2020年7月1日の記事を編集して再掲載しています。
宇宙物理学界を揺るがす大ニュース。
ブラックホールがなにか得体の知れない天体と衝突した!との新しい研究が発表されました。
6月23日付で『The Astrophysical Journal Letters』に掲載された論文によれば、地球からおよそ800万光年離れているブラックホールがなにがしかの天体とぶつかり、その衝撃が重力波となってアメリカのLIGOとイタリアのVirgo干渉計に届いたそうです。
以下、ブラックホール(中央の大きな黒い円)が謎の天体(ブラックホールのまわりを螺旋状に落ちていく小さな影)を飲みこむ様子と、その衝撃が重力波となって伝わってくる様子を再現した映像をご覧ください。
検出された重力波は「GW190814」と名付けられました。問題は、衝突した時のブラックホールは太陽の23倍の質量を持っていたのに対し、もう一方はたったの2.6倍しかなかったことです。これは、なにか変だぞ!?と学者たちは騒然としています。
存在し得ないモノ
なぜ変なのか。
論文を執筆したチームの一員であるノースウェスタン大学の宇宙物理学者・Vicky Kalogeraさんによれば、小さいほうの天体はブラックホールか中性子星のどちらかと考えられるそう。ところが、わずか2.6太陽質量のブラックホールとなると観測史上最小ですし(これまで観測された最小のブラックホールは5太陽質量)、同じ質量を持つ中性子星となればこれまた観測史上最大。どっちみち、これはおかしいぞ。ひょっとしたらまったく新しい種類の天体なのでは、という可能性も否定できないそうなんですね。
ちなみに、中性子星とは質量の大きい恒星の慣れ果て。超新星爆発後に残される、中性子でできた硬い芯です。密度がとても高いのが特徴で、これまでに半径10数メートルしかないのに2.3〜2.4太陽質量を持つ中性子星などが観測されてきました。
質量ギャップ
今回衝突した小さいほうの天体について、「相当ショッキングな発見です。この質量はまったく想定外でしたから」と米Gizmodoにメールで説明してくれたのは、フロリダ大学の宇宙物理学者・Imre Bartosさん。Bartosさんによると、小さいほうの天体はどうやら「これまで存在しないはず」と考えられてきた質量を持っていそうなのだとか。これには「質量ギャップ」という問題が関わってきます。
バージニア大学とアメリカ国立電波天文台に所属している宇宙物理学者のThankful Cromartieさんによれば、「質量ギャップとは、今まで観測された中で一番重い中性子星と、一番軽いブラックホールの間に横たわる無のゾーン」を指しているそう。つまり、2.4から5太陽質量を持つ天体は存在し得ない、とこれまで考えられてきたのだそうです。
「今回の研究で最も興味深かったのは”質量ギャップ”に分類される天体が発見されたことです。ところが残念ながら、今回の観測のみではこの小さいほうの天体が中性子星なのか、ブラックホールなのかは断定できません」とCromartieさんは説明しています。ふたつの天体は質量の差があまりに大きかったため、中性子星が合体する際に見られるはずの潮汐変形(tidal deformation)が観測されなかったからなのだとか。
非常に軽いブラックホール?
とは言いつつ、観測証拠を見るかぎり、そして中性子星として理論上に成り立つ質量を考慮するかぎりでは、「謎の天体はおそらく非常に軽いブラックホールではないか」とCromartieさんは考えているそうです。逆に、もし万が一これが正真正銘の中性子星だったとしたら、「非常に高密度な状況下に置かれた物質がどのようにふるまうのか、どんな性質をあらわすのかを大幅に考え直さなければいけない」ほど重大な発見なのだそうです。
重力波「GW190814」が最初に観測されたのは2019年8月14日。アメリカのレーザー干渉計重力波天文台(LIGO)とヨーロッパのVirgoが捉えました。
地球から800万光年も離れている場所で起こった天体衝突でしたが、衝撃があまりに大きかったために時空に歪みが生じて重力波が発生し、やがて地球の干渉計に届きました(ありがとう、アインシュタイン先生!)。ふたつの天体の質量の比率は9:1と、観測史上最も大きいものでした。これまで一番質量の差が大きかったのはブラックホール同士の衝突を観測した「GW190412」でしたが、こちらの質量の比率は4:1に過ぎなかったそうです。
プラックホール同士や、中性子星同士が衝突した事例はこれまでも観測されていました。しかし、ブラックホールと中性子星との合体を捉えたケースは今のところ皆無。もし今回の「GW190814」がブラックホールと中性子星との衝突だと認定されたら世界初となるのですが、どうやらその可能性は低いよう。なぜなら、光波が観測されなかったからです。
光波は見当たらず
2017年8月に観測され、中性子星同士が合体したと考えられている「GW170817」などのケースでは、重力波に加えて光波も同時に確認されました。ところが今回は、世界中でいくつもの観測所が注意深く見守っていたにも関わらず、光波は観測されなかったとのこと。
もしかして800万光年も離れた場所で起きた「GW190814」からは、遠すぎて光が届かなかったのかも。または、衝突した天体どちらもがブラックホールだった可能性が指摘されています。もしくは、ブラックホールが中性子星を一飲みで吸収したために光さえも出てこられなかったのではないかとも考えられるそうですが…。
コンパクト連星という新しいジャンル
ふたつの天体がお互いの重力で引きつけ合い、ペアになっているものを「連星」と呼びます。「GW190814」がブラックホールと中性子星の連星なのか、はたまたブラックホール連星なのかは今回の観測のみでは区別がつきません。
しかし、カーディフ大学在学中のLIGOチームメンバー・Charlie Hoyさんがプレスリリースで語っているように、今回観測したのは「まったく新しいコンパクト連星」の一種かもしれない、と言われています。
Cromartieさん同様、LIGOチームも今回発見された小さいほうの天体が中性子星である可能性は低いと述べています。だとすれば、ブラックホール連星である可能性を今後追求していくべき、とCromartieさんは話しています。
次から次へと衝突を繰り返す「衝突ライン」
また、2.6太陽質量の天体がどのようにできたのかも謎に包まれています。
通常であれば、とてつもなく重い星が自らの重力に押しつぶされてできるのが中性子星とブラックホールです。ところが、Bartosさんによれば、今回観測された小さいほうの天体は「そのような星の成り立ちと矛盾しており、死にゆく星以外のなにかが形成に関わっている」そうなのです。
考えられるのは、ふたつの「普通サイズ」の中性子星がぶつかって合体したという可能性。「普通サイズ」とは1.3太陽質量ほどを指すそうで、Bartosさんいわく「これらがふたつ合わされば、今回観測した天体の質量とちょうど合う」とのこと。たしかに。
ではもし、今回の天体が1.3太陽質量を持った中性子星同士が衝突・合体したものだったとする。その天体がさらに別のブラックホールと衝突・合体したのが今回観測された「GW190814」だったなら、立て続けに衝突を起させるなにか工場の製造ラインのような構図をほのめかしている、とBartosさんは続けています。
衝突を立て続けに繰り返していく製造ラインならぬ衝突ラインは、実は宇宙にあって然るべき構図です。
銀河の中心にある超巨大ブラックホールに引き寄せられて、たくさんのブラックホールや中性子星がひしめき合っている場所では特にそうです。超巨大ブラックホールのまわりにガスが降着してガス円盤ができあがり、その円盤上にもっと小さなブラックホールや中性子星が集まってくる。それが順にお互いと衝突し、合体していくとも考えられるわけです。
今回の発見ではふたつの天体の質量に大きな差が見られましたが、この差が大きいほど激しい衝突になったとも考えられます
毎日が発見
今後も同様の天体衝突をひたすら研究していけば、「GW190814」の真相が明らかになるかもしれません。幸運なことに、遠い宇宙で起こっている事象を検知する技術は年々高まってきているそうです。
「発見の速度は加速してきている」とBartosさん。「GW190814」は、LIGOとVirgoがキャッチした50以上の重力波イベントのうち、3つ目に過ぎないそうです。技術の発展のおかげで、今後はもっとスピーディーな発見が可能となり、ほぼ毎日のペースで今回のような興味深い発見が期待されているのだとか!
ほぼ毎日、宇宙のどこかでブラックホールがブラックホールを飲み込んだり、中性子星同士が衝突して合体している……。ちょっと想像しただけで、宇宙は広いんだなあ、そう思えます。
Reference: The Astrophysical Journal Letters, LIGO Laboratory