喜劇メインの脚本家として最前線に立ち続け、数々の名作を世に送り出してきた三谷幸喜氏。1月9日にスタートしたNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の脚本も担当するなど幅広い活躍を見せている。エンタメ界の賢人・三谷氏を貫く創作哲学を聞いた。「誰かを感動させたいなんて思ったことがない」と語る、その心は。
伊東四朗さんの理想の喜劇像に共感する
みんなの介護 三谷さんは、脚本家として数多くの作品を世に出してこられました。どのような思いでこれまで創作をされてきたのでしょうか?
三谷 僕は実を言うと、作品を通して誰かを感動させたいなんて思ったことはないんです。誰かの人生を変えたいと思ったこともありません。
お芝居の最中はとにかく面白くて劇場が揺れるくらいの大笑いが起きる。そして見終わったら楽しかったという満足感が残り、劇場を出て最寄りの駅に着く頃には、今日見た芝居のことは忘れて、幸せな気持ちだけが残っている…これが自分にとって理想の喜劇だ、と伊東四朗さんがおっしゃっていて。僕も同じ思いなんです。
みんなの介護 見た後にピュアな幸せだけが残っている作品が理想ということですね。三谷さん自身が理想とする作品があれば教えてください。
三谷 ビリー・ワイルダーという映画監督がいます。ドイツ出身の方なんですが、アメリカに渡りハリウッドでたくさん映画を撮っていました。
コメディもシリアスも作られる方で、コメディの代表作が『お熱いのがお好き』や『アパートの鍵貸します』。両方ジャック・レモンが主演で、『お熱いのがお好き』はマリリン・モンローが出ていることでも有名ですね。
『アパートの鍵貸します』は、コメディだけど見るたびに泣けちゃうぐらい、最後が感動的なんです。もう一方の『お熱いのがお好き』は全然泣けません。…というか泣かせようとしていない。その代わり最後のセリフまで笑えます。
ビリー・ワイルダーの作品は全部好きなんですが、この2つの作品のうちどちらの方が好きかといったら、『お熱いのがお好き』の方なんです。なぜなら最後まで笑わせてくれるから。
今までに自分も映画を何本か撮らせていただいてますけど、そんな作品はつくれたことがない。どうしても「最後に感動のプレゼントを渡さないと、この作品は終わらないんじゃないか」と収まりが悪いような思いになってしまうからです。
どんな作品も、台本を書いている段階から胸に迫るシーンやセリフを書いてしまう。そして、感動的に終わらせてしまう。それは僕の本当の目標ではなく、むしろ脇道にそれたつくり方です。
本当は、最後に感動を演出しなくても面白いものがつくれるはずなんです。僕が未熟なだけです。早くそんな作品がつくりたい。
小学校のクリスマス会での寸劇が原点
みんなの介護 ちなみに三谷さんはいつ、創作の楽しさに目覚めたのでしょうか?
三谷 小学校のクリスマス会です。そこで寸劇のようなお芝居をつくりました。当時チャールズ・チャップリンが大好きで、彼の格好をして、自分で考えたコントを自分で演じたんです。喜んでくれる同級生を見て、もっと笑わせたいという思いが湧き上がりました。
そこで次の年は、自分は裏方に徹して同級生に演じてもらおう。その方がもっと面白いものができるんじゃないかと考えました。大成功でした。それがお芝居をつくる楽しさを感じた原体験ですね。
また、母の日のプレゼントに劇をつくったこともありました。学校の音楽の時間に「ペルシャの市場にて」という管弦楽曲を聞いたらパッと頭に光景が浮かんだんです。
母を観客にして、自分が持っていた人形たちをテーブルの上で動かして見せました。照明も自分で考えてね。セリフはないので笑いの要素はゼロなんですけど。
みんなの介護 昔から、「皆が笑ってくれるものや楽しんでくれるものをつくりたい」というサービス精神が旺盛だったんですね。
三谷 それは小学生の時からあったと思います。結局、僕がしてきたことはそこから50年間全然変わってません。
違うのは、出演者。持っていた人形たちがクラスの同級生に代わり、劇団員になりました。そして今は、大河ドラマで小栗旬さんや新垣結衣さん、小池栄子さんになっている。50年でかなりグレードアップしました。
人間は絶対嘘をつく、それを描きたい
みんなの介護 他に創作で意識されているポイントがあれば教えてください。
三谷 僕は「人間は絶対嘘をつく」と思っています。この嘘は誰かを騙す嘘ではなくて、心の中で思ってることと、喋ることにはズレがあるという意味です。
例えば今、僕は「お腹がすいた」と思っているとしますよ。でも取材中だし当然それは口には出さないじゃないですか。こういった言葉と裏腹な人間の心理は人間が本来みんな持っているものであって、僕はそういうセリフを書きたいんです。
ドラマを観ていると、たまに登場人物たちがストレートに気持ちを語りすぎていて、がっかりすることがある。
「結婚して下さい」なんてセリフをよく書けるなと思う。「結婚して下さい」と言わずにその気持ちを表現するにはどうしたらいいだろうと、頭を悩ますのが脚本家の醍醐味なのに。「同じお墓に入らないか」でもダメ。そういうことではない。
例えば「マイフェアレディ」のラスト。ヒギンズ教授がイライザにかけるセリフ。「私のスリッパはどこだね」は、やっぱりいいんですよ。ちゃんと観ていれば、それだけでプロポーズだっていうことが分かる。いろんな解釈も出来るし、深いんです。
そういうストレートではないセリフって、俳優さんもやり甲斐もあるはずだし、僕はある意味、脚本家からの彼らへのプレゼントだと思っています。そんなセリフが書きたい。だから時間がかかってしまうんですけどね。
俳優さんの魅力は直接会って話せば見抜ける
みんなの介護 三谷作品は、俳優さんの的確なキャスティングも素晴らしいと思います。どのようにして適性を見抜いているのでしょうか?
三谷 直接お会いするのが一番です。話せば、俳優さんの開けていない引き出しが見えてきます。
初めて一緒に作品づくりをするケースを例に説明してみましょう。例えば2022年の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』に出ている新垣結衣さん。もちろん僕は、ドラマやCMで新垣さんを拝見していました。
しかし、それだけでは彼女の本当の魅力は見えてこない。だから脚本を書く前に会う時間をつくっていただいたんです。別に一緒にご飯を食べに行かなくてもいいんです。新垣さんの場合、NHKの会議室のようなところで10分~15分ほど雑談しました。
そして、そのとき僕が感じたイメージをもとに脚本を書いていきました。新垣さんが演じる八重はどんな人物なのか。新垣さんがどんなことを言えば、八重の個性が表現されるんだろうかと考え、湧いてきたインスピレーションをセリフに落とし込みました。
みんなの介護 会ってお話しする中で少しずつ見えてくるんですね。
三谷 そうですね。また、長く一緒に過ごす中で徐々に見えてくる場合もあります。例えば小池栄子さんの場合、最初にご一緒した仕事は舞台でした。そのときは僕のキャスティングではありませんでしたが、稽古と本番で約2ヵ月一緒にいた間に彼女のさまざまな魅力が僕の中に蓄積されていったんです。
稽古中のちょっとした仕草や言い間違い、訂正したときの表情や休憩中の雰囲気、会話したときの、打てば響くような賢さ…。
それらの情報がインプットされていって「この人にこんな役をやらせたい」というイメージが膨らんでいきました。だから、その次の映画で小池さんをキャスティングさせていただいたのです。
僕にとっての良い役者さんというのは、一緒に仕事をする度に、そんなイメージが湧いてくる人なんです。そして、今小池さんは大河ドラマで北条政子役です。小池さんとはこの先もまた一緒に何か作れればいいなと思っています。