露軍事専門家が「腑に落ちない」 – BLOGOS編集部

BLOGOS

ロシアのウクライナ侵攻から2週間が経過した3月9日、日本記者クラブで、東京大学先端科学技術研究センター専任講師でロシアの軍事戦略を専門とする小泉悠氏が、プーチン大統領の思惑やロシアとベラルーシとの関係性、ウクライナに今後考えられるシナリオについて1時間40分にわたって語りました。

BLOGOS編集部では全編を文字起こしして会見の内容を紹介します。

会見の後半はこちら
【全文文字起こし②】ロシア軍事戦略の専門家・小泉悠氏がウクライナ侵攻を解説

Getty Images

まず会見冒頭で小泉氏は、今回の侵攻を“戦争”と認めていないロシア側の説明について解説。ユダヤ人のゼレンスキー大統領が率いる政権をプーチン氏は「ナチスそのもの」と表現するなど、“あまりにツッコミどころが多い”と疑問を呈します。

一方で、ロシア側のロジックには、プーチン氏が論文で示していた「ロシア中心主義的」な主権観が表れているといいます。

また小泉氏は、侵攻当初は「もっと早くロシアは勝つだろう」と考えていたことを明かします。

これまでのロシアの軍事思想や演習に基づいて考えると、今回の侵攻当初の動きは「不可解」だと指摘。その後も「グズグズ、グズグズ、中途半端な侵攻」といった展開になっているといいます。

一方、専門家として意外だったのは、ロシアに協力するように立ち回るベラルーシの存在でした。ベラルーシでは、核を持ち込ませないことなどを規定した憲法18条が、先月末の改正で削除されてしまっていました。

トピック
・ロシア側が「戦争」と認めないロジック
・プーチン大統領の軍事思想を読み解く論文の存在
・腑に落ちないプーチン大統領の行動
・ウクライナ侵攻に想像以上の時間を要している背景
・決して弱くはないウクライナ
・意外だったベラルーシの立ち回り

――――――――――――――

共同通信社

ただいまご紹介に預かりました、東大先端研の小泉でございます。どうも本日よろしくお願いします。いま杉田さんからお話ありました通り、大体ロシアのウクライナ侵攻から2週間ぐらいが経とうとしているわけですね。当初ロシアが攻め込む直前であるとか、攻め込んだ1番最初の時期というのは本当に世界がショックを受けて、私のところも1分おきに電話が鳴ってるようなものすごい注目を集めたわけですけども。そこから2週間経ってみると何となくの方向性といいますか、全く何もかも訳が分からないという感じではなくなってきたように思います。ある程度ショックから冷めてきたといいますか。ですのでこの事態を立ち止まって全体を見渡してみるのにちょうどいい時期なのではないかと思っています。

戦争とは認めないロシア

これは戦争なんですよね。当たり前じゃないかといえば当たり前なんですけど。つまり戦車が投入されて、戦闘爆撃機が爆弾を落として、巡行ミサイルが発射されて。それを戦争といわなければ何なんだという話ではあるんですが、ところがロシアはこれを戦争と呼んでいないんですよね。あくまでも特別軍事作戦であるというふうにしか言っていなくて。

ロシアのメディアでもこの今回の件を戦争というふうに呼ぶと当局から指導が入ったりとか、睨まれるという状況になっているわけですね。これは何なのかっていうと、要するにロシアの言い分としては、戦争と呼んでしまうとこれは国連憲章違反になってしまうということなんだと思うんですよね。つまり何か問題があるときにそれを戦争で解決しようとする行為というのは基本的に戦後禁じられてきたわけです。

それに対して、ロシアの言い分は何かというと、いくつかあるんですけど、ひとつは今のウクライナのゼレンスキー政権がウクライナの中にいるロシア系住民を組織的に虐殺しているんだということですね。なので今のゼレンスキー政権はナチスなんだというふうにロシア側は言っています。これは開戦前にプーチン大統領が行った2つの演説の中ではっきりナチスって言っているんですね。ナチス的ではなくてナチスそのものなんだというふうに言っています。でもこれもおかしな話で、ゼレンスキー大統領はユダヤ人ですからね。ナチスっていうことはないと思うんですが、しかしそうだと言っている。

もうひとつはウクライナが核兵器を密かに作っているんだっていうことを今回プーチン大統領は主張しています。これは核兵器を、核拡散の脅威があって、これはロシアとの関係のみにおいてではなくて、ヨーロッパにもアジアにも脅威になる問題なのだと、これもプーチン大統領ははっきり述べています。こういったような理由から今はウクライナの政権の存在そのものが危険なのだっていうことなんですよね。だからつまり何か問題解決をしにいくというよりは、その危険を除去する。ロシアと国際社会にとって危険なものを排除しにいく自衛的な行動なんだと。だから特殊作戦なんだというふうにロシア側のロジックは組み立てられているわけです。

ツッコミどころが多いロシアのロジック

AP

これは反駁しようと思ったらあまりにもツッコミどころが多い話ではあって、さっきのそもそもユダヤ人のゼレンスキーをナチスと呼ぶ杜撰さとかもそうですし、じゃあウクライナ東部でロシア系住民が虐殺されてるというんだったら、何で今までそれを国際社会に訴えなかったんですかっていう話ですよね。

これはこの前テレビに、ロシアのガルージン大使と小野寺五典元防衛大臣が出られたときにもまさにそういう話になっていましたけど、そんなことが行われているんだったら、ナチスのユダヤ人虐殺に匹敵するようなことが行われているんだったら、なぜロシアは国連常任理事国として、公式に国連の場とかに持って行って解決しようとしなかったんですかっていうのは当然疑問が浮かびますし、核兵器を作っているんだったらこれも同様ですよね。なんで今まで黙っていたんですか、開戦3日前の21日になって初めてそんなこと言い出したんですかということは聞いてみたい。

それからIAEA自身がウクライナの核開発疑惑というのは、そういう兆候は判明していませんと否定しているということで、どちらかというとやっぱりこういった様々な開戦直前に持ち出されてきた理由というのは相当方便に近いんじゃないかという印象を持たざるを得ないわけです。少なくともそれに関して説得的な証拠というものはロシア側から示されていないわけですね。

他方で何か他にロシアの真意があるだろうというのは当然恐らくそうなんだと思っています。ロシア自身、多分、ドンバスでロシア系住民が虐殺されていると思っているわけではないんだと思うんですよね。

プーチン氏の論文から見えること

そういう観点でいうと、よくいわれるのは昨年7月12日に発表されたプーチン大統領の論文ですね。プーチン大統領はときどき論文を書くんですよね。もちろんこれは学術的なものではないんですけども、例えば1999年大統領代行になったときですね。つまりこれから大統領になるというときに書いた「千年紀のはざまにあるロシア」という論文であるとか、2012年、つまり首相から大統領に復帰してくるときですね。そのときに選挙キャンペーン中に書いた7本の論文があって、これはいわゆるプログラム論文と呼ばれている、つまりこれから先2012年から先の私の任期でこんなことをやりますということを分野別に色々書いたんですね、プーチンさん。国防とか経済とか、社会と旧ソ連政策とか色々あったわけですけども。

そういった形でこれまでプーチンさんは自分の考えっていうのを文章にして体系的に述べることを好むリーダーだったと思います。今回も書いてきたんですけど、ちょっと異例だなと思ったんですね。いま申し上げてきたようにプーチンさんが長い論文を書くときというのは、キャリアの節目なんですね。これから自分の任期を始めるにあたって、こういう方針でやるということを示す。

政策綱領的にものを書くということが多かったと思うんですけど、今回は去年、つまり2021年7月ですから、大統領選まではまだ先ですよね。大統領選は24年3月ですから、そういう選挙キャンペーンの時期というわけでもない。そういうときにこれから先何をする、というよりは、去年の7月のプーチン論文というのはずっと過去を振り返っているわけですね。過去を振り返って、あれ多分本当にプーチン大統領は自分で一生懸命歴史の本を読んだんだと思うんですよね。大統領府のペスコフ報道官も大統領はこのコロナ禍の間に相当歴史の本を読んだのだということを言っていますから、多分プーチン大統領は自分で勉強して、それの成果としてああいうものを書いたんでしょうが。

言っていることは歴史的に見てつまりロシア人とウクライナ人というのは分けられないのであると。不可分の同じ民族なんだということをその中で主張しているわけですね。私は歴史学者ではないのでここでプーチンさんがいっていることがどのくらい正当なのかどうかっていうことは何とも判断しがたいんですけれども、そういうことを言った上で何を主張しているかっていうところは論じられると思います。つまり今存在するウクライナというのはボリシェビキのときに作った行政区分にすぎないと。それがソ連崩壊によって独立して国家になってしまったんだとプーチンは主張するわけですね。私なりの言葉にすると、ウクライナっていうのはあれは手違いで独立国になっているんだっていうニュアンスが非常に強いわけです。

さらに現在のウクライナ政権に関してプーチンは何て言っているかというと、本来我々はこんなにも近しい同一の民族である、ソ連崩壊後も協力は続けてきたのに、現在のウクライナの政権というのは完全に西側の手先になり下がっているではないかと、強い憤りを示すわけですね。例えば政治的に見てもアメリカ、EUに完全に従属させられてしまっているであるとか、ゼレンスキー政権は非常に腐敗していて、ウクライナの富をみんな西側に流しているんだとかですね。それから軍事的にいうとNATOにこそ加盟していないかもしれないが、アメリカの軍事顧問団が入ってきているし、いずれロシアを脅かすようなミサイルが配備されるかもしれないではないかと。プーチンは細かいミサイルの名前も挙げながら論じているんですよ。「SM6を配備すれば」とかですね。以前からプーチンさんは軍事とか核抑止の問題には関心があるんだろうなと思っていましたけど、この論文なんかを読んでも彼なりに関心を持っているんだろうということが再確認されたような気がします。

で、いずれにしてもそういったことを並べ立てたうえで、最終的な結論としては、いまこんな状態なのでウクライナの主権というのは西側によって不安定化させられているのである。で、ウクライナが真に主権を取り戻そうと思ったらそれはロシアとのパートナーシップを通じてしかないのであるというふうに論じているわけですね。これはつまり西側の手先になっているからウクライナは主権が不安定化させられている、まあこれは分からないわけじゃないですよね。

「同盟に入る国、大国に頼る国に主権はない」

それにプーチンさんは以前、ドイツは主権国家ではないと言ったことがありますよね。2017年だと思いますけど、つまりそのときにプーチンが述べたことというのを要約すると、どこか同盟に入っている、大国に頼っている国というのは、フルで主権を持っていないのだと。自分で自前で安全保障を全うできる国だけが本当の主権国家なのであって、それは一例としてそのときプーチンが挙げたのはインドと中国なんですよね。要するに非同盟の核保有国だけが本当の主権国家であるということをプーチンは言ったことがあります。だからそういうプーチン的な世界観とか、主権観とかからすると、西側に頼ろうとする、つまり欧州大西洋世界との統合を志向するウクライナというのは自ら主権を放棄した、あるいは西側によって主権を奪われた国であるということになるのかもしれません。ロシアのロジックでいうとですね。

だけどそこでウクライナが主権を取り戻すためにはロシアとのパートナーシップを通じてしかないのだというのはどう解釈するかっていうのはなかなか難しいと思うんですよね。つまりここまで申し上げたようなロシア的主権観からするならば、ロシアとのパートナーシップ、つまりロシアとウクライナを1:1で比べたら圧倒的にロシアの方が強いわけですよね。それはつまりロシアによって今度は主権が制限されるっていう話になるんじゃないかと思うんですけど、プーチン論文の中ではそれこそウクライナが本当に主権を取り戻す道なのだというふうに言われているわけです。

だからこれはそもそもロシアとウクライナは一体なんだということを受け入れろと。そうすればロシアの一部として強い主権を発揮することができるという話なのだろうというふうに私は解釈しています。いずれこれはどういう意味なのかはそのうちもしもプーチンが語ってくれたらいいなと思いますけども、今は恐らくそういうことをプーチンは語ってくれる雰囲気はないので、私の解釈でこういうふうに今のところ理解しておきたいと思います。

ですからここで言っていることっていうのは、確かに非常に大国中心主義的であったりとか、ロシア中心主義的であったりはしますけど、恐らくロシア取材なんかされてきた方にとってはそんなに別にびっくりするような内容ではないと思うんですよね。昔からロシアの民族主義者たちはこういうことを言ってきたし、ロシアの思想界の中にも連綿とこういう思想というのはずっとあったわけですよね。

タイトルとURLをコピーしました