「罰」「無理ゲー」と表現されるほど、ハードな日本の子育て環境。今そこで、改善のためのダイナミックな変化が起きている。それを牽引するのは30〜40代、まさに子育て世代の人々だ。過酷な状況に異議を申し立て、地道に確実に、社会と制度を動かしている。
1月27日夕、『デジタル庁×こども家庭庁への提言! 若者・子育て支援のDX「デジタルソーシャルワーク」とは?』と題するYouTubeのライブイベントが開催された。
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デジタル庁とこども家庭庁といえば、岸田内閣が菅前内閣から引き継いだ話題の新設省庁。現代日本で喫緊の対策が求められる二大アジェンダの本丸だ。
主催したのは、親子の笑顔をさまたげる社会課題の解決に取り組む認定NPO法人のフローレンス。
代表の駒崎弘樹氏がファシリテーターを務め、デジタル副大臣兼内閣府副大臣の小林史明氏と、LINEチャット経由の若者支援事業「ユキサキチャット」を運営する認定NPO法人D×P(ディーピー)・今井紀明理事長の2名が登壇した。
「【ライブ配信】『デジタル庁×こども家庭庁への提言!若者・子育て支援のDX「デジタルソーシャルワーク」とは?』(認定NPO法人 フローレンス)」より
ライブ視聴は無料で、登壇者は視聴者からのリアルタイムの質問にも回答。重要政策を手がける閣僚級の政治家と社会起業家が、画面越しに視聴者を交えて、デジタルと社会福祉の現在とこれからについて意見交換を行なった。
DX時代の最新形を示すイベントをルポしよう。
「窓口申請」がハードルになっている日本の福祉
イベントのタイトルにも含まれるDX(デジタル・トランスフォーメーション)とは、デジタル技術による生活やビジネスそのものの変革を意味する。
時を争ってDXに取り組む大企業も少なくない今、それを社会福祉系のNPOが率先して議論することを、意外に感じる人もいるだろう。
なぜ社会福祉にデジタル化が必要なのか? なぜNPO法人が政治家と議論するのか?
イベントは、そういった疑問への駒崎氏の回答から始まった。
「今の日本の福祉は『窓口での申請型』です。つまり、支援を必要とする人はそこにたどり着くまでに、自分で情報を探し利用可能か判断して、役所へ申し込みに行かなくてはなりません」
この「役所での申し込み」の手続き自体が、物理的・心理的ハードルとなり、支援の必要な人を福祉から遠ざけてしまうのだ。
例えばフローレンスでは、自治体や企業と協働して経済的に苦しい世帯に食品を届ける「こども宅食」の事業を行なっている。利用者はすぐにでも行政の支援が必要な状況に置かれているにも関わらず、その8割もの人々が「自治体に支援を求めたことがない」という実態があった。
デジタル技術のフル活用でハードルを外す
「支援にたどり着く」ことが難しい日本の現状を改善するために、今、福祉業界で重要視されているアクションがある。支援する側がそれを必要としている人々を見出す「アウトリーチ」と、その人に必要な情報を届ける「プッシュ」の二つだ。
だが今の日本は高齢化・過疎化が進み、子育て支援に掛けられる予算そのものが削減された自治体もある。アウトリーチ型・プッシュ型の支援が望ましいと知っていても、実現・運用するリソースが足りない。厳しい現実が立ちはだかっているのだ。
「その課題は、デジタル技術のフル活用で解決できます」
駒崎氏はそう語り、DXによる福祉の課題改善の例を挙げた。フローレンスが兵庫県神戸市と連携し、チャットアプリによるプッシュ・アウトリーチ型の支援を実現した「おやこよりそいチャット」のサービスだ。
同サービスではまず、「こども宅食」の希望をLINE経由で受け付ける。フローレンスは申し込みを機に、利用者とゆるやかな会話でつながりを作っていく。続いてその会話から、支援が必要と思われる面を見出して、関連情報を送付(プッシュ)する。利用者とのチャットを担うのは、福祉系の資格を持つ「デジタルソーシャルワーカー」たちだ。
アプリを使うことで手軽かつ気軽な交流の機会を作り出し、支援の必要な親子と提供のタイミングを見極めて、自発的に接触(アウトリーチ)できる。デジタルソーシャルワーカーの業務はオンライン対応なので、全国どこからでも勤務できる利点もある。
自前の予算や人材の不足する自治体も、NPOと連携することで、このシステムの利用が可能になる。そうしてプッシュ・アウトリーチ型の支援をよりコンパクトな人材や予算で導入できる、というわけだ。
「孤立する人に、迅速に」を可能にするDX
デジタル技術を用いて、社会福祉を改善する。このような『デジタルソーシャルワーク』の事例は、子育て以外の分野でも生まれている。イベントでは駒崎氏に続き、認定NPO法人D×P・今井氏が若者支援での実例を発信した。
今井氏のDxPもまた、LINEを用いた支援で実績を上げている。対象は不登校や中退、経済的な事情などで進学・就職・生活不安を抱える若者たちだ。
「基本的には10代を対象にしていますが、相談者には20〜25歳の若者も多く、全体の半分以上が1人暮らし。親に頼れないために孤立しがちな子が相談に来ています」
D×Pは、2019年に無料相談サービスをスタート。2020年3月に700人だった登録者は、コロナ禍の影響もあり、21年末には7000人と急拡大した。「匿名・相談回数無制限・相談員は固定」の原則で相談を受け、現金や食糧の緊急給付を含めた具体的な支援で信頼を集めている。
そして今井氏にも駒崎氏と同様、支援の現場にいるからこそ見える課題があった。
「この場で、デジタル庁に提案したいことがあります」
事例紹介に続いて今井氏は、もう1人の登壇者である小林デジタル庁副大臣に語りかけた。
年齢や障害、知識の有無に関係なく、誰もが制度にアクセスできるwebサイト。自分に合った制度が探せるチャットボットなどのシステム構築。
時間がない人でも相談や申請ができるようなオンライン化の推進。スムーズに制度を利用するために、申請後の状況が把握できる仕組み……。
現状の公的制度におけるデジタル面での不足を、制度設計の中核にいる副大臣に直接、具体的に訴えたのだ。
デジタル(D)よりも変革(X)が大切
民間のNPOからの事例紹介と提言に続き、イベントは登壇者のパネル・ディスカッションに移る。まずは駒崎氏が小林氏に問いかけた。
「国として考えている、福祉のDXとはなんでしょうか?」
イベント開始から約20分間、2人の話にじっと耳を傾けていた小林氏が答える。
「DXというとデジタル(D)が注目されがちですが、大切なのは後ろのトランスフォーメーション(X)、つまり変化のほうなのです」
小林氏は内閣府副大臣を兼任し、規制改革・行政改革を同時に担当している。これは「デジタルによって社会を変える」という、現政府の明確な意志の表れとも言えるだろう。
では、その意志のもとで具体的に、福祉をどう変えるのか。
駒崎氏が先に述べた「窓口への申請主義」から「プッシュ型」への大転換を、「一番大きい目標」と小林氏は明言した。
「戦後、組織ベースで発展してきた日本の福祉は、企業や家庭など所属組織を介した制度となっています。だが、社会の成熟や技術の進展で、社会が多様化し、課題も複雑化しています。福祉のDXに必要なことは、組織ベースから個人ベースに起点を転換していくことです。」
申請型からプッシュ型へ。組織から個人へ。国とNPO団体で問題意識が共有されていることが、明確に伝わった一幕だ。
政府の「データ取り扱い」に国民が抱く不安
牧島かれんデジタル相(共同通信社)
「その福祉改革のためにはデータが重要ですが、現在、個人の困りごとはほとんどデータ化されておらず、蓄積もされていない状況です」
間髪を入れず、小林氏に課題を提示したのは駒崎氏だ。加えて、国のデータ取り扱いに対して国民が抱える不安に言及した。背景には今年1月中旬、「教育データの一元化」報道(※)に対して国民から上がった強い批判の声がある。
※…デジタル庁は2022年1月に総務省、文部科学省、経済産業省と連名で「教育データ利活用ロードマップ」を発表。学習履歴や授業の出欠状況など個人の教育データについて2025年ごろまでにデジタル化し、自治体・民間企業・団体と連携してそのデータを利活用する内容だ。その計画が「教育データの一元化」と報道され、利用目的に具体性がないなど、ネットユーザーを中心に多くの批判の声が上がった。なおロードマップ内(P42)では「国が一元的にこどもの情報を管理するデータべースを構築することは考えていない。 」と明記されている
「目的が明確に示されずに『個人情報を活用する』とだけ言われるのは気持ちが悪いですよね」
駒崎氏の”直球”に一定の理解を示しつつ、小林氏は応答した。
「政府がなぜ福祉分野で教育や税に関するデータを使おうとしているかというと、個人の困りごとに予防的にアウトリーチしたいからです。日本の個人情報保護法は目的外の利用が全くできないほど厳しく、福祉においても本人の同意をもらえたデータのみを使用します。目的を明確化し、国民の皆さんにしっかり情報共有して進めていきたい。教育データの利活用も、そのように進めていくべきと思います」