OTTの台頭や、CTVなどのデバイスの浸透、それに伴う広告モデルや視聴環境の変化。動画メディアはいま大きな岐路に立ち、特に従来型のテレビは根本からその在り方が問われている。
日本国内でも、民放公式ポータルのOTTである「TVer」が2020年11月に運用型広告プラットフォーム「TVer広告」を提供開始。2022年4月11日からは地上波で放送するテレビ番組をネットで同時配信する地上波リアルタイム配信を解禁し、いわゆる既存の「テレビ」の枠組みにとらわれない取り組みに乗り出している。
TVerで事業戦略およびサービス企画開発の責任者を務める取締役の蜷川新治郎氏は、メディアビジネスを巡る状況が目まぐるしく変化・進化を続けるなかでも、「テレビが提供する『マス』コンテンツの本質的な価値は変わらない」と断ずる。その上で、デジタルでできることを当たり前のように提供していかなければいけないと、時代に合わせたビジネススキームの変革を訴える。フジテレビジョン コンテンツ事業部副部長の清水俊宏氏も「テレビ局のビジネスには、まだまだやれることがあると思う」と同意する。
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両氏は2022年3月17日に開催されたイベント「DIGIDAY PUBLISHING SUMMIT 2022」において、「テレビから見る、これからのメディアビジネスの行方」と題したセッションに登壇。互いに関わりの深い「テレビ」を軸に、メディアビジネス全体の未来についてトークを繰り広げた。
いま問われるテレビの真価、そして変革
若者のテレビ離れと言われて久しく、それを裏付けるようなデータも各所から発表されている。しかし、蜷川氏によると、パンデミック以降テレビへの接触時間は上がっているのだという。清水氏もアメリカにおける興味深い逆転現象を紹介する。
「アメリカではOTTの事業者が300社以上あり、25%の家庭が5つのサービスに加入している状況。その結果、視聴者の『サブスク疲れ』が起きた。さらに広告量が増えたことで、広告単価も下がっている。一方でテレビは視聴率が下がっているが、広告費は上がっている」。つまりアメリカでは、「デジタルはブランディングができないが、テレビはブランディングができる」という意識が醸成されつつあると清水氏は指摘する。
蜷川氏は日本と海外では市場の構造が異なるため一概にはいえないとしつつも、希少価値が高まればマーケットプライスも上がるという原則を踏まえれば、日本にもいずれその意識の変化は訪れるだろうと頷く。しかし、「希少価値が高まる」ことが「枠が減る」ことを意味するのであれば、「マス」というテレビの本質的な価値を失う可能性があることを意味すると訴える。
「テレビはこれまでほぼ100%リーチすることを強みとしてきたが、今後リーチは半分になってしまうかもしれない。しかしテレビ局が作っているのは、バーティカルに掘っていくコンテンツではなく、あくまで多くの人に流通させていく『マスコンテンツ』だ」とし、蜷川氏は続ける。「マスという言葉は押しつけ感がありあまり使いたくないが、我々が提供している本質的な価値は、テレビというメディアを通じて多くの人に同じ情報が行き渡り、同じ体験を共有してもらうことにあるはずだ」。
視聴率からこぼれたユーザーと向き合う
では、情報や体験の共有というテレビが持つ価値を最大限活かしながら、持続性のあるビジネススキームを構築するにはどうすべきなのか。蜷川氏は、いまはコンテンツが個人によってSNSで切り取られたりYouTubeにアップされることで、コンテンツ消費の主導権を「個人」が持っている時代だという前提が不可欠だと語る。
「従来は視聴率という都合のいい指標に頼り、テレビの前でリアルタイムに見ている視聴者にばかり向き合ってきた。しかし、それだけでは取りこぼしてしまう視聴者もいると理解しなければいけない。テレビのコンテンツもあらゆる棚で消費されるように、流通網を築く必要があるだろう」。
また、CTVの普及に代表されるように、人々の視聴環境は絶え間なく変化し続けていることも無視できない。「リーチの減少、チャネルの多様化という、マスコンテンツにとって不利な要素を補完するという意味で、TVer広告のようなターゲティング広告が重要になってくると考えている」と蜷川氏は付け加える。
取り組むべきは「テレビの自由化」
清水氏もテレビ業界人として、「我々は何を伝えるためにメディアをしているのか、という視点を大事にしている」と語る。その視点に基づき、次なるメディアの方向性を把握するために同氏が示すのが「メディア4.0」という考え方だ。
「Web2.0、Web3.0のようにインターネットやデジタルの世界における進化や価値観の変化をフェーズごとに区切っているが、私もメディアを4.0まで想定している」。清水氏によると「1.0」は「とにかくいい番組を作って、機能訴求でマスに届ける」というフェーズだ。「2.0」は「個々の視聴者に寄り添った番組を届ける」。「3.0」は「価値訴求」、つまり。見ることによって誰かの応援になるような、社会にとって役に立つコンテンツを作るフェースだ。「そしてメディア4.0までいくと、視聴者との共創活動を生み出していくことが目的になってくると思う」。
蜷川氏もその見解に同意しつつ、「そのフェーズで考えると、テレビのフェーズはまだ1.0から2.0になる段階」と私見を述べる。
「まず我々がやるべきことは、テレビの不自由さを解消すること。いまだにDXではなく、デジタル化に近い段階にとどまっている。しかし、その先の3.0以降になってくると視聴者とのコミュニケーションが生まれてくるはずだ。いわゆる『投げ銭』まであからさまではないにしても、そのコンテンツを見ることで好きなタレントの応援になる、利益につながるという仕組みは、もっと真剣に検討してもいいのではないだろうか。特にTVerのようなメディアだからこそ、そうした自由な志向が求められるはずだ」。
挑戦することを躊躇しない
テレビ局は、まだデジタルに対する「恐怖心」を払拭しきれていないと蜷川氏は言う。しかし、変わる機運は見えてきていると指摘する。清水氏も、「誰かが突っ走って成功事例がひとつでも出れば、みんな勝手についてくるだろう」とうなずく。
「私もいま自分が出演するYouTubeを始めている。始めるにあたって事前に上司には報告したものの、止められたら勝手にやろうと考えていた」と会場を沸かせつつ、清水氏はこう締めくくる。「結果的にこの挑戦による学びは大きく、失敗してもクビにはならないし、何かあっても上司に叱責されるくらいですむ。大きな変化を迎えている今だからこそ、業界全体で挑戦しメディアの未来を作っていきたい」。
Written by 小野和哉
Photo by 渡部幸和