複雑な領域で人間の意思決定能力を超えるAIの出現により、将棋や囲碁、チェス、ストラテジーゲームなどでAIが人間を凌駕するようになりました。そんな中、チェスの駒運びからプレイヤーが誰なのかを高い精度で特定できるAIが発表され、オンラインチェスにおけるプライバシーが脅かされているのではないかと危惧されています。
Detecting Individual Decision-Making Style:Exploring Behavioral Stylometry in Chess
(PDFファイル)https://papers.nips.cc/paper/2021/file/ccf8111910291ba472b385e9c5f59099-Paper.pdf
AI unmasks anonymous chess players, posing privacy risks | Science | AAAS
https://www.science.org/content/article/ai-unmasks-anonymous-chess-players-posing-privacy-risks
2021年にトロント大学の研究チームは、機械学習モデルによってチェスのプレイスタイルから個人を特定する技術を発表しました。研究チームは、オンラインチェスサイトのLichessで少なくとも1000回以上対局したプレイヤーの5000万試合以上の棋譜を用意し、その中から最大32手をサンプリングしてコード化してAIに学習させました。そして、約3000人のプレイヤーから1人当たり100試合分の棋譜と、約3000人から選出した1人が新たに行った100試合分の棋譜を、最初の15手分を隠した状態でAIに分析させました。
その結果、AIは86%の精度で選出されたプレイヤーを特定することに成功したそうです。なお、AIを使わずに同様の推測を行ったところ、その精度はわずか28%だったことから、AIの分析精度が高いことがわかります。
この研究プロジェクトの主任研究者であるアシュトン・アンダーソン氏は、一般的なチェスAIはほとんど「異質なスタイル」でプレイするので、学習やスキルアップを目指す人々にはあまり有益でないと述べています。アンダーソン氏は、チェスの学習やスキルアップで求められるのは個々のプレーヤーのプレイスタイルに合わせたアドバイスであり、そのためにもAIがプレイヤーのユニークなフォームをとらえる必要があるとしました。
しかし、同じ研究チームに属するレイド・マクロイ=ヤング氏は。このAIにプライバシー侵害のリスクがあることを認識しており、オンライン上の匿名のチェスプレイヤーの正体を暴くために使われる可能性があると指摘しています。マクロイ=ヤング氏はAIを調整すればポーカーでも同じことが可能になるほか、理論的にはデータセットさえ用意できれば運転の癖や携帯電話を使うタイミングや場所から人物を特定できるだろうと述べています。
ハーバード大学バークマン・クライン・センターの弁護士であるアレクサンドラ・ウッド氏は、「プライバシーの脅威は急速に高まっている」と述べ、責任を持って研究が行われるのであれば、AIによるプライバシー侵害が注目されるという意味で今回の研究結果は有用だとしています。
研究が発表された神経情報処理システム会議(NeurIPS)の主催者は、チェスAIでプレイヤーを特定するという研究は技術的に素晴らしいものの倫理的には問題があると考えており、プライバシーリスクについて詳しく言及することを条件に研究発表を認めたと述べました。
なお、アンダーソン氏はAIのソースコードを公開しないことを表明しています。
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