前教皇が「この世の裁判」を受ける時:ベネディクト16世の訴訟問題

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名誉教皇ベネディクト16世は、大司教時代に聖職者の未成年者への性的虐待問題に関連して「適切な対応をしなかった」という理由で犠牲者から訴えられた。それに対し、同16世はドイツ・バイエルン州のトラウンシュタイン地方裁判所に自己の立場を弁護する意思があることを伝達したという。この結果、法廷が同16世への申し立てなしで欠席判決を下すという事態は回避される見通しだ。同裁判所広報担当者が8日、明らかにした。ベネディクト16世側は大弁護団を形成して裁判に臨むことになるという(ただ、同16世自身が出廷するかは不明)。

第265代教皇べネディクト16世 Wikipediaより

事の経緯を簡単に説明する。ベネディクト16世は教皇に選出される前はヨーゼフ・ラッツィンガー枢機卿と呼ばれ、バチカンでは久しく“教義の番人”といわれ恐れられてきた教理省長官(前身・異端裁判所)を務め、新ミレニアムの西暦2000年の記者会見では教会の過去の不祥事をヨハネ・パウロ2世に代わり正式に謝罪するなど、コンクラーベ(教皇選出会)で教皇に選ばれる前から世界のローマ・カトリック教会の中心的人物として活躍してきた。

問題は、教皇前の話だ。同枢機卿は1977年から1982年までドイツのミュンヘン・フライジンク大司教区の大司教だった。そこで起きた聖職者の未成年者への性的虐待問題に対し、「適切に対応せずに隠ぺいしていた」と指摘した報告書が今年1月20日に公表された。そして犠牲者の1人が今夏、トラウンシュタイン地方裁判所に民事訴訟(いわゆる宣言的訴訟)を起こしたわけだ。

同報告書はミュンヘン大司教区が弁護士事務所WSWに要請し、1945年から2019年の間の聖職者の未成年者への性的虐待問題の調査を実施したものだ。報告書によれば、ベネディクト16世は大司教時代、「少なくとも4件、聖職者の性犯罪を知りながら適切に指導しなかった。1人の神父(ペーター・H)は1980年、エッセン司教区で性犯罪を犯してミュンヘン大司教区に送られたが、その後も聖職を継続し、29人の未成年者に対して新たに性的犯罪を繰り返した。当時大司教だったラッツイガー大司教は同神父を治療のために病院に送ることには同意したが、同大司教や他の教会指導者たちは神父への制裁を回避した。その結果、教会指導者として未成年者や青年たちを守るという責任を果たさなかったという(「前教皇は聖職者の不祥事に対応せず」2022年1月22日参考)。

ドイツのローマ・カトリック教会司教会議(DBK)のゲオルグ・ベッツィンク議長(Georg  Batzing)は1月30日夜のARDのトークショーで、1月20日に公表された報告書を受け、ラッツィンガー大司教が適切に対応しなかったことについて、「自分の対応は間違いだったと認め、犠牲者に対し謝罪を表明すべきだ」と述べた。ドイツ出身のローマ教皇として、ドイツでは絶対的な信頼を受けてきたベネディクト16世(在位2005年4月~2013年2月)の「過去」問題について、ドイツ司教会議のトップの発言が報じられると、教会内外に少なからず衝撃を与えた。

同報告書では当時大司教だったラッツィンガー枢機卿は被告人としてではないが、聖職者の未成年者への性犯罪に対する対応で「意図的な遅滞」があったという疑いが指摘されている。厳密にいえば、性犯罪の共犯者の立場にあたる容疑だ。今回の報告書ではベネディクト16世のほか、フリードリヒ・ヴェッター枢機卿(1982~2007年)やラインハルト・マルクス枢機卿(2008年以降)ら、ミュンヘン大司教区の過去の責任者の名前も出てくる。

ドイツではケルン大司教区、トリーア司教区などで聖職者の性犯罪が次々と明らかになっている。その影響は教会信者の教会離れを加速させている。独ローマ・カトリック教会司教会議(DBK)が6月27日、ボンで公表した2021年の教会統計によると、35万9338人の信者が昨年、教会から脱会した。22万1390人だった2020年に比べ、教会脱会者が約62.3%と大幅に急増したことが明らかになった。この傾向は今後も続くものと予想されている(「独カトリック教会、脱会者が急増」2022年6月29日参考)。

教会の性犯罪は個々の聖職者が犯す犯罪だが、教会上層部がその事実を隠ぺいし、結果的にその犯罪を広げてきた。聖職者の性犯罪は教会組織の問題と言わざるを得ない。『告白の守秘義務』、そして『聖職者の独身制』といった教義、伝統が聖職者の性犯罪の温床となっていることは間違いないだろう。

宗教団体の中で刑事訴訟を含む民事訴訟の件数からいうならば、カトリック教会は残念ながら断トツに多い。民事訴訟は、教皇以外では最高位の枢機卿を含め、司教、神父、教会合唱隊の関係者、寄宿舎関係者などが直面している。「民事訴訟件数が多いからといっても、それは個々の聖職者の問題で、組織とは関係ない」という声があるが、カトリック教会の組織構造やその運営、歴史を少しでも理解すれば、教会とその関連施設内での性犯罪は個人の犯罪というより、教会が生み出した犯罪という面が大きい。米教会では聖職者の性犯罪への賠償問題で破産に追い込まれた教区も出てきている。

ベネディクト16世が今回の訴訟問題でどのように弁護するかは世界のカトリック教会の今後にも大きな影響を与えるだけに、注視される。ところで、ベネディクト16世が教理省長官時代、米国の教会では多くの聖職者が未成年者への性的虐待を犯してきた。同16世はその時、その事実を知りながら対応しなかったとして、米国では犠牲者が同16世に対して集団訴訟の動きがあるという。95歳の高齢の名誉教皇にとって、人生の終わりを前に、「この世の裁判」に次々と呼び出されているわけだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年11月10日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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