世界初の「ブタの心臓を移植された男性」の死因にブタ由来のウイルスが関わっている可能性が浮上

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2022年1月、アメリカのメリーランド大学医療センターで世界初の「ブタの心臓を人間に移植する手術」が行われ、男性患者は移植後しばらく生き続けたものの、やがて容体が悪化して手術から2カ月後の3月に亡くなりました。この男性患者の死因について、執刀医のバートリー・グリフィス博士が「ブタ由来のウイルスが関わっている」という可能性を明らかにしました。

Signs of an Animal Virus Discovered in Man Who Received a Pig’s Heart – The New York Times
https://www.nytimes.com/2022/05/05/health/pig-heart-transplant-virus.html

Man who received landmark pig heart transplant died of pig virus, surgeon says | Maryland | The Guardian
https://www.theguardian.com/us-news/2022/may/06/man-landmark-pig-heart-transplant-death-pig-virus

Pig virus may have contributed to death of man with 1st porcine heart transplant | Live Science
https://www.livescience.com/pig-virus-heart-transplant-death

臓器移植はいくつかの深刻な病気を治療する唯一の手段ですが、移植可能な臓器の数には限りがあるため、移植を待っている間に死亡してしまうケースが問題となっています。そこで注目されているのが、動物の臓器を人間に移植する「異種間移植」であり、2021年9月には「ブタの腎臓を人体に接続する実験」が成功しました。

そして2022年1月7日、ついに世界初の「ブタの心臓を人間に移植する手術」がメリーランド大学医療センターで行われました。一般的なブタの組織細胞には、人間の体内で急性拒絶反応を起こすα-galという糖分子を生成する遺伝子がありますが、アメリカの再生医療企業であるRevivicorが開発したドナー用のブタはα-galを生成しないように遺伝子組み換えされており、移植後の拒絶反応を防ぎます。実験の被験者となったのは、重度の心臓病を抱えるデビッド・ベネットさんという57歳の男性で、健康上の問題から人間の心臓を移植することができなかったため、ブタの臓器を移植する実験に同意したとのこと。

世界初「ブタの心臓」を人間に移植する手術が行われる – GIGAZINE


ベネットさんへの移植手術は成功し、術後は体力を回復させる理学療法に参加したり、家族と一緒に時間を過ごしたりしていました。ところが手術から約40日が経過した頃にベネットさんの容体が悪化し、医師の処置も功を奏さず3月8日に亡くなりました。

世界初「ブタの心臓」を移植された男性が2カ月後に死亡 – GIGAZINE


これまで「ベネットさんの正確な死因は調査中」とされていましたが、4月20日に開催されたウェビナーにおいて、グリフィス博士は「移植された心臓に感染していたブタ由来のウイルス」がベネットさんの死を引き起こした可能性があると明らかにしました。

グリフィス博士によると、手術後にさまざまな血液検査でベネットさんの健康状態を調査していた医療チームは、手術から20日が経過した時点で「ブタサイトメガロウイルス」というウイルスのDNAを検出したとのこと。血液から検出されたDNAが低レベルであったことから、医療チームはこれを実験室内のエラーと判断したそうですが、手術から43日後にベネットさんの容体が悪化。検査の結果、ベネットさんの血液中に存在するブタサイトメガロウイルスのDNAレベルが急上昇していることが判明したそうです。

ベネットさんの容体悪化は、ブタサイトメガロウイルスに感染して何らかの病気を発症したことが原因ではなく、血液中のブタサイトメガロウイルスに免疫系が過剰に反応した「サイトカイン放出症候群(サイトカインストーム)」の可能性が高いとみられています。「個人的には、ベネットさんは炎症爆発に反応して毛細血管漏出を起こし、それが心臓を浮腫で満たし、浮腫が繊維性組織に変化して、重度で回復不可能な拡張期心不全に陥ったのではないかと考えています」とグリフィス博士は述べています。

ブタサイトメガロウイルスは人間に感染しないとみられていますが、ブタの免疫系がない状態ではブタの心臓内で増殖し、血液に入り込んで炎症反応を引き起こす可能性があるとのこと。もちろん、医療チームはブタの心臓に病原体があるかどうかを移植手術前に検査していましたが、こうした検査は活動的なウイルスを検出するだけであり、積極的に活動せず臓器に潜伏していたウイルスは検出できないそうです。


なお、一部の専門家はベネットさんの死の原因をすべてブタサイトメガロウイルスに帰すことに慎重です。ベルリン自由大学のウイルス学研究者であるJoachim Denner氏は、「この患者は非常に重度の病気でした。これを忘れてはいけません……ウイルスが寄与したのかもしれませんが、それが唯一の理由ではなかったかもしれません」と述べています。

今回の移植手術は残念な結果に終わりましたが、ベネットさんの死が移植した心臓に含まれるウイルスによって引き起こされたのであれば、慎重なブタの飼育や事前スクリーニングの徹底でリスクを避けられるとのこと。グリフィス博士は、「私たちはベネットさんがなぜ亡くなったのかを学び始めています」「これがウイルスの感染であれば、将来的には予防できる可能性が高いです」と述べました。

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