだのに相違ない。
あなたなんか知るまいけれど、すみ子さんの手癖の悪いことは級中でも誰知らぬ者もない程だったから、じゃきっとあの人だわと云うのです。

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すみ子さんの手癖の悪いことは級中でも誰知らぬ者もない程だったから

この家内の言葉が、出鱈目や感違いでなかった証拠には、その時にはもう抜き出してなくなっていた、鏡の裏の私の写真のことを覚えていました。それも家内が入れて置いたものなんです。

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「それも私」

多分すみ子は、死ぬまで、この写真については知らずにすぎたものに相違ありません。それを彼女の弟が、気まぐれにもてあそんでいて、偶然見つけ出し、飛んだ感違いをした訳でしょう。

つまり、私は二重の失望を味わねばならなかったのです。第一にすみ子が決して私などを思ってはいなかったこと、それから、若し家内の想像を誠とすれば、あれ程私が恋いしたっていた彼女が、見かけによらぬ泥坊娘であったこと。

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見かけによらぬ泥坊娘であったこと

ハハハハハハ、どうも御退屈さま。私の馬鹿馬鹿しい思出話は、これでおしまいです。落ちを言ってしまえば、この上もなくつまらないことですけれど、それが分るまでには、私もちょっと緊張したものですがね。

(終わり)

この作品は青空文庫収録「モノグラム」(江戸川乱歩)を元に、旧かな遣い・旧漢字を変更しデイリーポータルZのレイアウトで読みやすいように改行と写真を追加しました。
また、作中に登場する衣装、煙草などの小道具は現代のものに置き換え、それにあわせて表現を変更しています。

元の青空文庫の情報です
底本:「江戸川乱歩全集 第3巻 陰獣」光文社文庫、光文社
   2005(平成17)年11月20日初版1刷発行
底本の親本:「創作探偵小説集第四巻 湖畔亭事件」春陽堂
   1926(大正15)年9月
初出:「新小説」春陽堂
   1926(大正15)年6月
※底本巻末の平山雄一氏による註釈は省略しました。
入力:金城学院大学 電子書籍制作
校正:門田裕志
2017年9月24日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

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