どんな市場でも、ましてやロシアのように国際的孤立を深めている国では、広告を止めると言うのは簡単だが、実行に移すのは難しい。
そう、広告を止めるのはかなり簡単だ(メディアプランからそれを引き揚げるのと同じくらい簡単だ)。しかし、その広告のために支払ったお金についてはそうはいかない。戦時中であっても法的拘束力を持つさまざまな協定が存在し、不可抗力条項では済まされない。広告主、エージェンシー、メディアオーナーのあいだで、この問題をめぐる会話が最近緊迫していることは言うまでもない。
「広告主がロシアでの広告を取りやめたと言っても、支払いを止めたという意味ではない」と、この問題についてクライアントと共に取り組んでいる法律事務所ルイス・シルキン(Lewis Silkin)のパートナー、ジョー・ファーマー氏はいう。「巨額の広告の流出コストがあり、彼ら(広告主)はそれを支払う必要がある」。
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広告主にとって広告の流出コストがどこで終わるかは、広告主の資金のうちどれだけがコミットメントに含まれているか、リアルタイムではなく事前購入されたメディアであるかなど、いくつかの要因によって違ってくる。このような取引に含まれる資金が多ければ多いほど、それを危機から切り離すのは困難になる。そうした資金はすでに、リベートと引き換えに、さまざまなメディアオーナーにコミットされており、そうしたリベートは節約分として調達に還元されている。いま手を引くと、その支払額の大きさをリスクにさらす恐れがあり、最悪の場合、訴訟の火種になりかねない。
クライアントの機密保持のため匿名を希望したあるシニアメディアバイヤーは次のように語る。「この資金は契約で決められており、破った場合には違約金が発生する。そのため、広告主がある国で事業を停止すると、メディアオーナーと取引が成立しない限り、多くの場合、資金が失われる可能性がある。我々のクライアントがロシアから撤退するとき、このような会話をしている。これらの取引の多くは、まだ使用するか、失うかに基づいて行われていることを覚えておいてほしい」。
ロシアでの地域的広告契約
この問題は、ロシアのように、広告主とメディアエージェンシーが、広域における契約と並行して地域契約を結ぶことが法律で義務付けられている市場では、特に深刻な問題となっている。このような市場では、請求書の発行や代金の回収(特に国境を越えた支払い)のプロセスは、結果として常に複雑なものになる。
(メディアエージェンシーを含む)グローバル企業は、第三国市場のクライアントに現地子会社を通じてサービスを提供することが一般的だが、クライアントに実際に請求するのはその親会社であることが多いからだ。このような場合、そして現在の制裁措置の場合、何がロシア企業で何がロシア企業でないのか、必ずしも明らかではない。このように複雑な状況になると、どのようなお金が止められていて、何が止められていないのかを把握することはマーケターにとって難題だ。
スパロウ・デジタル・ホールディングス(Sparrow Digital Holdings)のプリンシパルで共同創設者のアナ・ミルセビッチ氏は、「第三国市場にいる企業の多くは、給与計算やクライアントからの集金など固有の課題を抱えているため、すでにかなり欧米寄りの構造になっている」と述べる。
「先進的で、より統合された銀行システムがある国でない限り、それは悪夢となり得る」とミルセビッチ氏はいう。「そのため、こうした企業の多くは、基本的なビジネス機能が働く国や地域に集まってきている。つまり、中欧や東欧の企業の多くは、英国を拠点とする法人を持ち、ほかの地域に法人を設立して事業を継続している」。
簡単に言えば、ロシアでの広告停止は、物流ハードルと簡単には理解できない法律用語が入り組んだ巨大迷路のようなものだ。最高マーケティング責任者(CMO)の多くが、結果としてメディア取引の破棄ではなく一時停止を選択したのも不思議ではない。
もちろん、こうした企業も、ロシアをめぐる過去10年間の地政学的緊張を考慮し、以前からロシアでの緊急時対応策を用意していた。しかし、戦争を仕掛けた相手と取引を続けることは、風評被害から商業的コストまで、さまざまなリスクがある。もちろん、数量保証が果たせない場合に発生する可能性のあるコストは言うまでもない。特に、ロシアで広告を出さないことによる数量の損失は、ほかの場所の地域取引で補う必要があるかもしれない。一時的な中断は少なくとも、CMOが最悪ではない代替案またはもっとも後悔しなくてすむ選択肢に戻す方法を見つけ出すための時間稼ぎにはなる。
「マーケターは、ロシアでのメディアプランをキャンセルできるかどうかについてエージェンシーと話し合い、契約上の合意や決定の一部は、現地での合意に依存することになるだろう」とファーマー氏はいう。「ロシアでの広告を止めることは、マーケターにとって方程式の一部でしかない。舞台裏では、法的に停止できないという理由で停止されなかった可能性がある、あらゆる種類の合意や計画がある」。
戦時下のオンライン広告
ただし、オンライン広告の場合、事情は多少異なる。オンライン広告は、主に、セルフサービスツールを介して、事前にではなくリアルタイムで購入されているため、簡単に停止できる。
実際、ロシアのウクライナ侵攻が始まったとき、オンライン広告は最初に停止された広告のひとつであり、たとえばP&G、ハイネケン(Heineken)、ペプシコ(PepsiCo)などの企業は、広範に及ぶ事業停止の一部として広告を停止した。ここは、ビジネス分野のなかでは失うものが、もっとも少ない。
ロシアのような中規模の広告市場であればなおさらで、広告を掲載した結果得られるはずだった収入の損失を除けば、広告を取り止めることで発生するコストはゼロだ。たとえば、ロシアはWPPのビジネスにとっては1%未満であり、Facebookの広告収入の約1.5%を占めるに過ぎない。
とはいえ、たとえ広告主が活発に活動していたとしても、ロシアには購入できるメディアはあまりない。戦争が始まって以来、Googleからワーナーメディア(WarnerMedia)に至るまで、最大手のメディアオーナーはすべて、ロシアでの広告スペースの販売を停止している。残っているのは主に国営のものだ。これらの企業からメディアを購入することは、侵略を支持していることの証とみなされる可能性がある。
スタグウェル(Stagwell)の最高経営責任者(CEO)、マーク・ペン氏は、「(欧州でビジネスが減速しているかどうかについて)判断するのは時期尚早だ」と述べる。「事態がどう展開するかもわからない。パンデミックが発生したときは電話が鳴りっぱなしで、(クライアントから)『仕事を止めろ! キャンセルだ!』と言われた。しかし、いまはそのようなことは起こっていない。この先も起こらないとは言えないが、いまは起こっていない」。
いまのところ、この休止期間がいつまで続くかは分からないが、限界は来る。広告主に事前のコミットメントを守らせる前に、メディアオーナーが広告主に与えられると感じている余裕には限りがある。
「メディアオーナーのなかには、2022年後半の四半期までそれらの契約を持ち越すことを良しとするものがいるが、そのことが自分の利益に影響を与え始める前に、現実的にどのくらいのあいだ持ち越せるかの決定はまだ下されていない」と、エージェンシーのシニアバイヤーは語った。
[原文:The advertiser exodus from Russia is going to get awkward]
Seb Joseph and Ronan Shields(翻訳:藤原聡美/ガリレオ、編集:長田真)