先日、フジドールEという薬品の製造中止がアナウンスされた。写真用のモノクロフィルムを現像するための薬品だ。
僕はずっとこの薬品を使ってモノクロフィルムを現像してきた。このデジカメ全盛の時代にどうしてフィルムなのか、しかもカラーではなくモノクロの。そう聞かれたら迷わず「おもしろいから」と答える。撮影して自分で現像、焼付けをするのは、単純にデジタルよりもおもしろいのだ。だけど世の流れは残酷で、そんな少数の写真好きの居場所もどんどんと狭くなっているのが現状。
これは困った、ということで代用できるものはないかと探していたところ、なんとコーヒーでいけるという話を聞いた。まじかよ。
※2007年2月に掲載された記事を、AIにより画像を拡大して加筆修正のうえ再掲載しました。
なんとかならないものか
もちろん他社から出ている現像液を使えば問題は解決なわけだけれど、これだけ急激にモノクロ分野が縮小されている現状を見ると、他の製品だっていつ打ち切られるかわかったものではない。こうなったら来る日に備えて自分で薬品を調合できないものだろうか。
思い立って現在市販されている現像液の成分を調べてみたところ、どうやら現像に使われる主な薬品はハイドロキノン、メトール、フェニドン、この3種らしい。なんじゃそりゃ。残念ながらひとつも心当たりがない。
そんな中、なんとコーヒーで現像ができちゃう、という明るい話題を入手した。一気に身近だ。なんでもコーヒーには現像液の成分であるハイドロキノンが少量ではあるが含まれているというのだ。コーヒー、おまえいつの間にそんなの含んでいたのか。
しかし本当にコーヒーで現像ができるのならばこれはかなり素晴らしい。いつでも手に入るし、市販の現像液よりは体にも環境にもよさそうだ。早速試してみることにした。
コーヒー現像を試すために、モノクロフィルムを2本撮影した。なにせ初めてのことなので1本はデータ取りの現像テスト用に、もう1本が本番用ということだ。
ポイントはアルカリ性
現像自体はコーヒーに含まれるハイドロキノンで進行させるわけだけれど、その現像力というのは溶液がアルカリ性であるほど強くなる。そこでまずコーヒーをアルカリ性に傾けなくてはならない。
身近にあるものでアルカリ溶液を作るには重曹が便利だ。重曹は炭酸水素ナトリウムなので、そのままではアルカリ度は非常に弱いのだけれど、加熱することで炭酸ナトリウムに変化し強いアルカリ性を示すようになる。
重曹を加熱するとぶくぶくと泡が出てくる。重曹はケーキを焼くときに膨らし粉として使ったりするが、あれは加熱したときに発生する二酸化炭素が生地を膨らましているのであって、つまりこれと同じ現象がケーキの中で起きているわけだ。今回の記事は全般的にマニアックなので、一生懸命に身近な事柄に置き換えようとしています。
加熱を続けると発泡が全体に広がり、これがおさまると炭酸ナトリウムができあがる。
こちらが完成した炭酸ナトリウム。見た目は重曹となんら変わりがないが、水に溶かすと強いアルカリ性を示す。
ここまで淡々と進めてきたが大丈夫だろうか。僕は一人じゃないですか。
なにはともあれ化学って面白い、いま素直にそう思っている。高校の頃はあんなに苦手だったのに、こうやって目的をもって臨むとなんて有用な学問なのか。いま嫌々勉強している人も、いつかこういう日が来るかもしれないのでぜひがんばってください。
アルカリコーヒーを作る
それではさらに化学を続けます。フィルムの現像環境にはpH10くらいが理想的だ(pH7が中性なのでpH10というのはかなり強いアルカリ性)。1リットルの水に炭酸ナトリウムを10グラム溶かすとだいたいpH10くらいになるはずなので、今回は余裕をみて1リットルの水に20グラムの炭酸ナトリウムを溶かしてみた。このあたりになってくると日常にたとえ話が見つからない。
さてここでいよいよコーヒーが登場する。安定した性能で試すため、コーヒーは市販のインスタントを使う。どの銘柄が現像に向くのか、つまりハイドロキノンを豊富に含んでいるのか、もちろん商品にはそんな記載はないので、冷たい水にもさっと溶ける、といううたい文句の商品を買ってきた。ティースプーンで計量したコーヒーを炭酸ナトリウム溶液で溶かす。
できた現像液はまるでコーヒーだった。試しに飲んでみたかったのだけれど、そうとう強いアルカリ溶液のはずなので止めたほうが懸命。強いアルカリはたんぱく質を分解するので当然体によくない。アルカリ性の温泉につかると皮膚がぬるぬるするのは、古い角質がアルカリで溶けているのだよ。
ではいよいよこのアルカリコーヒーを使ってフィルムを現像してみよう。テスト用のフィルムはダークバッグとよばれる簡易暗室の中で短くカットして現像用タンクに詰めた。
いよいよコーヒー現像の開始です
現像タンクは上から現像液を注ぎいれられるようになっているので、ここからアルカリコーヒーを注ぐ。普通の現像液だったら注ぐときにこぼさないようかなり気を使うところだが、今回はコーヒーなので適当で大丈夫。
現像で大切なのは液温と現像時間。今回液温は35度付近で固定、現像時間は20分と設定した。これらの数字にまったく根拠はないのだけれど、市販の現像液を使う場合が26度で5分くらいなので、かなり余裕をとって設定している(温度は高いほど、時間は長いほど現像は進行する)。
現像中は1分毎にタンクを振って撹拌する。フィルム周りの現像液を入れ替えるのだ。これを20分間繰り返す。
そして得られたフィルムが上の写真。うっすらとではあるが、ちゃんと像が見えているのがわかる。なんと現像が成功しているのだ。正直こんな見事にできるとは思っていなかった。
ちゃんとできてるぞ
コーヒー浴を終えたフィルムはいったん水洗いをし、定着液という薬品に通す。定着液は像以外の部分を透明にする。今回は市販の定着液を使っているが、こちらも時間があったらなにか代用品を見つけたいものだ。
定着を終えて完成したコーヒーフィルムがこちら。かなり薄いがちゃんと像が浮き出ているのが見える。コーヒーよ、よくやった。
テスト用のフィルムはいくつか条件を変えて現像した。左の写真は上からコーヒーをティースプーンで1杯、2杯、3杯とそれぞれ加えたもの。いずれも水温35度で現像時間は20分。一番下のフィルムはコーヒー3杯で現像時間を40分に延ばしたもの。薄くてわかり難いが、コーヒーの量は像の濃さにはさほど影響していないように見える。コーヒーの量が増すとフィルム全体が茶色くなるが、これはコーヒーに含まれるタンニン等の成分がフィルムを着色したのだろう。
テスト現像の結果を踏まえて(あまり踏まえていないが)、最適条件はコーヒーをティースプーンに3杯、現像時間40分とすることにした。
最適条件下で本番用フィルムを現像した。かなり薄いネガではあるものの、ちゃんと像が見えている。このネガを使って得られたモノクロプリントが下の写真。かなりコントラストの薄いプリントになってしまったが、これは撮影の際に光の量を調節することである程度改善できそうだ。
楽しいよ、自家現像
本当にコーヒーでフィルムが現像できるということが確かめられた。この先、市販の現像液がなくなってしまっても、この世にコーヒーと重曹がある限り現像ができるわけだ(その前にフィルム自体がなくならないか心配だけど)。
どうだろう、自家現像。やってみたくなったでしょう。市販の現像液以外では、コーヒーの他にアスコルビン酸を含む液体でも現像が可能だという。アスコルビン酸というのはいわゆるビタミンCなので、緑茶とかハイチオールCとかでもできる可能性があるということだ。この簡単デジカメ時代だからこそ、わざわざ面倒くさい方法で写真を作ってみてもおもしろいんじゃないかと思います。