「米国に次の LVMH を作りたい」:ナーダムのマット・スキャンラン氏は静かにブランド帝国を築いている【ファッションブリーフィング】

DIGIDAY

「米国に次のLVMHを作りたい」。マット・スキャンラン氏は、この夏の初めにそう電話で語った。

アメリカのファッション企業のトップが、そのように業界を支配する地位にまで会社を成長させるという目標を口にするのは、これが初めてではない。だが、スキャンラン氏が何をどのように築いているのか、彼の説明や実績を振り返れば、これは呆れるような発言ではない。

急成長中のナーダム・コレクティブ

あまり知られていないナーダム・コレクティブ(Naadam Collective)は、2019年にファッションの寵児からD2Cブランドとなったタクーン(Thakoon)の買収とともにキックオフした。現在は6つのブランドで構成されていて、7つ目のブランドが契約段階にあり、9月末までに契約が成立する予定だ。

今年、同グループは黒字化し、「数億ドル」の売上を達成する予定である。5年以内にさらに5〜10ブランドを買収し、各ブランドが年間平均7500万ドル(約104億円)から1億5000万ドル(約207億円)の収益を上げられるような規模に成長させ、10億ドル(約1385億円)を達成するという計画だ。ブランドのナーダムや、ファッションインフルエンサーのアリエル・チャーナス氏が創業したポートフォリオブランドのサムシングネイビー(Something Navy)といったアウトライヤー(外れ値といえるほど高い成長を続ける企業)は、3億ドル(約415億円)から4億ドル(約554億円)に達する可能性があるとスキャンラン氏は言う。

9月上旬、ナーダム・コレクティブは、ブランド買収を目的とした7500万ドル(約104億円)の現在進行中の資金調達ラウンドを完了する予定だ。スキャンラン氏によれば、単一のブランドは市場の乱高下に対して脆弱だが、財政基盤が健全なグループ企業は投資家にとってより安全な賭けだという。この先に何が待ち受けているのかはわからないが、創業者と投資家の双方にとって重要なアドバイスは、守りの姿勢で行動せよ、ということだ。

異彩を放つD2Cのカシミヤアパレルブランド

スキャンラン氏と彼の大学時代の友人ディードリック・ライセマス氏も、D2Cモデルを確立した創業者だ。ふたりは2013年にカシミヤのアパレルブランドであるナーダムを立ち上げ、市場競争力のある価格、デジタルマーケティング、魅力ある創業者のストーリーといったD2Cでおなじみのツールを駆使してブランドを活性化した。ナーダムのストーリーは、ふたりの創業者がモンゴルのゴビ砂漠を旅行した際に、現地の遊牧民と親しくなったことを中心に展開している。2017年、ニューヨークのソーホーで行われたブランド初のポップアップは、モンゴルのユルト(テント)を模してデザインされていた。その後ナーダムは、ショックバリューのあるマーケティングキャンペーンに専念し、飽和状態の市場で目立つことに成功した。2018年にはニューヨークの歩行者をブランド初の常設店舗に誘導するために、交尾しているヤギの写真を使ったワイルドポスティングを活用している。

プライベートエクイティ企業ヴァンテッラキャピタル(Vanterra Capital)の創業者でマネージングパートナーのシャド・アジミ氏によると、ナーダムとスキャンラン氏が成し遂げている成功は、一から築き上げたものだという。ヴァンテッラは、ナーダムブランドへの最初の機関投資家であり、現在までに合計で調達資本の3分の2となる同社への4つの投資ラウンドを率いている。アジミ氏はナーダムの役員を務めている。彼がスキャンラン氏と初めて会ったのは、オフィスとして使われていたエレベーターも冷房もない建物の6階だったそうだ。「彼はカシミアの箱に囲まれていた」とアジミ氏は振り返る。ナーダムへの投資を決めたのは、スキャンラン氏が「非常に優れたビジョンがあるだけでなく、ビジネスを運営する戦術的な仕組みにも長けている」という稀有な性質を併せ持っていたことも理由のひとつだ。さらに、ライセマス氏をはじめ、彼を取り巻くチームもよかった。

「私は通常、この会社のようなアーリーステージの企業の役員にはならない」とアジミ氏は言った。しかし、彼はこの会社が、一般的なD2Cブランドの売上上限である2000万ドル(約28億円)から3000万ドル(約42億円)を超えて成長する可能性を見出していた。

D2Cの時代の波に乗りつつも、常に多様な流通をキープ

マーケティングに多額の投資をしたことで、ナーダムというブランドは羽ばたいていった。だが特にこの2年半、同社を支えてきたのはそれだけではない。いわゆるD2Cモデルにも同じことが言える。D2C時代の波に乗りながらも、常に多様な流通を維持してきたことが、同社の強みとなっているのだ。

「eコマースは、企業がブランドを構築し、顧客と交流するための有意義なチャネルだ」とスキャンラン氏は言う。「だが(キャッシュフローを確保するために)今後のブランドは、卸売との関係、小売の拡大、プライベートブランドの代替、オフプライスチャネル、そしてもちろんeコマースなどを活用する必要がある。顧客がどこにいても対応できるようにするには、あらゆる場所に同時に進出しなくてはならない。ナーダムは設立初日からそれを実践してきた」。

eコマースビジネスの顧客獲得にかかる過去のコストは、「毎年赤字でもいいというのでない限り」もはや持続可能なものではない、とも彼は付け加えている。過去にナーダムは収益性よりも成長性を選び、年間100〜250%の収益増を実現していた。「しかし、100%の成長が望めないこの環境では、重要なのは利益だ」。

投資に値するのは、単に優れた製品を持つブランド

ナーダムブランドの構築と同様に、ナーダム・コレクティブを準備する上でスキャンラン氏にとって役に立ったのは、リテールエグゼクティブのジェイク・サージェント氏とともに2017年に立ち上げた投資ファンド、マジックアワー(Magic Hour)での経験だった。同社は、美容ブランドのトゥルーボタニカルズ(True Botanicals)やネセセール(Nécessaire)など、アーリーステージの主に消費者向け企業に対して「十数件」の投資を行っている。

スキャンラン氏はナーダム・コレクティブを「次世代のD2Cブランドのための持ち株会社」と表現し、「ESGと環境への影響を中核とする」企業を結束させている。それらの企業は流通の多様化や顧客中心主義を実践しており、ブランドと市場の適合性を証明している。初期のブランド買収はフォロワーがついているブランドであり、マーケティングの節約につながる原動力だ、とスキャンラン氏は2019年に語っている。しかしいまは、投資に値するブランドは単に優れた製品を持っている可能性があることだという。Z世代やミレニアル世代の顧客基盤も共通の要素だが、ポートフォリオブランドは成長段階に違いがある。

スキャンラン氏が最初にマルチブランド事業に乗り出すきっかけとなったのは、2019年にマイケル・コース(Michael Kors)とトミー・ヒルフィガー(Tommy Hilfiger)の元オーナーで億万長者の投資家サイラス・チョウ氏と彼の娘ヴィヴィアン・チョウ氏からタクーンを買収する機会を得たことだった。サイラス氏は現在もナーダム・コレクティブの投資家であり、役員でもある。

タクーンの直後に続いたのは、ノードストローム(Nordstrom)との独占契約中にその強さを証明したサムシングネイビーである。以降、ナーダム・コレクティブは、象の保護を支援する創業7年のアパレルブランド、アイボリーエラ(Ivory Ella)と、サステナブルなCPG製品を販売するeテイラーであるパッケージフリー(Package Free)を獲得している。最近ではこの5月に、海洋廃棄物を利用した衣料品やアクセサリーのメーカーのユナイデッドバイブルー(United by Blue)の買収を完了している。

ブランドのアイデンティティの維持を優先

今後はタイムリーな機会と、グループのポジショニングによる現在の価値——すなわち、市場の大きな変動と将来の不確実性の中でブランドに「セーフハーバー」を提供すること——に基づいて、買収活動に「より積極的に」なるつもりだと、スキャンラン氏は述べている。

「明らかに統合の必要性がある」と彼は言う。「現代のD2C分野は収益性や成長を促進するこの種のバックエンドサービスの共有に最適だ。お金をかけて自分たちでやろうとしているブランドと比較すると、このカテゴリーでは独特な存在だ」。

創業12年のユナイデッドバイブルーの創業者でCEOのブライアン・リントン氏は、買収以降「自分たちのブランド内で孤立している必要がなく、健全な財務を優先させることができるようになった」と語っている。

コレクティブは投資した会社に対し、ブランドや製品の開発への支援や流通などの機能をサポートする共有リソースを提供している。その一方で、各ブランドのアイデンティティの維持が優先される。

「LVMHの優れた点のひとつは、ブランドを進化させること。LVMHは製品と市場の適合性を見つけ、ブランドのアイデンティティを見出すためのフレームワークと基盤を提供し、その成長を通じてブランドをサポートしている」と、スキャンラン氏は指摘した。「ブランドとは独自性があるものだ。そして(米国の)ベンチャーキャピタルやプライベート・エクイティの世界において、ヨーロッパと同じような形でこのことを理解している人はひとりもいない」。

コラボレーションは競争よりも偉大

起業家がクリエイティブにみずからを表現することによって、「自分が得意とすることをやる」ことを可能にするパワーは、スキャンラン氏の最初の自社ブランドで証明されていると、アジミ氏は言う。「ナーダムを偉大にしたのは、彼らがやったあらゆることが、まったく枠にとらわれていなかったからだ」。

リントン氏は、1月にスキャンラン氏と取引に関する話し合いを始める前に、ミッションドリブンなブランドの持株会社を作るというアイデアも検討したという。コレクティブへの参加は、ポートフォリオブランドの共通の目標や、データ分析から製造施設(ナーダム・コレクティブは世界中に12の工場を持つ)にいたるまで、すべての「共有所有権」に基づいて決定した。そこには資金調達やサプライチェーンマネジメントも組み込まれている。

「常に、コラボレーションは競争よりも偉大だというメンタリティでいる」とリントン氏は語った。「自分のチームも私自身もかなりオープンだし、フィードバックを受けることで、自分たちを改善し、ブランドの軌道をよりよい方向に変えていきたい。この仕事を始めたとき、ブランドを構築することがこれほど困難だとは思わなかった」。

ブランド創業者に買収の提案をするときに必要な「ソフトタッチ」がスキャンラン氏にはある、とアジミ氏は言う。「彼は、ほかの起業家が経験しているようなあらゆる困難を乗り越えてきた。だから、その経験の立場から話をしている」。

コレクティブ傘下のブランドは国際的な展開を視野に順調に成長

また各ブランドのニーズに基づき、ナーダム・コレクティブの経験豊富なリテールエグゼクティブのチームがあらゆるレベルのビジネスでサポートを提供する。CEOのスキャンラン氏に加え、エグゼクティブにはCOOのライセマス氏、そして8月25日時点でチーフコマーシャルオフィサーに就任したショップボップ(Shopbop)とジェットブラック(Jet Black)のベテラン、サラ・サセイ氏がいる。同社はまた、小売業者といった流通パートナーとの関係も含め「リレーションシップの機会」を共有している。2023年にはナーダムブランドは国際的な展開を試験的に行って、同グループのほかのブランドが続くための土台を築こうと計画している。同社では将来の成長をサポートするために、専任スタッフを増強している。

ナーダム・コレクティブはすでにグローバル企業であり、世界各地に広がるオフィスはそれぞれ特定の分野に特化している。生産と品質管理は北京で行い、財務と物流関連はアムステルダムでライセマス氏が監督している。米国では、ニューヨークにナーダムの国際本部、ロードアイランド州にフルフィルメントとカスタマーサービス、そしてフィラデルフィアの新しいオフィスは、以前ユナイテッドバイブルーがあった場所だ。

現在、ナーダム・コレクティブ傘下の各社は、平均して「健全な2桁の成長率」で伸びているとスキャンラン氏は述べている。一方、サムシングネイビーは昨年30%の成長を遂げた。2022年は損益ぎりぎりかわずかな赤字になるだろう。8月19日には、同ブランドは値上げを含むリニューアルを行い、商品とアートディレクションを刷新した。スキャンラン氏によれば、これは同ブランドにとって今年最大の製品ローンチデーとなった。顧客の平均注文額は400ドル(約5万5000円)で、以前のローンチ時の2倍になり、ROAS(広告の費用対効果)は16:1に達している。Webサイトでのコンバージョン率は4%で、マーケティングによってリピーターを惹きつけている。同ブランドは今秋にかけて、デジタルと屋外での広範囲におよぶマーケティング戦略で新規顧客の獲得に注力する予定だ。また、年末までは毎月のように商品をリリースしていく。

より先進的なアプローチのビジネスモデル

ナーダム・コレクティブのビジネスモデルは、「AmazonやShopify(ショッピファイ)のようなバイ・アンド・ビルドのプラットフォーム」にくらべて、より先進的なアプローチを取っているとアジミ氏は言う。

「それらの企業は下請け事業を購入し、連結EBITDAによってより高い出口倍率が得られることを期待している。しかし(ナーダム・コレクティブのように)事業を統合してはいない」。

第三者から見ても、スキャンラン氏がそこに到達するのは容易ではなかった。スキャンラン氏との最近の電話での会話では、家族と旅行中にもホテルの部屋で仕事をしていると話している。普段の仕事ぶりを尋ねると、「24時間働いているんだ。夜3、4時間くらいしか寝ない。夕食は1日1食、基本的に食べるのはそれだけ」。

しかしそれはグチではない。「自分は勝ちたい」と彼は言う。「構築することが好きだ。自分がやろうとしていることが好きだし、一緒に仕事をする仲間のことも大好きだ。こうしたあらゆることが、望むなら何世代も続くような、何か本当に特別なものを築くためのプロセスの一部なんだ」。

次世代を代表する企業を目指す数少ないD2C創業者

D2Cアパレルブランドの創業者はいまや数えきれないほど存在するが、その会社が世代を代表する影響力を持つという意味で、次の有力なコングロマリット、あるいは次のGAP(ギャップ)になるべく前進しているブランドリーダーはほとんど存在しない。もちろん、後者はこの分野のすべての起業家の目標ではないし、多くの起業家は、小売に対する真の情熱に突き動かされているのとは反対に、会社を成長させてキャッシュアウトしたいと考えていて、金儲けのチャンスに目の色を変えている。明らかに後者に属するのはスキャンラン氏のように、自分が率いた会社で成功するブランドの手法を発見し、厳選した協力者たちと一緒にその手法を活かして他の会社を立ち上げた少数の創業者たちである。そうした人物に、フレーム(Frame)の共同創業者イェンス・グリード氏がいる。彼はスキムス(Skims)のような消費者向けブランドとも取引している持株会社ポピュラーカルチャー(Popular Culture)も所有している。また、6月にデレク・ジーター氏とともにアスレチックブランドのグレートネスウィンズ(Greatness Wins)をローンチしたアンタキット(Untuckit)のクリス・リッコボーノ氏も、同様の志を抱いているようだ。

ナーダム・コレクティブについてリントン氏は、「この事業全体の中核にあるのは、ただブランドに対する愛情だけだ」と語っている。「クリエイティブ、セールス、パートナーシップなど、あらゆる面でブランド構築に対する非常に大きな情熱があふれている。ブランド創業者だけができる方法で、自分たちが創り出すブランドについて常に語ることができるということが活力になっている」。

[原文:Fashion Briefing: Naadam’s Matt Scanlan is quietly building a brand empire]

JILL MANOFF(翻訳:Maya Kishida 編集:山岸祐加子)

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