北京五輪の裏で続くウイグル問題 – 宇佐美典也

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元経産省官僚の宇佐美典也さんに「私が○○を××な理由」を、参考になる書籍を紹介しながら綴ってもらう連載。第26回のテーマは、中国国内で起きるウイグル問題について。長年世界中から問題視されながら終わりの見えない人種差別の問題についてです。宇佐美さんは米国人ジャーナリストが実態を綴った著書を読んで、「日本も“米中の技術冷戦”に参加しなければならない」と感じたといいます。

私がウイグルの現状を知り日本も“米中の技術冷戦”に参加しなければならないと思った理由

Getty Images

北京オリンピックが終わった。

日本選手の躍進は喜ばしく、個人的には平野歩夢選手の演技を見てる際には「すげー人が空飛んでる」などと年甲斐もなくあんぐり口を開けて感動してしまい、他にもジャンプやスケートといった競技での悲喜こもごものドラマには心動かされ、相変わらずオリンピックの上質なエンタメ性を感じた次第である。ただ水を差すようなことを言って申し訳ないのだが、どうにも開会式、閉会式だけは見る気がしなかった。

というのも、今回のオリンピックが平和の祭典と言われるとどうしても、中国国内のウイグル弾圧の問題がちらつき、疑問符を付けざるを得なかったからである。もちろんだからといってそれで競技大会としてのオリンピックの価値自体はいささかも落ちるものではないので、冒頭に書いたように競技自体は個人的に楽しんだのだが、国家としてのセレモニー的な要素が強い開会式、閉会式はどうしても見る気がしなかったということである。

ただ私自身、実際にウイグルでどのようなことが起きているかは、断片的な情報で大まかにしか承知していなかったし、「日本が関わって得することはない」という認識でいたこともあり深く知ることを避けていたところがあるので。4日にはパラリンピックの開幕も控える今、この機にこの問題とも向き合ってみようと「AI監獄ウイグル」という本を読んでみた。

市民の相互監視システム、家の中に監視カメラ……

Photo by Alejandro Luengo on Unsplash

この本は著者であるジェフリー・ケイン氏が2017年8月から2020年9月までに168名のウイグル関係者に行ったインタビューをベースに21世紀に入ってからウイグルで何が起きたかをまとめたものだが、その内容は背筋が寒くなるようなもので絶句した。本書の主人公であるウイグル族の女性・メイセムの身に起きたことを一部まとめると以下のようになる。

1990年代:
・ウイグルにおいて平穏な少女時代を送る。

2000年代初頭:
・高校にてインターネットに出会う。
・この時期インターネットの影響でウイグル地区に、民族主義、イスラム教、中国の共産主義思想、欧米リベラル思想など異なる種類の文化的な目覚めがあり内部で対立、派閥争いなどが始まる。

2007年:
・メイセムは全国統一模試で優秀な成績を収め、北京の大学に合格。大学入学後、外交官を目指すも社会には漢族によるウイグル族に対する差別があり、重要なポストは漢族にほぼ独占されていたのでその道が厳しいことに気づく。

2009年:
・ウイグルにて大規模な騒乱が起きる。
・他方メイセムは大学においてウイグル族を代表する知識人、イリハム・トフティに出会い感銘を受ける。

2013年:
・ウイグル族の数名が天安門にて自爆テロ。
・メイセムは社会科学の学位を得て北京の大学を卒業。トルコの大学院に進学する。

2014年:
・夏休み、ウイグルに戻る。
・この頃からIDによる住民管理が強化され始める。住民は政府が取得した各種個人情報により「信用できる」「普通」「信用できない」三段階に格付けされ、「信用できない」と評価された場合はガソリンを購入する権利が剥奪されるなど不利益処分を受ける。
・ベールなどイスラム教の伝統的な衣装を着ることは警察を刺激すると考え、外出時は赤い服を着るなどの対策を始める。
・中国政府がイリハム・トフティを国家分裂罪で起訴、無期懲役刑が確定する。

2016年:
・夏休み、再びウイグルに戻る。
・この頃には各世帯が十世帯単位程度に相互監視し合う「地域自警システム」が始まる。各世帯の玄関には管理のためのQRコードが貼られるようになる。
・胃腸炎にかかって寝込んでいたら共産党員である班長が家に来て「近所から通報がありました。今朝の9時にいつものように散歩に行かなかったのはなぜですか?」と問いただされる。数日後、警察の指示で家の中に監視カメラが設置される。
・1ヶ月後、家族全員が怪しいとのことで「検査」を受けさせられ、遺伝子情報などを収集される。
・数日後、公安部の役人に「市民教育クラス」を受講するよう指示される。
・8月、陳全国がウイグル自治区の委員会書紀に就任し、「コンビニ交番」が続々と設置される。また急遽市街地がフェンスで囲まれ、身分証明書がなければ出入りできなくなる。
・メイセムは収容施設である「再教育センター」に行くよう指示される。ここで反抗的な態度を取ったため「拘留センター」に移送される。
・9月末、収容施設から出ることに成功し、トルコの大学院に戻る。以後二度とウイグルに戻っていない。

さてここで述べた収容施設がどのような施設であるかはBBCが積極的に報道しているが、見ていただければわかるように、およそ21世紀とは思えないようなおぞましい人権侵害、洗脳教育が行われている。詳細は是非本書を読んで欲しい。