元転売ヤー「法で規制するべき」 – 清水駿貴

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サプリメントや化粧品のサンプルをフリマサイトで転売し、月6〜7万円を稼ぐ−−

そんな行為を1年間続けていた元”転売ヤー”の30代女性は当時を振り返り、「人生全体で考えると時間の無駄だった」と後悔を口にする。

「転売自体は働き方のひとつだとは思います。でも、法による規制はあったほうがいい」。

彼女がそう語る背景には、行き過ぎた転売行為が例え”倫理的”に悪質であっても、”法的”な観点からは不正ではないグレーなケースがほとんどだという現状がある。

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一方で買い占めや価格吊り上げなどがたびたび問題となり、ニュースで「悪質な転売ヤー」の姿が取り上げられることも少なくない。

なぜ転売行為を法律で規制できないのか。現在の転売ヤーをめぐる状況をどう見ているのか。

当事者や専門家、そして政治の現場に話を聞いた。

※転売ヤー…転売とバイヤーを掛け合わせた造語

金欠がきっかけで転売ヤーに

山下あかねさん(33歳、仮名)が転売ヤーとして活動していたのは20代後半、きっかけは金欠だった。

当時、本業であるフリーのイラストレーターの仕事は不安定で収入に波があった。体調を崩しがちだったあかねさんにアルバイトをする余裕はなく、家賃分の月収を得ることも苦労する生活が続いていた。

そんな時に思い出したのが昔、知人に教えてもらった転売の方法だった。

あかねさんは教えてもらった通りに、インターネットで大手メーカーが販売するサプリメント試供の申し込みページを見つけ出す。名前などを少し偽って入力することで、試供サンプルを複数入手し、フリマサイトで販売した。

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月6〜7万円の収入も「振り返ると時間の無駄だった」

無料で手に入れた試供品がひとつにつき4000〜5000円程度で売れた。始めた最初の月は3万円が簡単に手に入った。

「こんなに楽なんだ」

あかねさんは同じように化粧品サンプルの転売も行うようになり、月6〜7万円が手元に入ってくるようになった。

「最初は『何が悪いの?』という気持ちでした。サイトを見ると同じようにサンプルがたくさん売られている。みんなやっているじゃんと」

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「そんなことやっているんだ…」 友人の言葉で生まれた罪悪感

転売を始めた当初はためらいを感じなかったというあかねさんだが、徐々に「自分のやっていることは正しい行為ではない」という意識が大きくなっていく。

近況を尋ねる友達に転売の話をすると「そんなことやっているんだ…」と冷ややかな反応が返ってきた。それを機にあかねさんは自身が抱いている罪悪感を自覚するようになる。

「転売を始めてから半年ほどの時点で『やめよう』と思いました。でも、『3〜4万円が欲しい』という気持ちは捨てられない。『いまだけ…』と自分に言い訳をしながらずるずると続け、結局1年ほど転売活動をしてしまいました」

サンプルの複数申し込みが発覚したことで化粧品会社から警告を受け、同時期にフリマサイトから1ヶ月間の出品停止の措置がくだった。それを機に転売から手を引くことを決めた。

元転売ヤーが「法規制をした方がいい」と話すワケ

転売ヤーとして活動していた時期から5年以上が過ぎたいま、あかねさんは「時間を無駄にしていた」と振り返る。

「無料サンプルが入手できるページの検索や梱包・発送といった出品作業などを含めると、自分が思っていたよりも多くの時間を転売活動に費やしていたんだと思います。あの時間をもっとイラストの勉強に費やしていたほうが、未来につながっていたはずなのに。当時は”楽だ”と浮かれていましたが、自分の人生を考えると価値があったとは思えません」

一方、1年間の転売活動を通じて転売ヤーの知り合いも増えた。

周囲にはトレーディングカードなどの転売で数百万円単位の収入を得ている人もおり、あかねさんは複雑な思いを抱く。

「個人的に転売を他人には勧めませんが、ひとつの働き方ではあると考えています。一方で”買い占め”などで困る人が出ている現実には違和感を覚えます。否定も肯定もできないというのが本音です」

だからこそ「転売の法規制」に対しては「した方がいいと思う」と口にする。

「行き過ぎた転売に対する批判も理解できますが、『違法ではないのになんでみんな批判するの?』という転売ヤー側の反論もわかります。ルールが曖昧のままでは、この状況が解決しない。各サイトの自主規制に頼っていても、結局、規制がゆるい場所に人が流れていくだけです。それならば、きちんと国が責任を持って法律を定めて何が良くて何が悪いのかを決めた方がいいと思います」

転売の法規制、各政党はどう考えている?

では、政治の現場は「転売を法で規制すること」をどう捉えているのだろうか。

BLOGOS編集部は自民、公明、立憲民主、国民民主、社会民主、共産、日本維新の会、れいわ新選組の8政党に「転売ビジネスへの法規制を必要と考えるか」とアンケート取材を行った。

国民民主、社会民主、れいわ新選組の3党が「必要あり」と回答。残り5党が「その他」と回答した。

「必要」な規制内容として、社会民主は「Amazonや楽天、メルカリといったプラットフォーム提供企業に対して、正式発売前の予約確保済新品や中古品の転売規制を促す理念法を制定し、権利である『経済活動の自由』を侵害しない形で転売規制をしていくことが最善」と述べる。

れいわ新選組は「需給がひっ迫し、高額転売が横行している物品については、適切に国民経済に供給が行き渡るように規制することが適切」と答えた。

また、「その他」を選択した政党の具体的な回答では

「ブロックチェーン技術等の転売防止技術の開発促進・支援を行うべき」(日本維新の会)
「チケット不正転売禁止法などの施行状況を確認し、必要に応じて対策強化を求める」(立民)
「物資については自由市場に委ねることにより、その最適配分がなされるべきであり、一般的に法規制は不要。ただし、国民生活の安定や経済の円滑な運営に重大な支障が生じるかその恐れがあると認められる場合は『国民生活安定緊急措置法施行令』により法規制が可能」(自民)
「事例ごとに、法規制を含めて検討すべき」(共産)
「転売全体への規制は、自由な競争環境を制限する可能性があるため、慎重な検討が必要。しかし、コンサートチケットなど希少価値の高い商品の価格を過度に引き上げ、転売ビジネスを行うことは、消費者などの利益を損なう行為であり、厳しく取り締まるべき」(公明)

と、事例や状況をみながら転売の一部規制を検討することが必要との答えが目立った。

転売ビジネス=悪ではない

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一方、専門家からは「法による一律の転売規制の実現は難しい」との指摘が上がる。

ゆら総合法律事務所の阿部由羅弁護士は「法律で国民の権利を制限する際には、合理的な理由が必要。そうでなければ憲法違反になる」と解説する。

ここでいう”国民の権利”とは自民や公明、社会民主党が回答のなかで「配慮するべき」と言及していた「経済活動の自由」、「自由な競争環境」、「自由市場」などの考え方と密接に関連するものだ。

日本国憲法22条では、職業選択の自由の一環として「営業の自由」が、29条では「財産権」がそれぞれ保障されている。

阿部弁護士は「転売による社会的悪影響が、営業の自由や財産権の法律による制限を正当化し得る程度に及んでいると評価できれば、転売規制も可能です。しかし、転売行為の内容・性質は様々なので、一律の規制は難しい」と話す。

「まず前提として”転売ビジネス=悪”ではありません。安く仕入れて高く売るというのはビジネスの基本的な形です。ただし、売る商品と方法、状況によっては大きな社会的問題が生じる場合があります」

その例のひとつが、コロナ禍の2020年3月15日〜8月28日、国民生活安定緊急措置法に基づいて施行されたマスク及びアルコール消毒の転売規制だ。

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「国民の生活の安定を確保する観点」(厚生労働省)から実施されたこの転売規制に関しては、自民、公明、社会民主、立憲民主、日本維新の会、れいわ新選組の6政党が「適切だった」とアンケート取材に回答している。

チケットの転売規制以上の法規制は困難

阿部弁護士は「転売の規制を行うとすれば、個別のケースごとに必要性・相当性を慎重に分析したうえで課す必要があります。

これに対して、例えば”常識外の高額な転売は全体的に禁止します”といった不明確または広範すぎる規制はできません」と話す。

現行の法律では、古物商による中古品の売買について定めた「古物営業法」や、2019年6月に施行された「チケット不正転売禁止法」によって一部の転売行為が規制されている。

古物営業法の場合は「盗品の売買防止」、チケット不正転売禁止法の場合は「文化及びスポーツの振興並びに国民の消費生活の安定に寄与する」という理由が経済活動の制限を行う根拠とされている。

阿部弁護士は「文化、スポーツ振興のために定価で幅広い人にチケットを行き渡らせたいという規制理由は少し弱い印象もありますが、これが法律による規制の限界事例とも考えられます。これを上回る厳しさの規制を設けることは今後、難しいのではないでしょうか」と話す。

民間企業のルールづくりが求められる時代に

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一方、阿部弁護士は「消費者の視点に立つと、一部の転売ヤーによる買い占めや過剰な価格吊り上げで倫理的な問題が生じているのは確か」と指摘。「今後はフリマサイトなどポータル側のルールづくりがより求められる時代になってくる」と予測する。

「立法による転売規制には必要性・相当性の厳しいチェックが必要であり、実現は非常に難しい。仮に規制の合理的理由があったとしても、法令の施行には時間がかかります。一方、ネットの普及でビジネスを取り巻く環境は急速に変化しています。そういった状況に社会が適応していく上で業界や各企業の対応は大きな意味を持つと思います」

悪質な転売を防ぐルールづくりを、国ではなく民間企業が自ら行う。そういった時代のなかでヒントとなり得るのが海外企業の取り組みだ。

アメリカ在住の流通コンサルタント後藤文俊さんは「テクノロジーの進歩が転売行為の抑止につながる」と語る。

例としてあげるのが、手のひらの情報を登録することで決済が可能になる米Amazon開発の生体認証決済「Amazon One」だ。このような生体認証を使用した商品売買が広がれば、販売個数の管理などが容易になり、「過度な買い占め行為を抑止することにつながる」と分析する。

続けて後藤氏は「AI技術の発展により需要と供給の適正化が進むことで、転売による極端な儲けが出しにくくなる」と言及。「テクノロジーの進歩により市場バランスの均衡がいまよりも保たれる社会が実現する可能性は大いにある」と期待を寄せた。